2018年4月16日 (月)

どこまでが真実なのか? シリアの化学兵器使用問題をめぐって

 シリアの内戦で反政府側の立てこもる地域に政府側が化学兵器を使用したというニュースが世界中を駆け巡り、この攻撃で多数の子供を含むその地区の人々が犠牲になったようだ。  これに対してアメリカ、イギリス、フランスなどがすぐさま反応し、トランプ大統領は戦争犯罪に対する報復としてシリアを軍事攻撃すると言い放...

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2018年4月15日 (日)

これもまた「民主主義」? E. トッドの民主主義論で考えさせられること

 安倍「一強」政権は、森友、加計問題で、次々国会での発言とは食い違う証拠が出てきたにもかかわらず、以前として「強気」で「カエルの顔にションベン」といった有様である。しかもこんなひどい政権なのに相変わらず支持率が30%を下らない。なんということか!しかしこんな嘆きごとを発するのは「一部」の者に過ぎない...

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2018年4月 7日 (土)

「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(6)

 このシリーズで最後にもう一つ重要な問題を書いておこう。それは現代の過剰資本時代の「貨幣」の姿とその役割についてである。経済学の素人である私がこんな難しい問題に口出しすべきではないかもしれないが、「過剰資本の不生産的処理」を問題とする以上はこの「貨幣」問題は避けられないように思う。  資本主義経済が...

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2018年4月 5日 (木)

米中「貿易戦争」の背景を考える

 北朝鮮問題では一触即発という危ない状態に至ったため、共同で北に核開発を止めるよう経済制裁で圧力をかけることで一致したが、その後、北と韓国が平昌オリンピックをきっかけに急速に融和ムードに入り、中国もこれに同調すると見るや、自分の存在の影が薄くなってきたトランプが「自国の貿易損失を改善するために」と中...

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2018年3月31日 (土)

「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(5)

 なぜ私が過剰資本の不生産的処理の問題にこだわるのかについて若干記しておこうと思う。  資本主義社会はその本質上、生産手段を所有する資本家が、労働力をその再生産に必要な生活資料の価値で買い取り、それに必要な価値生産時間を超えた時間労働させることによって不払い労働分としての剰余価値を取得しながら社会的...

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2018年3月25日 (日)

「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(4)修正版

 前回に書いた様に、新たな資料を得て、これをもとに考察を重ねた結果、今のところ、次のような結論に達した。  資本の蓄積が順調に行われるためには、社会的総生産物において、I(v+m)=IIcという単純再生産の条件(ここで Iは生産手段生産部門、IIは生活消費材生産部門、cは不変資本部分、vは可変資本部...

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2018年3月22日 (木)

「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(3)修正版

 前回のY.Sさんからの指摘を読み直してみて、それに対する私の回答は必ずしもY.Sさんが指摘された問題への適切な対応ではなかったと反省している。Y.Sさんの指摘で重要と思われる要点を改めて列挙すれば以下の点ではないかと思われる。 (1)私が提起した「過剰資本の不生産的処理」の方法としての労働賃金への...

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2018年3月19日 (月)

「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(2)

このY.Sさんからのメールへの野口からの返信です。 ----------------------------------------------------- Y.S さん  ご指摘に対する私からの回答を以下の添付書類で送りました。 よろしくお願いします。 野口尚孝 (以下添付書類) -------...

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「過剰資本の不生産的処理」を巡るディスカッション(1)

 先日「過剰資本の不生産的処理についての考察」というブログを4回に渡って連載しましたが、これについてY.Sさんからコメントを頂きました。メールでの個人的やりとりだったので、より広く多くの人にこの問題をディスカッションしてい頂く機会とするため、Y.Sさんの了承を得て、それをこのブログに載せることにしま...

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2018年3月16日 (金)

「語り得ぬもの」をも語るコトバの表現力

 ウイットゲンシュタインは「論理哲学論考」の最後の部分で「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」と結んでいる。実にカッコイイ表現だと思う。この「論理哲学論考」は言語の持つ論理性とその表現可能性について短い命題や論理的表現の繰り返しで簡潔に述べた名著であるが、私は最近、この「語り得ぬものについては...

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«過剰資本の「不生産的処理」で維持される資本主義体制のもたらす諸結果(3)