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2007年4月29日 (日)

Viva Kerala ! -(3)

翌朝、寝室から出てみると、外は朝霧に包まれていた。インドの朝霧は、キラキラと輝く朝日を見せてはくれないが、墨絵のように霞んだ奥行きのある静かな朝の風景を見せてくれる。その霧の中を何やらにぎやかな声を出しながらカモの群れがやってくるではないか。そばにやはり「カモボーイ」がいる。ほかの仲間とモバイルフォーンで連絡を取りながらカモの群れをコントロールしているようだ。ギャギャという鳴き声が近づき、ものすごい数のカモが出勤を急ぐサラリーマンの群れのように慌ただしく走りながら私たちの船のすぐそばを通って水辺に向かい、次々と運河の入り江に飛び込んで行く。おそらく昨夜はどこかの鴨舍に集められていたのが、朝になって解放されたのだろう。田んぼの虫をついばむことで農薬を使わないで虫害を防ぎ、同時にカモの糞も肥料になるということなのではないだろうか。

船上でのモーニングティーを楽しんだ後、私たちの船はカモの群れの漂う入り江を後にして出航した。船は再びのどかな農村風景を両岸に見ながら、ゆっくりとエメラルド・アイルの方向に向かった。お経のような朝の祈りの声がスピーカから流れてくる。ホテイアオイの「島」が漂う水面の下をよく見ると、小さな魚がたくさん泳いでいる。船はあくまでゆっくりと進み、船長は悠然と舵を取っている。驚くほど珍しいことや刺激的なものは一切なく、ただ平凡で静かな時間がゆっくりと流れて行く。このような生活が日々繰り返されることがここで暮らす人々の人生なのであろう。

私はその風景を眺めながら、われわれ日本人が失ってきたものの大きさを思った。それは、古い道徳心とかナショナリズム的愛国心とかいうものでは決してなく、使命感とか出世欲とかでもない。次から次へと目新しいデザインの製品が登場し、やたら多くのモノを次から次へと買っては消費することで終わってしまうような人生の中で忘れてきてしまったもっとも大切なものは、ゆっくりと流れる時間の中で、遠い過去から現在に至る長い長い時間を感じ、その結果としていまここにある自分という存在の重み、そしてこれから先の長い時間の中で、やがて消滅して行くであろう自分が未来の人たちにとってどんな意味を持っているのかを思うことのできる一日であり、貧しくもなく金持ちでもないが、のどかでゆったりと暮らす中で。静かな水の流れや木々の間をそよぐ風の感触に、生きることの意味を感じ、その中で深い思索とこまやかな感性を育むことなのではないだろうか。そしてそのことをわれわれに思い出させてくれるのがこのケララの風土なのではないだろうか。

民宿エメラルド・アイルに戻ったわれわれは、そこでケララでの最後の夜を過ごした。何を感じたのか倅がマラヤラム文字に甚く惚れ込んでしまい、昨日もボートホテルのシェフから読み方を教わっていたが、エメラルド・アイルのスタッフからもその読み方や文字の種類を熱心に教えてもらっていた。

翌朝早く、船着き場でエメラルド・アイルのスタッフと別れを告げ、デリーへの帰路についた。途中、タクシーでアレッピーの街に寄ってもらい、町中や海岸を散歩した。ここはデリー周辺ほど貧富の差が激しくないように見えた。人々の身なりはこざっぱりとして清潔で、頑丈な壁とゲートで護られた高級住宅もなく、スラム街もない。何か獲物はないかと狙っているような目つきの悪い人たちにもお目にかからなかった。学校の子供たちも屈託なく、われわれのような「不審な人物」が校内に現われてもワアワア言いながら取り囲んできて、「ボールペンちょうだい」とか言っていた。

マルクスやキリスト教、ヒンヅー教、イスラム教、仏教などさまざまな思想が混在し、それらが微妙なバランスを保ちながら平和な農村(少なくともわれわれにはそう見えた)を形作っているケララの地は、現代文明の進歩の中で考える余裕もなく日々追い立てられ、資本主義の走狗となってしまったわれわれの社会よりも、はるかに未来社会に近い位置にいるのではないだろうか?

神の使いのように静かな表情の牛。

バックウオーターやアレッピーの市街に多く見られるマルクスの写真入りポスター。

カモの大群。向こうに休んでいるのが「カモボーイ」。

アレッピー市内のヒンズー教寺院

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