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2009年5月21日 (木)

内閣府「日本21世紀ビジョン」の崩壊

 政府の経済財政諮問会議は多くのエリート達の叡智を集めて4年前の2005年4月に「日本21世紀ビジョン」という報告書をまとめ、内閣府から出版している。この「ビジョン」では2030年の日本がどうなるかを論じている。

  そこにはまず、「直視すべき危機、避けるべきシナリオ」として、

1 直面する時代の潮流:人口減少、高齢化、グローバル化、情報化という潮流への対応の成否が日本の今後を決める。

2 避けるべきシナリオ:改革を怠り潮流に乗り遅れれば、(1)経済が停滞縮小し、(2)官が民間経済活動の重し、足かせになり、(3)グローバル化に取り残され、(4)希望を持てない人が増え、社会が不安定になる。

そこで2030年までに目指すべきこととして、(1)開かれた文化創造国家、(2)「時持ち」が楽しむ「健康寿命80歳」、(3)豊かな「公」・小さな官

という目標を挙げている。まことに結構なことである。しかし、わずか4年にして、ものの見事に「避けるべきシナリオ」をはるかに超える「最悪のシナリオ」が実現してしまった。何故か?

 それはまず現実を直視していないことが最大の原因であり、同時にまた直視しようとしない人々が支配階級になっているという現実からきているともいえる。

 それが証拠には「直面する時代の潮流」が表面的かつ現象的にしかとらえられていない。人口減少と高齢化がなぜ起きているのか?グローバル化とは何がグローバル化しているのか?情報化とは何であり、それが社会活動にどのような影響を及ぼしているのかなどなど、なぜ?という疑問すらないのである。

 このビジョンを作った人々は一流大学の教授や業界のトップクラスの人々やジャーナリズムを賑わしている論者などであるが、いずれも本当の意味での批判的視点をもっていない。自らはつねに一段高いところに居て、「下界の民の生活」をあわれみをもって眺めているにすぎない人々である。要するに実感がないのである。阿部さんや麻生さんと同じように!!

 ここで特に気になることは、「公」と「官」を分けていることである。これは意図的に見える。政府官僚に代表される「官」が支配しているのではなくて、あくまで民間社会のコンセンサスである「公」が主役なのだと言いたいのだろう。

 しかし、実はこの「公」が問題なのである。官に対する民という図式の中では、現代社会の基本構造たる資本家と労働者の関係は消されている。資本家も労働者も一緒になって民を構成しているかのように見え、その対立構造は隠され、両者を支配している官は小さくてもいいんだよ、とばかりに遠慮して見せているのである。

 だから「小さい官」をめざして「民活」にゆだねようとした小泉さんは失敗したのである。「民活」の中にある真の対立構造こそ問題なのであり、そこが見えなければ問題が「問題」として見えていないことになる。

 一方の「民」である産業・金融資本家階級と他方の「民」であるホワイトカラーやセールスマンなどなどを含む被雇用者である労働者階級との間にある対立構造が問題の中心にあることを忘れてはならない。そして「官」がどちらの立場に立っているのかが問題なのである。

 さらに問題を見難くしているのは、こうした「民」内の階級対立が一国の中だけの問題ではなく、グローバルな対立構造になっているという事実である。「民」の一方である産業資本・金融資本家階級の立場からすれば、「国際市場における競争の激化で勝ち残るために」としてとらえるであろうが、他方の「民」である労働者階級の立場からすれば、商品市場がグローバル化する中で商品価格が国際的に決められるようになり、そこに含まれる労働者の労働力再生産に必要な価値部分が国によって著しく異なるという現実が、労働賃金を安く抑えても莫大な利潤を上げうる後発資本主義国(中国も含む)に対して有利に働き、先進資本主義国はその利潤の一部を投資によって獲得しようとしている、という現実があるのだ。

 このような現実の中で、先進資本主義国それぞれの事情によって、例えば日本では労働者側の組織が弱体化して、なし崩し的に労働基準法が実質的に崩壊し、労働条件や雇用条件が資本家側に著しく有利になったために、非正規雇用者の悲惨な状況や、若者が結婚も子育てもできないという現実が生じ、少子高齢化が起きている、といった現実の問題構造が「ビジョン」を作った人たちには見えてこないのである。

 少なくとも、いまの知識人や労働者は、19世紀イギリスの「繁栄」の内側にある深い病巣を見抜こうとしたマルクスと同じ視点を持つことが必要なのではないだろうか?

 マルクスとか資本論とかいう言葉だけで「偏った思想の持ち主」とか「危険人物」と考えてしまうのは、自分のもっている社会常識や社会観が、いかにいまの社会を支配している階級によって巧みに「社会通念化」されているかを表すのであって、自分の頭の中にあるそのような既成概念を払拭することこそ、現実を深く見いだすための出発点だと思う。

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