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2009年5月18日 (月)

的場「超訳 資本論」を読みながら

 的場昭弘の「超訳 資本論」を読んでいる。まだ第一巻を読み終わっていないが、その読中感で私の考えを述べてみる。

 この本は、的場氏が巻末で言及しているように、資本論を読むための手引きとして、あらかじめその全貌を要約的に書いた本であるといえる。その意味では大変よい本である。しかし、その位置づけが実は非常に難しい問題を含んでいる。つまり要約者の視点がどうしても入り込み、要約者の視点から重要と思われた部分が取り上げられるこよになるからである。だがそれは避けられないことであり、まったく中立的な視点などというものは実はあり得ないということからは当然と言える。

 この本の読者は大きく分けて二つのグループになるのではないか?一つは日本の社会の矛盾に気づき始めた若い世代の人たちで、マルクスとか資本論とかいう言葉は聞いたことがあるが、それが何なのかよく分からなかったので一度読んでみたいという人たちのグループ(初体験グループ)。もう一つは、私のようにかつてマルクスの著作を読みあさったが、その後の世の中の変遷の中でその意味や位置づけを見失っていて、いま再びその必要性を感じ始めている人たちのグループ(再体験グループ)である。的場氏は多分初体験グループに焦点を合わせているのだと思うが、私のような再体験グループも、実はこの本は役に立つ。

 それは、例えば、第一巻全体の構成においてマルクスが何を言いたかったのかをもう一度理解し直したいという場合、前半の価値の分析と後半の労働者の賃金の意味や恐慌の意味を結びつけるマルクスの意図の本質をつかもうとするときに役立つ。ただ私の場合は、構想中の「新デザイン論」との関わりで労働過程に関する叙述を少し私なりに考えてみたいと思っていたが、その部分はきわめてさらりと触れただけで終わっているので、物足りなかった。しかし、まだ読んでいない第二巻、第三巻に読み進むにつれて、おそらく、現代の資本主義社会が現出している矛盾の構造や、実体を再把握するうえで大きな手がかりが出てくるような気がしている。文中、現代の大学における教育が、資本家のための高等労働者養成機関になりさがってしまったことへの教員としての苦渋がにじみ出ているところがあり共感を覚えた。

 いずれにしてもマルクスの強靱な分析力によって開示された資本主義社会の本質的構造が現代社会にもそのまま生きていることを痛感させられる。そればかりではない。マルクスがあの高度な弁証法的分析力を駆使して行った価値形態論や歴史過程の論理が、実はヘーゲルなどのそれとは決定的に異なるのは、あくまで実際の社会の中で起きている現実から出発することから出発しているということである。言い換えれば、理論がまずあって、それに不都合な事実は捨象してしまうのではなく、不都合な事実を解明するために理論を構築していくという視点である。これはマルクスの理論が革命家たちの実践的手引きとなった20世紀前半の世界で、マルクスの理論が絶対化され、それで直接説明できない不都合な事実はご都合主義的あるいは政治主義的な曲解によって圧殺されるという仕組みを生み出してしまったことへの、マルクスからの暗黙の批判であるようにも受け止められた。つまりあくまで眼前のあるがままの事実を見据えること、これが唯物論者としてのマルクスの真骨頂なのである。

 批判とは、単なるケチ付けや個人的なやっかみや相手を蹴落とすための政治的手段などではけっしてない。批判の裏側でその否定としてのポジティブなテーゼが、空論ではなく実践的なテーゼとして生み出されつつあるからこそ重要な契機なのである。

 まずは仲良くすること、最初に「愛」や「信」が必要だなどと言いつつ、裏側でその欺瞞性を批判する人たちを議論の余地もなく排除するメカニズムがいまの社会で育ちつつあることに警戒を強めなければならないと思う。それが小さなNPOグループの範囲に留まっている間は無害だが、社会全体にそのような、欺瞞の「愛」が定着し、問題の真実が覆い隠されてしまうことを恐れる。正当な批判と論議こそ、もっともっと深いところでの「愛」が込められているのだから。そのためにもわれわれはマルクスの批判力を継承すべきだろう。

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