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2009年8月 9日 (日)

社会保障の財源問題

 衆議院議員選挙が近づき、各党のマニフェストが公表されてきた。社会保障や医療制度の疲弊から収入の低い人達が生きて行けなくなってきたいまの社会にたいして、それを改善するための財源の確保の仕方が政策の最大の論点になっている。

 自民党も民主党も基本的にはいまの仕組みでパイの配分をどう切り分けるかが政策の違いになっており、消費税などにより税収をふやして財源を確保するという自民党に対して、税金の無駄をなくして財源を確保すると主張する民主党である。

 消費税によってパイの大きさを増やすという政策は、いわば生活者が生活に必要な資料を購入することに税をかけ、一律に負担をしてもらうという考え方で、金持ちには贅沢品や遊ぶ金を払うときに税金を取る形になるが、収入の低い人々には生活に必要なものすら買えなくなるという事態を生じ、決して平等ではない税制である。また税の無駄遣いを減らすと言っている民主党も4年先には消費税のアップを考えており、同じ穴のムジナである。

 ここで経済の原点に返って考えて欲しい。社会的に必要な価値量の富を労働によって生みだしている労働者が、その生活資料の価値量の生産に必要な労働時間(必要労働)を超えて、さらに労働を続けることで生み出される価値部分を剰余価値(剰余労働)というのであるが、労働者の生活に必要な生活資料の価値量を生み出す必要労働に対する剰余労働部分の比率をマルクスは搾取率(剰余価値率)と呼んでいる。この搾取率は1労働日の労働時間が変わらないとすれば、生産力が高まるにつれて高くなる。おそらく現代の資本主義社会における生産力からすれば、軽く100%は超えるであろう。そうであるとすれば、労働者は1労働日で8時間労働するとすれば、そのうち自分が生活するに必要な生活資料の価値量を生産するのに4時間働けば済むことになる。それを超えて働くことで生み出された価値量も実は本来ならば何らかの形で、それを生み出した労働者に還元されなければならないはずである。

 搾取率が100%であれば、単純に考えて我々が得ている労賃と同じ額の富が日々蓄積されて行き、それがいまは合法的に資本家階級の所有物となっているのである。

 もちろん社会が成り立つためには諸個人の生活に必要な資料だけではなく、医療、教育、育児、介護、働けなくなってからの生活保障、身体や精神に障害を持つ人達の生活保障など、いわゆる社会保障がなければならない。社会構成員の何%かは必ず働けない人々を含み、そうした人々も当然社会の一員として生活を保障しなければならないのである。こうした社会保障に必要な富(財)の価値量は社会的共有ファンドとして、個人の私有物であってはならないはずである。

 資本主義社会ではこれが合法的に、労働を支配している資本家によって私有化される(今日では直接的私有化ではなく多くの部分が法人所有の資本とされる)ため、資本家の企業から税を支出させるという形を取らざるを得ない。すべての個人から税が「公平」に徴収されるというわけである。さらに資本家階級の代弁者である政府は、「産業活性化」や「産業の国際競争力の維持強化」のために資本家の企業から重い税を取ることをしない。そして自分たちが生み出した富を不当に搾取された労働者階級から、さらに「公平に」消費税を徴収するのが最善策とされるのである。

 昨今の資本主義社会は、産業資本家が金融資本や株主にコントロールされた機能資本家(金融資本のために搾取の先頭に立たされる資本家)の立場におとしめられているので、資本はもっぱら間接的かつ広範に生産的労働を支配している金融資本のもとで蓄積される。蓄積された資本は株の買い付けや投機に投入され、莫大なマネーが世界中で持ち主を変えながら動き回っている。しかもこの中には比較的リッチな労働者階級が自らの生活保障のために貯め込んだ預貯金や生命保険金などが含まれている。

 まずはこうした不当な搾取の結果である莫大な量の私有化された富の蓄積を本来の社会的共有ファンドとして還元させる方策を取るべきなのである。そのような形の税制や法律を作り、正しい富の配分を行うことで、おそらく本来社会の維持に必要な富のすべてが確保でき、社会は本当の意味でゆたかで安心できる社会になるだろう。

 いきなりこうした政策が困難であるならば、少なくともこうした将来展望を持って、それに少しずつでも近づけてゆくような政策を取るべきであろう。経団連などの資本家グループや資産家グループからの猛反対は覚悟の上で、しかも国際的な経済関係を見据えてそれを行うことは大変なことであるには違いないが、そこに歴史的真理がある以上仕方がないのである。

 働いても働いても生活が良くならず、医療もまともに受けられず、結婚して子供も生めないような社会の根源的原因はこのおどろくべき搾取の現実にある。

 会社が潰れたら給料ももらえなくなり生活できなくなるから、会社が儲かるように一生懸命働く、という「善良な労働者」であることが社会の良俗を保つために必要な社会常識とされているが、これこそ間違った資本主義的イデオロギーの最たるものなのである。

 われわれは誰のために働くのか?誰のために「国際競争力の強化」が必要なのか?なぜ六本木ヒルズに住むトレーダー達がゲーム感覚で巨万の富を得、毎日一生懸命働く人々が働いても働いても生活が苦しくなるのか?その原因をマルクスとともにとことん考えて見よう!そこから社会保障に必要な財源がどのように調達されねばならないか、自ずと見えて来るではないか。

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