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2009年5月17日 - 2009年5月23日

2009年5月21日 (木)

内閣府「日本21世紀ビジョン」の崩壊

 政府の経済財政諮問会議は多くのエリート達の叡智を集めて4年前の2005年4月に「日本21世紀ビジョン」という報告書をまとめ、内閣府から出版している。この「ビジョン」では2030年の日本がどうなるかを論じている。

  そこにはまず、「直視すべき危機、避けるべきシナリオ」として、

1 直面する時代の潮流:人口減少、高齢化、グローバル化、情報化という潮流への対応の成否が日本の今後を決める。

2 避けるべきシナリオ:改革を怠り潮流に乗り遅れれば、(1)経済が停滞縮小し、(2)官が民間経済活動の重し、足かせになり、(3)グローバル化に取り残され、(4)希望を持てない人が増え、社会が不安定になる。

そこで2030年までに目指すべきこととして、(1)開かれた文化創造国家、(2)「時持ち」が楽しむ「健康寿命80歳」、(3)豊かな「公」・小さな官

という目標を挙げている。まことに結構なことである。しかし、わずか4年にして、ものの見事に「避けるべきシナリオ」をはるかに超える「最悪のシナリオ」が実現してしまった。何故か?

 それはまず現実を直視していないことが最大の原因であり、同時にまた直視しようとしない人々が支配階級になっているという現実からきているともいえる。

 それが証拠には「直面する時代の潮流」が表面的かつ現象的にしかとらえられていない。人口減少と高齢化がなぜ起きているのか?グローバル化とは何がグローバル化しているのか?情報化とは何であり、それが社会活動にどのような影響を及ぼしているのかなどなど、なぜ?という疑問すらないのである。

 このビジョンを作った人々は一流大学の教授や業界のトップクラスの人々やジャーナリズムを賑わしている論者などであるが、いずれも本当の意味での批判的視点をもっていない。自らはつねに一段高いところに居て、「下界の民の生活」をあわれみをもって眺めているにすぎない人々である。要するに実感がないのである。阿部さんや麻生さんと同じように!!

 ここで特に気になることは、「公」と「官」を分けていることである。これは意図的に見える。政府官僚に代表される「官」が支配しているのではなくて、あくまで民間社会のコンセンサスである「公」が主役なのだと言いたいのだろう。

 しかし、実はこの「公」が問題なのである。官に対する民という図式の中では、現代社会の基本構造たる資本家と労働者の関係は消されている。資本家も労働者も一緒になって民を構成しているかのように見え、その対立構造は隠され、両者を支配している官は小さくてもいいんだよ、とばかりに遠慮して見せているのである。

 だから「小さい官」をめざして「民活」にゆだねようとした小泉さんは失敗したのである。「民活」の中にある真の対立構造こそ問題なのであり、そこが見えなければ問題が「問題」として見えていないことになる。

 一方の「民」である産業・金融資本家階級と他方の「民」であるホワイトカラーやセールスマンなどなどを含む被雇用者である労働者階級との間にある対立構造が問題の中心にあることを忘れてはならない。そして「官」がどちらの立場に立っているのかが問題なのである。

 さらに問題を見難くしているのは、こうした「民」内の階級対立が一国の中だけの問題ではなく、グローバルな対立構造になっているという事実である。「民」の一方である産業資本・金融資本家階級の立場からすれば、「国際市場における競争の激化で勝ち残るために」としてとらえるであろうが、他方の「民」である労働者階級の立場からすれば、商品市場がグローバル化する中で商品価格が国際的に決められるようになり、そこに含まれる労働者の労働力再生産に必要な価値部分が国によって著しく異なるという現実が、労働賃金を安く抑えても莫大な利潤を上げうる後発資本主義国(中国も含む)に対して有利に働き、先進資本主義国はその利潤の一部を投資によって獲得しようとしている、という現実があるのだ。

 このような現実の中で、先進資本主義国それぞれの事情によって、例えば日本では労働者側の組織が弱体化して、なし崩し的に労働基準法が実質的に崩壊し、労働条件や雇用条件が資本家側に著しく有利になったために、非正規雇用者の悲惨な状況や、若者が結婚も子育てもできないという現実が生じ、少子高齢化が起きている、といった現実の問題構造が「ビジョン」を作った人たちには見えてこないのである。

 少なくとも、いまの知識人や労働者は、19世紀イギリスの「繁栄」の内側にある深い病巣を見抜こうとしたマルクスと同じ視点を持つことが必要なのではないだろうか?

 マルクスとか資本論とかいう言葉だけで「偏った思想の持ち主」とか「危険人物」と考えてしまうのは、自分のもっている社会常識や社会観が、いかにいまの社会を支配している階級によって巧みに「社会通念化」されているかを表すのであって、自分の頭の中にあるそのような既成概念を払拭することこそ、現実を深く見いだすための出発点だと思う。

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2009年5月18日 (月)

的場「超訳 資本論」を読みながら

 的場昭弘の「超訳 資本論」を読んでいる。まだ第一巻を読み終わっていないが、その読中感で私の考えを述べてみる。

 この本は、的場氏が巻末で言及しているように、資本論を読むための手引きとして、あらかじめその全貌を要約的に書いた本であるといえる。その意味では大変よい本である。しかし、その位置づけが実は非常に難しい問題を含んでいる。つまり要約者の視点がどうしても入り込み、要約者の視点から重要と思われた部分が取り上げられるこよになるからである。だがそれは避けられないことであり、まったく中立的な視点などというものは実はあり得ないということからは当然と言える。

 この本の読者は大きく分けて二つのグループになるのではないか?一つは日本の社会の矛盾に気づき始めた若い世代の人たちで、マルクスとか資本論とかいう言葉は聞いたことがあるが、それが何なのかよく分からなかったので一度読んでみたいという人たちのグループ(初体験グループ)。もう一つは、私のようにかつてマルクスの著作を読みあさったが、その後の世の中の変遷の中でその意味や位置づけを見失っていて、いま再びその必要性を感じ始めている人たちのグループ(再体験グループ)である。的場氏は多分初体験グループに焦点を合わせているのだと思うが、私のような再体験グループも、実はこの本は役に立つ。

 それは、例えば、第一巻全体の構成においてマルクスが何を言いたかったのかをもう一度理解し直したいという場合、前半の価値の分析と後半の労働者の賃金の意味や恐慌の意味を結びつけるマルクスの意図の本質をつかもうとするときに役立つ。ただ私の場合は、構想中の「新デザイン論」との関わりで労働過程に関する叙述を少し私なりに考えてみたいと思っていたが、その部分はきわめてさらりと触れただけで終わっているので、物足りなかった。しかし、まだ読んでいない第二巻、第三巻に読み進むにつれて、おそらく、現代の資本主義社会が現出している矛盾の構造や、実体を再把握するうえで大きな手がかりが出てくるような気がしている。文中、現代の大学における教育が、資本家のための高等労働者養成機関になりさがってしまったことへの教員としての苦渋がにじみ出ているところがあり共感を覚えた。

 いずれにしてもマルクスの強靱な分析力によって開示された資本主義社会の本質的構造が現代社会にもそのまま生きていることを痛感させられる。そればかりではない。マルクスがあの高度な弁証法的分析力を駆使して行った価値形態論や歴史過程の論理が、実はヘーゲルなどのそれとは決定的に異なるのは、あくまで実際の社会の中で起きている現実から出発することから出発しているということである。言い換えれば、理論がまずあって、それに不都合な事実は捨象してしまうのではなく、不都合な事実を解明するために理論を構築していくという視点である。これはマルクスの理論が革命家たちの実践的手引きとなった20世紀前半の世界で、マルクスの理論が絶対化され、それで直接説明できない不都合な事実はご都合主義的あるいは政治主義的な曲解によって圧殺されるという仕組みを生み出してしまったことへの、マルクスからの暗黙の批判であるようにも受け止められた。つまりあくまで眼前のあるがままの事実を見据えること、これが唯物論者としてのマルクスの真骨頂なのである。

 批判とは、単なるケチ付けや個人的なやっかみや相手を蹴落とすための政治的手段などではけっしてない。批判の裏側でその否定としてのポジティブなテーゼが、空論ではなく実践的なテーゼとして生み出されつつあるからこそ重要な契機なのである。

 まずは仲良くすること、最初に「愛」や「信」が必要だなどと言いつつ、裏側でその欺瞞性を批判する人たちを議論の余地もなく排除するメカニズムがいまの社会で育ちつつあることに警戒を強めなければならないと思う。それが小さなNPOグループの範囲に留まっている間は無害だが、社会全体にそのような、欺瞞の「愛」が定着し、問題の真実が覆い隠されてしまうことを恐れる。正当な批判と論議こそ、もっともっと深いところでの「愛」が込められているのだから。そのためにもわれわれはマルクスの批判力を継承すべきだろう。

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