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2009年9月6日 - 2009年9月12日

2009年9月 9日 (水)

「ガス抜き」ではないCO2ガス規制を

 mizzさんコメントありがとうございます。たしかに民主党のCO2削減目標は目の覚めるような数値です。産業界がこの目標に抵抗するのは目に見えていますが、結局は自分たちの存立基盤そのものを否定することになるのは目に見えています。30年位前の自動車の排ガス規制を思い出します。メーカー側はさんざん抵抗した末にいやいや受け容れた排ガス規制を結局エンジニアの血のにじむような努力の末実現させ、その後、日本の排ガス除去技術は世界に誇れる水準になりました。

 アメリカの自動車産業は結局、目先の儲けを優先してきたため、直接利益に結びつかない環境やエネルギー対策として社会的に養成される技術には無関心だったため、とうとう世の中の趨勢に取り残され惨めなことになりました。

 民主党のCO2削減目標も単なる人々の不安をかわす「ガス抜き」に終わらないことを祈ります。

 地球温暖化という形で地球全体におよぼす気候変動とそれがもたらすであろう、おそるべき被害をようやく資本家たちも想像することができるようになってきたようですが、まだまだ自分の企業が割を食うのはいやだという意識が強いのでしょう。それもこれもみな、資本家たちが労働者階級から吸い取った莫大な利潤を巨額の宣伝費に回して、労働者階級に次から次へと新しい商品を買わせ、エネルギーを無駄遣いさせ、消費こそが国の経済を活性化させ、雇用を促進すると声高に叫んできた結果なのですぞ!このうえまだその罪を上塗りする気ですか?

 株主が支配権を握った企業では、株価が下がることで大損をする連中が企業をコントロールするので、その連中の私利私欲のために、社会全体が崩壊の危機に立たされている。この事実を理解できなければ、いくら国際的市場競争に勝っても、雇用が増大しても、待っているのは本当のカタストローフです。

 もう資本主義社会に未来はありません。それは火を見るよりも明らかです。それなのに未だに金融資本を税金で支援し、株式や証券の取引や投機に対する税金を安く抑え、消費税率引き上げなどで税収の不足を補おうとするのは根本的に間違っている。社会正義に反する政策である。

 新政権は決してこのような政策を取って欲しくない。何が正しいのか、何が歴史を見通したポリシーなのか、これこそ「友愛」を旗印とする新政権の本当の意味でのデザイン力が問われる重要問題である。さあ、飛べここがロードス島だ!

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2009年9月 7日 (月)

「国家戦略室」のデザイン力やいかに?

 民主党政権は、官僚任せの行政から政治主導の行政に移行させるため、あらたに国家戦略室という組織を作った。そのボスに菅直人氏が内定している。

 かつてソ連などのいわゆる「社会主義国」で5カ年計画を策定する組織をつくり、「ゴスプラン」と呼んでいたことを思い起こさせる。社会主義体制では資本主義体制のような市場まかせの経済ではなく計画経済を基本としており、社会経済の基本構想が策定される。これこそ一社会全体の基本デザインである。残念ながらソ連型「社会主義」は一党独裁体制のもと、まさに官僚主導型社会になってしまったのであるが、マルクスが目指していた未来社会はそれとはほど遠い、労働者階級主導型の計画経済体制であったと考えられる。社会全体の富を生み出す労働者階級が、自ら社会の生産から消費までの仕組みやそれに沿った生産計画をデザインする、というもっとも自然であたりまえの社会形態である。

 現代社会は、その中間にエゴイスティックな支配階級がいくつかあってそれぞれ手前勝手で独善的な振る舞い(これを自由主義経済と呼ぶらしいが)をするために、貧困や戦争が絶えないのであるが、階級が一つであればものごとは実にシンプルで分かりやすい。

 しかし民主党は社会主義を標榜する労働者階級の政党ではないので、国家戦略は支配階級間の複雑な力関係の中で妥協の産物として機能するしかないだろう。菅さんの手腕がものをいうであろうが、とりあえず働く人達、つまり労働者階級の視点ですべてを考えて欲しい。少なくとも現代社会に「労働者階級」なんて存在しない、などというばかげた考えは持って欲しくない。

 アメリカではオバマ大統領の国家戦略デザインがそろそろボロを出し始めている。しかしそれでもオバマさんの基本コンセプトはある意味で間違っていない。彼は経済力世界一と称するアメリカに多く存在しますます増加しつつある貧困層に着眼し、医療保険制度や社会保障制度の抜本的改革を図っているのだから。しかし大手の金融機関に莫大な税金を投入して救済を図ったのは間違いではなかったか?それによって潤った金融資本はふたたびエゴをむきだし始めている。社会的富を独り占めしようとする資本家グループに肩入れする必要などまったくない。彼らは身銭を切ってでも貧困層の救済に手を貸すべきである。貧困層を生み出したのは彼ら自身に他ならないのだから。

 さて、わが民主党の指導部は、これと同じテツを踏む可能性が高い。その証拠に、財源問題で、政府の無駄遣いを減らし、埋蔵金を活用するなどと言っている。そもそもいまの社会での富の配分が基本的におかしいことに気づかなければダメである。社会的富を生み出している労働者(毎日汗して働いている人たち)達からその大部分を搾取して、資本化し、世界に「金余り状態」を生み出した上で、巨額のマネーを右から左に動かすだけで、それを奪い合っている連中に遠慮する必要などまったくないのだ。このような連中が居なくなると雇用が減って、失業者が急増し社会経済が成り立たなくなると、政治家は(官僚も)考えているらしいが、それは資本を社会の原動力として動く仕組みが崩れるということであって、それによって社会全体が崩壊するわけではない。

 労働者はこのような支配層がばらまくイリュージョンに欺されてはいけない。むしろそのときこそ労働者自身が社会をコントロールできる条件が整うのである。財源問題に悩むことなく社会保障や医療の抜本的改良を行え、すべての働く人々が働きたいと思うときに働ける社会が生まれる条件が整うのである。なぜなら、社会的富を生み出す労働者階級自身が自らの手で社会的富の配分をデザインすることによって自分たちの医療制度や社会保障の仕組みを作り上げるのだから。そこには景気対策や雇用問題などはありえない。

 政党や行政の指導的立場にある者は、社会のこういう基本的原理を実現するために命を掛けなければならないはずだ、国家戦略室長の菅さんにそれを要求するのは無理であろうが、少しでもそれに近づけて欲しいと思う。さあ、まずは菅さんの国家デザイン力を注目しよう。

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