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2009年9月27日 - 2009年10月3日

2009年9月27日 (日)

ふたたび国家戦略室をめぐって

 民主党政権で発足した国家戦略室はその体制上の位置づけが曖昧であるため、首相を中心とした指導部から自立して突っ走る可能性があるとみた幹事長らのグループが菅さんにブレーキをかけようとしているらしい。

 国家戦略局という国家的基本デザインを策定する組織は、首相との関係をどうすべきかなどということは最初から問題として議論があったはずで、何をいまさらである。かって旧ソ連のGosplanなどが労働者を支配する党官僚に牛耳られてしまった歴史的事実を見ても、こうした組織の位置づけがいかに重要か分かる。

 ソ連では、革命当初、職場ごとに労働者評議会(ソビエトという名はここからきている)という組織が結成され、これが代表を派遣して行政を行うというシステムがあった。ボトムアップの考え方である。しかし、未熟な労働者階級を指導するという立場にあった党指導部が、やがて官僚的組織に変貌し、逆に労働者階級を支配することになったのである。その頂点に立ったのがスターリンであった。

 社会主義を否定し、資本主義体制を標榜する民主党である以上、「計画経済」などという言葉は通用しないであろうが、世界的に資本主義社会の崩壊期を迎えた現在、おのずとマルクスが想定していた事態が現実に現れはじめている。「市場原理主義に反対し、雇用なき景気回復など意味がない」と明言する鳩山首相は、知らず知らずのうちにマルクスの理論が正しいことを実証させられているのである。歴史とはそういうものである。

 社会に必要なすべての富を直接生み出す労働者階級が、資本の法則下にある企業の都合で解雇され、生活を奪われ、その代わりそれによって企業は倒産を免れて利潤獲得を継続できるようになる。これがとんでもない矛盾であること、そして、働く人々が資本の動向に翻弄され、生き甲斐であった仕事も奪われ、やむをえずやりなれない新しい仕事に就き、それもだめなときは貯蓄を食いつぶし、やがて生活保護の対象となり、人間としての誇りも尊厳も奪われて生きている一方で、一握りの金融資本家が世界の過剰マネーの流れから莫大な利益を吸い上げて政治の流れを牛耳っている、という現実があるのだ。

 計画経済とはこういう矛盾をただし、働く人々がそれに相応しい報酬を得ることが出来、働くことに生き甲斐を感じ、誇りと尊厳を持って生きることができる社会を実現するために最低限必要な社会経済的デザインをすることなのである。

 菅さんはどこまで考えているか分からないが、国家戦略室は決してふたたび官僚的支配の場に陥ることなく、予想されるさまざまな資本家階級側からの抵抗(民主党内にもいる資本家代表の政治家による抵抗も含めて)をはねのけ、あくまで働く人々の立場にたって社会経済のシステムを立て直すことが必要である。みんなは静かに注意深くあなたのやることを監視しているのです。

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