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2009年12月6日 - 2009年12月12日

2009年12月12日 (土)

国際デザインシンポジウムをめぐって

 さて、本題に帰ってデザインの中心的課題についての考察を続けよう。今日の朝日新聞に武蔵野美術大学の主催で11月1日に開催された「国際デザインシンポジウム」での内容が、広告特集として掲載されていたので、これに触れながら考えることにする。(残念ながらこのシンポジウムに私は参加しなかったので、記事による判読しかできない)

 一方で、やはり武蔵美主催で「世界美術大学学長サミット」が開催されていたが、そこで、シカゴ美術館付属美術大学総長のトニー・ジョーンズ氏が基調講演をやっており、その講演の一部で彼はアップル社のデザイナー、ジョナサン・アイブを例に挙げ、次の様に述べている。「アートやデザインは少ない投資で、とてつもないインパクトを社会にもたらすことができる分野なのです」ジョーンズの講演のエッセンスはこの一言によく表されている。それに対して、国際デザインシンポジウムでの講演では、企業関係者やデザイナーの講演がジョーンズと本質的に趣旨を同じくしている中で、ジョン・サッカラの講演だけはかなり違った内容であった。彼はこう述べている。「これまでのデザインは、クリエーティブな製品を生み出すことで、大量消費社会に貢献してきました。その結果、環境問題がもたらされたということは、その解決にもデザインがかかわっていけることを意味します。」そしてその後のパネルディスカッションでは、次の様に述べている。「これまでデザイナーは多くのものを世に送り出し、売り上げの向上や会社の成長に貢献することで評価されてきました。しかし、いまやこういった成功こそが地球の破壊につながるという深刻な矛盾に直面しています。これからは、価値観を転換しなくてはなりません。そのためには、自然や地球について科学的な情報に基づいて考えたり、社会やビジネスで起きていることを批判的に考えるための教育も必要です。」

 このサッカラ氏の発言に、私は我が意を強くし、「その通り!」と言いかけて、だがちょっと待てよ?とそう言うのをやめた。その理由は、上述した講演での「その結果、環境問題がもたらされたということは、その解決にもデザインがかかわっていけることを意味します。」という部分と「これからは、価値観を転換しなくてはなりません。」というくだりで彼が言わんとしているのはデザイナーの仕事を通じて環境問題が解決されていく、という意味なのだろうか?という疑問に突き当たったからである。そうだとすれば、彼は現在の職能としてのデザイナーとより一般的な意味でのデザインとを混同していると思われるからである。他の講演者のほとんどが、デザイナーという職能を通じて企業やビジネスに貢献できるということを強調している中で、一人、それだけではいけないのだと主張するサッカラも結局同じ穴のムジナか?と思わせられたのである。かつて1960年代後半に流行った「デザイナー=文明の形成者」という発想に近いと思われたからである。

 この考え方が間違っているのは、社会的分業としてのデザイナーの労働と、他のすべての分業種における労働に共通するデザイン的要素(これをここでは一般的デザイン行為と名付ける)とを混同し、区別を明確にできていないということである。職能としてのデザイナーは、その歴史的誕生の根拠を見ても、20世紀中葉での資本主義的産業において、売り上げを促進し、企業に利益をもたらすための武器として登場していることから明らかなように、販売促進と消費拡大のために存在する職能である。その限界は自ずと明らかであって、職能としての立場からは、企業の利益に反するデザイン提案は不可能である。

 それに対して、あらゆる労働に共通する一般的デザイン行為(この中の一つには当然デザイナーの労働も含まれる)は、社会全体という視点から捉え直すことが必要であり、分業種全体としてどのような社会を形成しつつあるのかを問うことができるのである。一人デザイナーという職能だけが文明の形成を担うのでは決してなく、社会の生産全体を支えるあらゆる労働の中で行われるデザイン的要素を全体として見渡す立場において初めてそれが可能になるのである。私が主張する、職能としてのデザインと普遍的な意味でのデザイン行為の区別とはそういう区別である。

 そしてさらに重要なことは、その普遍的な意味でのデザイン行為が、社会全体の視点から文明の形成ができるようにするためには、現在の資本主義経済体制は本質的に致命的欠陥を持っているということである。資本家的企業内分業を通じて社会全体のあるべき姿が求められるという考えは全くの幻想にしか過ぎないということである。いくら「地球にやさしい」グリーン・インダストリーと言っても、それが資本の利益のための「グリーン」であるならば、世界全体から見て結局は富の恐るべき偏りを生み出すことになり、「地球にやさしい」が人間に冷酷な社会を生み出すことになる。

 本当の意味での生産と消費のバランスを取り、「必要なモノを必要な量だけ生産」し、生み出された富(生産物)を合理的に配分できるためには、企業活動全体が、資本家的利益追求から解放され、社会的分業全体が、そこで労働する人々の直接的な協調によってコントロールできる経済システムが実現されなければならない。しなくてもよい国際市場競争の結果もたらされた過剰な資本の流通によって一握りの人々が社会的富の支配権を握るシステムではそれは不可能なのである。

 私は「デザインとは何か」を考えるためには、この問題を避けて通ることはできないと思うのだ。

 

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2009年12月11日 (金)

オバマ氏のノーベル賞受賞講演をめぐって

 デザイン研究の中心的課題に入ろうとしていたところ、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞講演のニュースが入ってきたので、急遽そのことについて書くことにした。

 オバマ氏のプラハでの核兵器廃絶への決意表明はわれわれに感動を与えたが、アフガンへのアメリカ軍の増派表明以後、彼の頭の中が少しづつ見えてきた。ノーベル平和賞受賞講演の中で、オバマ氏は、「悪は存在する。われわれは悪と闘わねばならない」と述べている。つまり、「正義のための闘いは許される」という考え方である。私はそれを聞いて、「オバマよも前もか!」と言いたくなった。ブッシュ氏と結局同じではないか。

 要は、何が「悪」なのか、それこそ最大の問題であるにも拘わらず彼はそれについて何も問わない。「悪」は悪であって、それをやっつけるのは当然である、という論理は、あらゆる戦争の原動力ではなかったか。オバマ氏は、「ヒットラーに対して、平和を唱えていただけでは勝てなかったことは明らかだ」と言っている。しかし戦争当事者は双方とも相手を「悪」として位置づけ、国民にそういう意識を植え付けることで戦争に駆り出してきたのである。アフガンの最貧層の人々がなぜタリバンと結びつき、アルカイダに寛容なのか、それが問題である。彼らがなぜアメリカを中心とした西欧の資本主義諸国を「悪」として位置づけ、テロを正当化するのか。彼らに取ればテロは「聖戦」つまり正義の闘いなのである。彼らにしてみれば、われらの上杉謙信と同様、「義」のための闘いなのである。オバマ氏はそれを単純に「悪」と決めつけた。これでは永久に戦争は止まないであろう。「悪」を力で押し切ることによって必ずいつかは、押し切られた側からの「義」の闘いが蘇る。その繰り返しである。この単純な論理のもとに戦争を終わらせるにはヒトラーがユダヤ人に対してやろうとしたように、相手を皆殺しにするしかなくなるのである。

 人間には相手を理解しようとする能力があり、あらゆる手立てを使って、相手の怒りの根拠をつかみ、それを理解し、たがいに自分たちのただすべき所はただすことによって戦争は阻止できるはずである。政治指導者の現実的立場から「そんな考えは甘い」と一蹴されてしまうだろうが、このことが忘れ去られることによって戦争は起きるのである。一人一人の人間が何らかの感情的行き違いでけんかになりひいては相手を殺してしまうことがあるのと比べて大きく違うのは、戦争では、実際に戦場で殺し合う一人一人の兵士が相手の兵士を殺す個人的理由は何一つない。ただ、国家の命令と「お国の危機を救うために命を捧げる」という、国家にや軍隊によって植え付けられた意識が原動力になっている。だかこそ、国家というものの責任があり、その指導者のあり方が問題なのである。相手を単純に「悪」と決めつける単純な発想は、結局そのあさはかな考えに扇動された何百万もの命を犬死にさせることになるのである。

 オバマさんよ、相手を「悪」と決めつける前に、西欧資本主義勢力がイスラム圏やアジアそしてアフリカで、どれほど多くの人々の「生き血」を吸い、彼ら独自の文化や思想を破壊し尽くしてきたかを少しでも考えて欲しい。どうして彼らがアルカイダのために自らの命を捧げてしまうという悲劇が起きるのか、考えて欲しい。アメリカの多くの若者があなたの単純であさはかな考えの犠牲にならないためにも。それができないからただちにノーベル平和賞は返還すべきだろう。

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2009年12月 7日 (月)

デザイン研究における中心的課題の探求

さて前回の続きである。

 デザイン教育が純粋に職能教育であった時代(60年代末頃まで)にはさほど齟齬を感じないで済んだが、デザイン系大学に大学院が出来、博士課程まで出来るようになると、そこではデザインを「学」として位置づけなければならないという要請が生じてくる。しかし、昔から私が指摘しているように、デザイン研究においては、デザインと関係のある周辺分野(例えば、材料工学、人間工学、知覚心理学などなど)の理論や手法が取り入れられ、色彩学、形態学、図学などがデザイン学の基礎として扱われていた。それら周辺領域の理論があたかもデザイン学の理論化であるかのような錯覚を生じていた。しかし、デザインそのものについての理論は殆どなく、「中心の喪失」が生じていた。その中心に関わる研究として最初に踏み込んだのがデザイン方法論の研究であった。それは主としてデザイン一般におけるデザイン行為の特徴や、問題解決の一種としてデザインを捉えた場合の問題解決プロセスの定式化という方向で進められた。色彩学、形態学などに比べて、デザイン行為そのものに関わる問題に一歩近づいた訳である。しかし、デザイン方法論研究は、デザイン学の基礎として深められる方向には進まず、もっぱら、実務的レベルでの手法に突っ走ったのである。これは「社会的要請」があってのことであるが、基礎理論研究としては唯一、吉川弘之氏が唱えた「一般設計学」が光っていた。しかし、一般設計学もまた「社会的要請」とどう関わるのかという疑問が提出され、ひとまずインテリジェントCADの基礎固めとしての地位を築こうとしていた時期があった。この流れはさらに一方で、オントロジー工学などを含むAI(人工知能学)関係の研究と結びついていったように見える。また他方では、徐々に深刻さをましてきた地球環境問題などと結びつき、インバース・エンジニアリングといった新たな視点を形成するための基礎として位置づけられていったように見える。しかし、このいずれもが、デザイン行為そのものに焦点を当て、その中心的問題に切り込む方向には行かなかった。

 工業デザインの世界では、エンジニアリング・デザインと若干異なる問題に突き当たっていた。それはその職能としての立場から、市場の競争に打ち勝つため、新製品開発の手法が要求されていたからである。「購買」に直結する、新規性と斬新さが、同業企業間での工学的技術の水準が横並びになってしまった時代には、市場競争で勝つための最有力な手段となっていた。そこに工業デザイナーの「創造性」の問題が浮上してきたのである。

 ところで以前どこかで書いたように、私は60年代末〜70年代初頭に、助手として学生運動に関わったことで、約11年に渡って、研究教育の場から引き離され、「干され」てきた。しかし幸いにして40歳を過ぎて研究者としての実務に復帰できたとき、自分の研究テーマを探し求めた。そこで、かの吉川氏と巡り会い、さらにそこからデザイン論研究のコアとしての創造的思考の問題に着眼したのである。

 幸い、その着眼はある意味で的を得ており、コンピュータを用いた工業デザインにおける発想支援方法の分野で、私の研究は一定の評価を受けた。以後それをベースに研究を進め、55歳になってようやく東大にドクター論文を提出することができたのである。

 しかし、である。そこから先は以前にも増して多難であった。それは、70年代後半〜80年代「一億総中流化」時代を迎えた後、90年代に入ってバブル崩壊が起こるべくして起き、世の中が徐々に矛盾の軋轢を増してきて、地球環境の破壊、資源の枯渇などさまざまなグローバルな問題が噴出し始める一方で、大学の研究体制も大きく変わり、企業との共同研究などで研究資金を稼ぎださねばやっていけなくなってきたのである。そのことは、当然のことながら大学の研究体制全体が、産業界に要請に追従した形に移行して行く流れを生み出した。そのなかで、デザインの創造性に関する研究は、必然的に、市場競争の武器としての視点から着目されるようになり、「先端的」研究であるかのような外形を取らされることになる一方で、その「創造性」への要請が実は、「消費拡大」への強力な武器として要求されているのであって、その「消費拡大」という資本主義経済界の至上命令こそが、地球環境破壊や資源枯渇、そして間接的にはデザイナーを含む労働者の労働や生活状態の悪化、そして社会的ファンドの私的金融資本家達への集中とそれによる社会インフラの崩壊といった事態を促進している一因であることが明白になってきたのである。

 かつて70年代に11年間研究室の片隅に干され続けてきた時に、私が日々自分の生きるための実存を支える思想的な養分として吸収してきた思想・哲学が、私の内部から"NO"という叫び声を上け始めた。そして、その内面の声は日ごとに大きくなり、私は再び、デザイン問題の中心的課題の探求に向かわざるを得なくなったのである。

 私は、その矛盾の中で悩んだ。そこから得た結論は。職能としてのデザインと、人間の普遍的行為であるデザイン行為を明確に区別し、その関係を留意した上でなければ創造性の問題に踏み出すべきではないというものであった。一言で言えば、職能としてのデザインの批判からしか普遍的意味でのデザイン行為の本質に迫ることはできないという立場である。

 そのような私のデザイン問題に対する紆余曲折などつゆ知らぬ、私より10〜20歳以上も若い世代の賢そうな研究者達が、デザインの創造性に関する問題を取り上げ、これこそ未開拓の新しい研究領域であるといって、よってたかって、勝手な「定義」やモデルをもてあそんでいるのを見ると実に複雑な思いになるのである。

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