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2009年12月27日 - 2010年1月2日

2010年1月 2日 (土)

技術的実践のかたちとしてのデザイン行為

 デザイン行為を研究するに当たってもっとも困難を伴うことは、それが自然現象や出来上がってしまった人工物などのように観察によって明らかにされる対象ではなく、人間の主体的実践に関わるものであり、本質的に内面に現れる意図や意志を中心とした行為そのものであることである。

 この人間特有の実践に関わる問題は、1940-50年代に活発に行われた技術論論争の中でも議論の中心となり、例えば、技術とは何か?という問いに対して、当時のマルクス主義者たちは、「労働手段の体系である」と規定したのに対し、三木清は「行為の形である」としてこれに反論した。

 人間の意識内面の問題として技術を捉えることは観念論であると決めつけた当時のマルクス主義者に対して、三木は、「行為の形」とすることで、技術の本質を意図の問題に一歩近づけたのである。しかし、「行為の形」という規定も外側からの把握に過ぎない。50年代に盛り上がった唯物論における主体性に関する論争の中で、当然これは批判の対象となり、主体的意図を中心とした位置づけが行われた。その典型が物理学者、武谷三男による、技術の本質は「客観的法則性の意識的適用である」という規定であった。

 人間の脳も自然の物質的運動の生物史的過程で生み出された成果であり、自然の一部であるが、その人間の脳が自然自身の法則性を認識し、それを自分の目的意識に沿って適用することによって、自然の中に「自然の自己意識」としての目的を実現する行為として技術の本質を捉えたのである。そこには自然の一部としての人間が自己の主体性を発揮しつつもそれが恣意的なものにならず自然の物質運動の一部となって結果的に自然的存在全体を変化させていくひとつのモメントとなるという考え方である。

 デザイン行為(普遍的な意味での)はこうした人間の技術的実践の一つのかたち(側面)であると考えられる。人間の労働が、その社会的関係を捨象して考えれば、ここでいう技術的実践として成されることは、マルクスの資本論 第三篇、第5章、第1節「労働過程または使用価値の生産」(これはサムエル・ムーアによる英訳版をもとにmizzさんによって和訳された日本語版による表題でありドイツ語版による向坂訳では単に「労働過程」となっている)に書かれた一説を見ればあきらかである。そこではこう述べられている。「蜘蛛は、織り職の作業に似た作業を行う。または蜂は、彼女等の巣房の建設に関しては、多くの建築家に恥を塗る。だが、最も優秀なる蜂と、最悪の建築家とを区別するものは、建築家がそれを実際に建てる前に、想像の上で、構築を仕上げているということである。あらゆる労働過程の終端には、我々には、すでに、その開始時点で、労働者の想像の上に存在していた結果が得られるということである。彼は、彼が働くことによって、素材の形の変化に影響を与えることだけではなく、彼のやり方に法則を与え、彼の意志を従わせる、彼自身の目的を実現するのである。」(上記mizzさん訳による)本来ならこの前後の部分も書かなければいけないのであるが、とりあえずエッセンスの部分だけを挙げておく。

 これは労働過程全体に関する記述であるが、この中で、「最も優秀なる蜂と、最悪の建築家とを区別するものは、建築家がそれを実際に建てる前に、想像の上で、構築を仕上げているということである。」という部分がデザイン的行為の本質に触れる部分であるといえる。つまり人間の労働過程は、本来その結果となるべき状態(つまり目標)をあらかじめ、頭の中に想定しつつ行われるという本質を持っており、その想定される姿がこれからつくり出されるべき人工物の形である場合には、その形態や構造のイメージがあいまいではあるが輪郭として頭の中に存在しているということである。別の見方をすれば、「時間の先取り」としての目的的行為である人間の労働過程において、未確定であいまいな未来の姿として想定される結果をあらかじめ描いているのである。人間は、神ではないから、未来の先取りを明確な形でおこなうことは出来ない。しかしそれをやらずには居られない。そこに現れるのがデザイン行為であり、試行錯誤を必須の要素とするデザイン思考過程であるといえる。労働過程における技術的実践はこのようなデザイン的側面を含みながら実行される。

 あらかじめ頭の中に描かれる想定結果は、まずは言葉による目的表現で触発されるイメージであり、それを助ける経験的知識として蓄積されたノウハウ的方法・手段、および言語表現とそれが表す形態の関係に関する知識および形態や色彩イメージなどであろう。これらは頭の中で渾然一体となって存在するため、それを外部に表出しなければ確認することができない。近代的生産様式が登場するまでは、作りかけの労働生産物そのものが、そのイメージの可視化手段でもあったと考えられる。陶工が、焼き物を作りながらデザインするのと同じである。また簡単なスケッチがそれに加わることもあった。しかし近代的生産様式では、あらかじめ物理的法則などに則った「図面」(形態および機能の紙面でのシミュレーション)としてそれが用意される。

 さて、次回では、ここではいったん捨象された歴史的形態にもう一度立ち戻り、近代における労働の特徴と職能としてのデザイン誕生の経緯について考察してみよう。けだし、歴史とは、ただドラマとして読む対象なのではなく、我々自身の現在ある姿とその実存がどのようにして生成されてきたかを示す事実であり、「われわれとは何か?」を解き明かすために歴史を理解する必要があるのだから。そして抽象される普遍的本質は歴史の中の具体的事実を通じてしか明らかにすることが出来ないのだから。

 

 

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2009年12月31日 (木)

2009年の終わりに

 巷では2009年は変化の年であったという。本当に変化したのだろうか?

変化はやってくるものではなく、生み出すのものだろう。本当に変化するためには、それを待つだけでなく、自らを変えなければならないはずだ。しかし、自らを変えるには、変えなければならない理由があるはずだ。止むにやまれぬ何かがあるはずだ。人の苦しみを同じ目線で感じることも出来ず、高いところから「友愛」を論じるだけでは世の中は決して変わらない。そしてもっとも変化を望んでいる人々は、いまや一人一人がバラバラになり、自らの無力さをイヤと言うほど知らさせられている。

 世の中の風潮を「中立的」立場という外野席から眺め、いかにも庶民の代弁者のように振る舞いながら、政治や社会を批判するのがマスコミの役割なのかも知れないが、その影響力の大きさからみるとマスコミは責任感が薄い。見方を変えればマスコミほど危険なものはない。彼らが世の中の流れを左右することになるのだから。戦後リベラル派を自認する、あるマスコミが、戦時中は軍国主義の旗を振っていたことはよく知られた事実だ。

 そしていま彼らは、一方で、庶民の味方というポーズを取りながら、政権交代を演出し、他方で、なかなか景気回復できず、国家予算が膨らんで行く民主党の政策を批判しながら、「景気浮揚」や「雇用拡大」を主張する。そもそも「景気浮揚」とは、資本が生き残るため、なりふりかまわず解雇や重労働によって労働者を切り捨てることによって可能になるのである。雇用なき景気回復こそ資本が競争に勝つための「合理化」なのである。国際競争力をつけるためと称して、経営者は国内での雇用を差し控え、そのため就職できない若者たちは東南アジアなどに職を求めて出て行く。そして資本は、海外投資と称してアジアなどの低賃金労働を搾取することで国際競争力を身につけようとするのである。さらにマスコミの矛盾は、労働市場で格付けされるための競争である、受験地獄を促進するような、一流大学進学高校リストなどを毎年発表したりしていることにも現れている。

 本当に変化を求めるならば、いまの社会がどのようなメカニズムでその軋轢や矛盾をうみだしてきたのか、それを真剣に受け止め、なぜ、どういう変化が必要なのか分析べきだろう。

 マスコミがだれの見方なのかは、やがて歴史があきらかにするだろう。われわれは雰囲気やかっこうだけで欺されてはいけない。そしてわれわれ一人一人はマスコミの論調より、はるかにもっと深く事実を探求し、その上で、変革が必要な人々すべてが草の根から手を取り合って力を合わせなければならないときがくるだろう。

 2010年がそういう流れの始まる年になって欲しい。

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