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2010年2月 8日 (月)

何が間違っているのか?(その1「民」とは何か?)

 「民主的」とは英語では"democratic"である。これはギリシャ語のデモス(市民)という言葉からきていると言われている。しかし、この言葉が好んで用いられるようになった近代資本主義社会では、これはあるもっとも重要な事実を覆い隠す言葉となっている。

 「民」ということばでひとくくりにされている概念の中で、資本家と労働者の階級的な対立が覆い隠されているのである。

 資本家階級は、歴史的に見れば、封建的領主などの支配権力と対立する「市民(ブルジョアジー)」として登場し、「自由、平等、博愛」をスローガンとして闘った。しかし、そのときは、自分たちのために利益をもたらしてくれる労働者階級を味方につけていたのである。いまにしてみれば、彼らの主張は、商売の自由であり、その機会の平等であって、博愛は労働者階級を味方につけるための「つけたし」に過ぎなかったと言わざるを得ない。それはいまでも民主党の「友愛」を見て分かる通り少しも変わらない。

 だが、産業資本主義社会を築き上げ、社会的経済的支配権を確立すると、今度は「産業界」の代弁者として、産業の繁栄こそひとびとが幸せになれる社会を築き上げるのだと主張する。そして、資本家からと同様に労働者からも所得税などの税金を「平等に」徴収し、不景気な時期がきて、資本家の経営がうまくいかなくなると、それを政府が税金によって徴収した資金を投入して支えてくれる仕組みをつくる。労働者階級は、会社が潰れて自分が失業すれば、生活できなくなるので、会社をもり立て、会社更生のために税金が投入されても、仕方がないと思う。そしてはやく会社が繁栄して自分たちの給料が増える日を心待ちにする。

 かつて盛んだった労働組合運動も、いまでは、それを支える組織や理論が枯れ果ててしまい、いまや、「春闘」など名ばかりの存在となり、資本側に、労働者の雇用と生活を守ってくれるよう懇願する立場になってしまった。労働者階級は資本家階級の「友愛」に頼るしかすべがないのである。なんと情けないことか!!

 バブルが崩壊して不況が始まった頃からは、自由に仕事が選べる仕組みとして、派遣労働者制度が認められ、非正規雇用が大々的に始まった。一見、労働者の自由な労働選択を優先しているかのような見かけとはうらはらに、実は、この制度は、労働基準法の趣旨を実質的に空無化し、資本家側に、解雇の「自由」を与え、正規雇用者にも際限ない過重労働を課す「自由」を与えるものであったのだ。

 そして、景気が上向いて企業の業績が上がっても、増大し続ける失業者を生みだし、あるいはまた、惨めで低賃金かつ不安定な仕事に就かざるを得なくても数字上の「雇用拡大」が維持できれば政治家たちはそれを「政治力の成果」として声高に主張するだろう。

 そして、こうした社会を批判的に捉えて、分析できるはずの大学の研究室も、ほとんどすべて、産業界への貢献を旨とする研究教育体制へと変質してしまったのである。産業界への貢献という美名のもとで、本来の批判的視点を捨ててしまうことが、結局は社会を崩壊に導くということへの自覚が全くといってよいほどにないのである。

 そう言う意味でいまの資本主義社会は、じつにおそろしい社会である。失業者や自殺者が年々増え続けているというのに、そうした事態を生み出している原因を根底から捉え批判する目も抹殺してしまったのだから。

 何かが間違っている。そしてみなが薄々それに気づいていながら、ただ日々の生活の中でその疑問を深く追求することなく、ただ無責任な商業マスコミの喧噪に自分の判断を委ねているのではないだろうか。

 われわれの社会は、それぞれの分野でそれを支える日々の労働を行う者達によって成り立っているのであって、資本家同士の国際的市場競争に勝つことが労働の目的ではない。欺されてはいけない。我々は日々、自分たちの労働力を再生産し、その上で社会を支えるインフラを構築するに十分な富をわれわれ自身の労働の中から生み出しているのである。ただそれが、資本家達によって奪われ、彼らの利益争奪戦に投入され、一部の資本家に集中することを合法化する社会に生きているが故に、失業や自殺に追い込まれているのである。

 マルクスは150年前にその資本主義社会の基本的な仕組みを完膚無きまでに明らかにしているのである。われわれはいまでも、いやいまだからこそ、資本論に展開された資本主義社会の分析を避けて通ることは出来ないのだと思う。

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