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2010年2月14日 (日)

国内生活基盤産業の衰退と寄生的産業への傾斜

 金融資本の支配による、ものづくり技術の衰退は前回述べた通りであるが、政府や資本家たちのそれに対する対応は、おおかたにおいて「日本は付加価値の高い商品の世界で勝負すべき」である。

 だがこの「付加価値」の正体も本ブログですでに明らかにしている。つまり個人の価値観を刺激して実際の価値以上の市場価格で商品を買わせるテクニックなのである。これは裕福な階級相手に金儲けをしようとするやり方であって、貧乏人はラチ外の話である。

 では、実際にすべての社会的価値の生産を行っていながら、そのほとんどすべてを金融資本、産業資本、商業資本などに吸い取られてしまっているわが労働者階級はどうなるのか?

 まずは労働賃金という形で資本家から労働者に前貸しされる資本(マルクスの言葉で言えば「可変資本部分」)は、労働者がその労働力を日々再生産するために必要な生活資料商品や子供の教育費などの価値である。この部分は、労働者が生活に必要な商品を購入したり学費を払ったりすることで、生活資料商品をつくり、販売する資本家や教育産業を営む資本家の手に渡り、結局は資本家階級のもとに還元されるようになっている(これが彼らが「消費拡大」を必至に宣伝する所以である)。労働者はこれらの生活費をできるだけ切り詰め、この賃金のわずかな部分を貯蓄にまわし、それを自分の楽しみのために使う。ここで彼はようやく憂き世の憂さを晴らすのであるが、これがまた娯楽産業という資本に吸収される。近年ではこの娯楽産業が国内全産業の大きな部分を占めるようになった。アニメ、ポピュラーミュージック、まんが、旅行、趣味さまざま、などである。

 その一方で、生活必需品といわれる、食料、衣服、(住宅については別の機会に述べる)などは、労働賃金の安いアジア諸国の労働者の手で生産され、商業資本家の手によって国内市場で販売される。われわれの身の回りにある生活必需品(食料を含めて)のおそらく90%以上がこうしたアジアの低賃金労働者か日本の非正規雇用労働者の労働によりもたらされたものである。これらの生活基盤産業は、資本としては国内の資本家が支配しているかも知れないが、実際に生産しているのはほとんど外国なのである(最近では「国内産」を名乗っていながら、その実、巧みに法の網をくぐって外国産の中身を取り入れている商品が多い)。

 実はその他の商品においても、労働賃金の安い外国で作られているものが驚くほど多い。子供用のおもちゃ、文房具、オフィス用品、住宅用品、室内装飾品、家具、調理器具、カメラ、自転車、靴、鞄、などなど挙げればきりがない。つまりほとんどの生活用品や趣味用品は日本では作られていないのである。

 これは何を意味するのか?第一に、日本の労働者階級の大半が、生産的労働を行っておらず、外国で生み出された生活資料を販売、流通させる部門、いわゆる娯楽産業部門、サービス産業部門、金融資本の機能を分担する銀行や証券関係の仕事、教育産業などに携わり、最近では、福祉や介護関係の労働を行う人々が増え続けている。農村では農業が衰退し、一番大切な食料の確保も外国任せである。

 単に、「雇用の拡大」と言っても、この現実を見ると、日本の産業資本が社会的に必要な生活基盤資料の生産において、ほとんど価値の生産を行っていないことがわかる。もっぱらアジアや中国の労働者が低賃金労働により生み出した莫大な剰余価値を金融資本が吸い上げ、国際的に流動化させ、さらに差益を奪取する中で間接的にその上前をはねていることが分かる。

 いまや日本のほとんどの資本家はアジアや中国の労働者の労働に寄生してその利益を国内で分配している状態なのである。日本の労働者階級もその意味では、そういう寄生的資本の分け前にあずかり、そのしもべになっているのである。

 こうした事態にたいし、「がんばれにっぽん!」といったある種の民族主義をかんばんに階級対立を隠蔽して「反中国」の旗を振ってみても、それはとんでもないお門違いである。なぜなら、中国で低賃金労働に喘いでいる労働者たちは、彼らの生み出した剰余価値を日本、アメリカやヨーロッパの(そして最近ではアラブ産油国や中国の資本家も含む)グローバル資本を動かしている金融資本家たちに吸い取られ、その意味では、わが日本の労働者達と本質的に同じ立場にあるのだから。

 アジア諸国との「友愛」を主張するなら、こうした立場に置かれた労働者階級同士の団結こそ基本であり、ともに自分たちを不当に苦しめているグローバル資本家階級(この中には一党支配による「国家独裁資本主義国」になってしまった中国の支配階級も含まれる)と対決することが必要であり、そこから本当の意味での友愛が生まれると考えるべきであろう。

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