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2010年2月 9日 (火)

何が間違っているのか?(その2 価値の源泉とその資本への変貌)

「価値」という概念がどのようにして成立してきたか、マルクスは資本論の冒頭で、その秘密を明らかにしている。

 一社会がその社会の生産物をその中だけで消費し尽くしてしまう状況から一歩進んで、剰余生産物を持つようになると、それを他のモノと交換するために別の社会と交流を始める。そこから「商品」という概念が生じる。商品とは、もともと何かのために作られたり採集されたモノがその使用価値を果たすことがなくなったので、他の有用物と交換に出されるモノである。そのとき交換相手の所有する商品との間で価値関係が発生する。自分の持つ商品は自分にとって使用価値はないが、相手の持っている商品は自分にとって使用価値がある。双方にこの関係が成立したときに交換が始まるのであるが、そのときに自分のもつ商品の一定量は相手の持っている商品の一定量と等価であるという考え方が背後に生じている。相手も同様である。では、この「等価」は何からきているのか?異なる使用価値の一定量の商品間に成立する「等価」という抽象的な概念こそ「価値」の基本であり、それを形成する実体は、それらの商品を生産あるいは採集するのに要した平均的労働時間であるということをマルクスは明らかにした。

 やがて、たまたま交換したい商品を持った人に出会うという「偶然」に依拠するのではなく、必然的に、いつでもどんな商品とも交換できるような、第三の商品が登場する。価値そのものを表現する実体としての貨幣である。こうして商品交換の世界が成立し、ある社会と別の社会をモノの交換で結ぶ商品経済の仕組みが出来ていったのである。

 商品経済の発展のもとで資本主義経済社会が、登場することにより(この過程は資本論 第24章「本源的蓄積」に述べられている通り、決して牧歌的なものではなく、略奪と狡猾の歴史である)、歴史上はじめて、すべての生活必需品が最初から商品として作られる社会が登場した。そしてそのような社会は、それらの商品を生産する人間の労働力までも商品としてモノと同等にあつかうことによって初めて完全な形で成立し得たのである。

 社会的生産物の私的所有とそれを商品として売買する「自由」を法的に保障する社会を生みだし、それを根拠として成立した資本主義社会は、だから生産手段を持たない人間には自らの労働力を商品として売りに出す「自由」を認め、その一方で、その労働力を購入し、自ら所有する生産手段と結合させて、社会的に必要な生活必需品やそれを生産するための生産手段の生産を行い、それによって利益を上げる「自由」を認めたのである。

 ここに、人生において終始、自らの労働力を売りに出さねば生きて行けない労働者と、その労働力を購入してそれによって利益を上げながらリッチになり、生産手段を確保し拡大して行く資本家という関係ですべての社会的に必要な生産が行われる社会、資本主義社会が成立したのである。「資本」とは企業の経営に必要な資金をいうのではなく、貨幣が様々な形態でメタモルフォーゼしつつ「資本」として社会を支配し人間をモノ同様に稼働させる賃労働と資本の関係を維持させている状態すべてを指すのである。

 ここで重要なのは、すべての社会的に必要とされる「富」は生産的労働者の労働によって生み出されたものであるのに、資本家は「私的所有の自由」を盾に、私的な生産によってこれを行っているということである。しかもこの私的生産は私的な利益のために行われるのであって、社会的奉仕として行われるのではない(資本家はしばしば「社会貢献」という言葉を使うが、この場合の社会貢献は手段としてのそれであって、目的としてのそれではない)。

 生産的労働者が日々生み出す価値は、労働者自らをその生活において再生産するのに必要な生活必需品の価値(これと等しい価値が労働賃金として労働者に前貸しされる、それが資本家にとって労働力の価値なのである。従って労働賃金は厳密な意味での「所得」ではない)を遙かに超えて、その何倍もの価値を生み出しているのである。そしてそれらの莫大な量の「剰余価値」は、資本として資本家に私的な利益をもたらす源泉となっているのである。本来ならば、これらの膨大な量の剰余価値は、社会全体を維持し発展させるための公的な社会的共有ファンドとして蓄積され、すべての労働者たちのために使用されるべきものであるにも拘わらず。

 この基本的事実が実証的に明らかにされているのが資本論である。資本論によってこのことを理解したとき、私は、世の中を見る目が一変したのを覚えている。

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