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2010年5月27日 (木)

研究者の世界はいま...

 私自身が大学で研究者として働き、自らの生活を営んできたので、職業としての研究者をリタイアしたいま、あらためて研究者とは何だろうと考えることが多い。

 大学における研究者は、研究や教育を職業としているので、必然的に、研究や教育を通じてその社会に貢献することがその存在意義であるといえる。そういう形の社会的分業を担っているのである。したがって、そのような社会的分業を必要としている社会の構造の一角を成しており、その意味でその社会のあり方やそれが生み出す矛盾と無関係ではあり得ない。

 しかし、他の分業種と少し違うのは、自分がその一角を担っている社会が抱えている矛盾や問題を批判的に検討する(つまりある意味で自己批判をする)ことを通じて、その問題を解決する方向を探索できるという位置にいることである。つまり完全な「社会-内-存在」ではないということである。研究者のこの社会的位置が見失われるとき、社会全体が抱えている大きな矛盾は「問題」として見えなくなり、「内部修正の課題」としてしか受け止められなくなることにより、問題解決のためのパラダイムシフトが出来なくなるのである。残念ながらいまの社会はそうなってしまっているようである。

 例えば、マルクス的社会観から見た現代社会への批判を含む研究にはおそらく文科省の科学研究費はつかない。またそういう立場を前面に出すことは、研究者としての社会的生命を失うことにも通じるのである。したがって「不都合な真実」に関する問題提起や研究成果は正面から取り上げられることがない(ゴア氏のような有名人はまた別格であろうが)。

 もちろんその「不都合な真実」の取り上げ方も問題であろう。できるだけ「客観的」にそして「科学的」に真実を明らかにする必要があるだろう。

 もう一つは、正当な意味での「批判」というものが成り立たない社会になってしまっている、という問題がある。学会発表などでも、権威ある先生の発表には批判が殆ど出ない(出せない?)し、出してもまともに受け止めてもらえないという状況がある。また、「権威」ではなくとも一定のステータスを得た研究者達が、新しい研究を評価する際に、自分達と相反する視点に基づく研究に対しては、「意味がない」とか「価値のない研究」という烙印を押し。闇から闇へと葬ってしまおうとするのも大いに問題である。異質のものをそれとして許容しつつ、それを公開の場でのディスカッションを通じて研究を進展させていくというのが「研究の本道」ではなかろうか?

 これらは日本の学会特有の現象であるかも知れないが、多くの海外での生活・研究経験のある若手研究者がいるにも関わらずそうなっているのは一体なぜだろう?わが国では、批判は「非難」や「ケチ付け」と殆ど同義と考えられているようだ。しかし、正しい意味での批判こそが、学問の進化をもたらすのであって、批判なき学会では、研究そのものが停滞し、形骸化していく。

 もう一つ研究の形骸化の大きな原因になっているのが、いまの若手研究者の置かれた状況である。彼らは、助教→准教授→教授、と昇格していくために、何よりも研究業績が要求される。そしてその研究業績は、ある分野の権威ある教授たちが仕切っている分野で評価されねばならない。しかも研究業績では発表論文数がもっとも大きな指標となる。したがって、若手の研究者は、それらの権威ある教授達の仕切っている学会で評価されやすい研究をできるだけ多く発表しようとする傾向が強くなる。当然のことである。

 そして、その結果、研究発表件数はどんどん増え、研究発表会は盛況になり、科研費を受ける若手研究者もどんどん増えていく。それにも拘わらず、社会全体から見ると、もっとも研究されなければならない問題がいつも空白域として残され、時代に乗った研究だけがもてはやされ、若手研究者の目はほとんど皆そちらに向いてしまう、という状況になっている。

 これでは、現実に巨大な矛盾に直面している今日の社会をまともに見据え、問題の根源をえぐり出すことは難しい。こういうことを訴えると、たちまち「実践性のない批判ばかりしている偏屈なじじい」というレッテルを貼られてしまいそうであるが、べつにそれでもかまわない。この巨大な矛盾を前にしてそれほど簡単に「実践的提案」など出せるはずがないのだから。先ずはそれがどれほど大きくかつ深い問題であるかという自覚を持ち、そこから少しずつ解決の糸口を探し出して行かざるを得ないのであるから。

 職業的研究者の立場はすでに数年前にリタイアしたが、研究そのものには終わりはない。年齢や病気によって頭脳が最終的に破壊されるまで、私は研究者のはしくれとして問題提起をし続けるつもりである。

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