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2010年6月17日 (木)

iPadに見る「草の根出版革命」への予兆

 このブログでは、いつもごりごりのマルクス論を書いているので、さぞかし頭の硬いオジサンと思われているかも知れないが、実は私はコンピュータ技術やインターネット技術などに深い関心を持っており、1980年代の初め頃から主にAppleの製品をいろいろ使って、さまざまな試みを行ってきた。その一つにMacのHyperCardを用いたデザインーの発想支援システムの試みなどがある。1960年代末の学生運動に参加して以来、資本主義社会を批判する立場であったことに変わりはないが、私自身、資本主義社会の真っ只中に生きている一人の人間であり、その中で自分の位置を見定めながら生きねばならなかったからである。 

 私は、資本主義社会がもつ根本的矛盾(一言で言えば、社会をそれぞれの労働によって支える人々の存在意義を、商品の私有化という観点でしか捉えない仕組みの上に立った社会)を徹底的に批判しようと思うが、その一方で、その社会が多くの矛盾を抱えた形ではあるが、高度な生産技術を初め、さまざまな科学技術的革命をもたらし、その遺産はポスト資本主義社会に新たな姿をもって引き継がれていくという風に考えている。その一つがいわゆるIT技術である。

 私はApple社が出した新製品iPadの新たな可能性を感じて、いささかミーハー的ではあるが、早速それを購入して使っている。ここでApple社の宣伝をするつもりは全くなく、Steve Jobsのガレージファクトリー起業以来ずっとApple社というベンチャー企業の成長過程を見守ってきたが、いまやAppleは「企業価値」(これについては別の機会に述べる)がMicrosoft社を抜くというところまで「成長」し、Jobsは現代アメリカ資本主義を代表するカリスマ的資本家として君臨するようになった。彼はApple II、Mac, iPod, iPhoneなど次々と話題の新製品を出してきたが、そこには資本家としての次の市場を見定める眼力があり、その上、企業のブランドを高める作戦のうまさという意味で優れて現代的産業資本家である。いわゆる中間層をターゲットとして、巧みに製品の「付加価値」を高め、低価格化競争に引き込まれることを防ぐとともに、中国などで「安い労働力」を徹底的に使って、自社商品の市場における位置を優位に導いてきている「辣腕資本家」なのである。

 それに対する批判はいまはひとまず差し置いて、iPadがもたらすかもしれない最大の「革命」は、出版のあり方の革命であるということは多くの人々によってすでに指摘されている。しかし、そこに私が見るのは、単に電子出版という新しいメディアの市場とビジネスチャンスをつくり出すという資本家的視点ではなく、従来の「出版社」という企業がもつ独占的地位を根底から突き崩す可能性をもっているという事実である。

 出版社の競争は激化し、年々多くの出版物が販売されているが、出版社は、「売れない本は出さない」という資本主義的市場法則のもとに置かれている。かつて岩波書店が、後生に残すべき内容の本は、たとえ売れなくても出版するという方針を貫こうとしてことがあったが、それも現在の過当競争の中で崩れてしまった。どちらにしても、出版社が世に出す出版物の帰趨を握っているという意味では、大きな問題を抱えている。それは、さまざまな少数意見や、現時点では「重要」と見なされない文献が後生に残されるチャンスを失わされているという事実である。出版資本が、出版物という形で世に出されるオピニオンの首根っこを握っているのであって、そのために多くの、無名な人達の貴重な考え方や意見が葬り去られているのである。

 この状況をまず最初に破ったのが、インターネットの普及である。20世紀末〜今世紀初頭のいわゆるIT革命によって、世の中の情報伝達の形が大きく変化した。資本家達はこれを大きなビジネスチャンスとして、それを莫大な利益の獲得手段として取り込み、IT関連企業に莫大な投資を行い、技術開発に拍車をかけた。Apple社もその波に乗って成長した。しかし、それとはまったく別の視点から見れば、IT革命は、「草の根的情報ネットワークの技術インフラ」を生み出したのである。

 今朝の朝日新聞に作家の瀬名秀明さんらが、出版社を通さないで自らの作品を出版するネットワークを画策しているという記事があった。私はついに始まったか、という思いでこれを読んだ。しかし、私はもっと別な見方をしている。それは、インターネットと電子書籍リーダーの普及は、さまざまな職種や業種における労働を通じて社会を支えている人々の間に、資本家の意志を媒介せずに情報交換し合う社会的ネットワークや出版活動ができる条件を作ってくれたのである。これこそ、将来に向けての社会革命へのひとつの具体的な条件の形成であると言えないだろうか?

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