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2010年8月20日 (金)

「正論を疑え、正解とは限らない」

 この表題は、実は電車の中で見た缶コーヒーの広告のコピーである。最近の広告コピーはなかなか手が込んでいてそれなりにおもしろい。このコピーは結局はある缶コーヒーメーカーが、その比較的強い香りを売り込み、それに混迷する現代社会の中を強く生きるための心構えを重ね合わせて表現しているのだ。

 そのコーヒーがうまいかどうかは別として、その広告に写っているある男優のニヒルな顔つきとこのコピーの取り合わせは、私にもある種の共感を感じさせた。そう、まさにいま「正論を疑え、正解とは限らない」ことを肝に銘ずべきときなのだ。

 一方で資本家を中心とした経済成長神話があいかわらず継続し、他方でそれに対して脱成長(デクロワサンス)が唱えられ、一方で商業マスコミが政治家たちのスキャンダルや派閥争いを大げさにそして無責任に騒ぎ立て、「一般大衆」はそれによって右往左往して選挙の投票相手を変えたりし、他方ではそれに対して何ら的確な方向を示すことができる政党も論者も出てこないという混沌状態が、現代の風潮であろう。

 そこで「正論」という立場を前面に出してきている論説なり見解は、ひとまず疑ってみる必要がある。その理由は、まず第一に、そこに論述されている見解の内容が、すでに使い古されてしまった世界観や価値観の焼き直しや、単なる「うらがえし」ではないかと言うこと。第二に、それを「正論」と感じる受け手の側が、そのような復古的な、言い換えれば既成の世界観や価値観を無意識のうちに自分の心の拠り所にしてしまっていることが多いのではないかということである。

 いま必要なことは、すでにあらゆる場面でほころびやボロが目立ち、病んで膿が噴出している世の中の仕組みを変えることであり、その仕組みを支えている「時代精神」の矛盾を見破り、そのためには同時に、自分自身の持つ価値観や世界観の「常識」を変えることが必要である。一体何が正しいのか、何が間違っているのかを見定めようとする努力が必要である。深く考えないで「自分の感覚(かっこいいとか、なんとなく嫌いだからといった)」に頼っていたり、マスコミなどの流布する「世論」に頼っていてはだめである。

 もちろん「正論を疑え、正解とは限らない」は、極端な場合、「すべてを疑え」ということにも通じ、懐疑的でニヒルな感覚に陥る危険性もあるので気をつけなければいけないが、とにかく思想的な自立が必要なのである。そしてその思想的自立の過程で、表面的には「あたりまえ」あるいは「当然」として常識的に受け止められていることの中に潜む重大なごまかしや偽りがあることを見抜く力を持つことが必要なのである。

 まず自分の頭で考えよ!その努力なくして、どこかの政党にすべてを任せているようでは、絶対に世の中は変わらないのである!

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