« デザイン商品「差別化」についての考察 | トップページ | 「合法的殺人」の危機に晒されるアメリカ市民 »

2010年9月 9日 (木)

クルーグマン先生の「2010年の1938年」で見えていない問題

 今朝の朝日新聞の「クルーグマンコラム」でクルーグマン先生が、現在2010年に起きているオバマ政権の直面している事態を、1938年のルーズベルト政権当時の状況になぞらえて「苛立ち」を表明している。

 クルーグマン先生は、オバマ大統領が、2008年から始まったアメリカの金融危機に起因する経済不況に対して、政府が景気刺激策としての大規模な財政支出を行ったにも拘わらず、景気が浮揚せず、財政赤字が増大する中で、失業者も増加している事態に対して、オバマ政権の人気が落ち、中間選挙を控えた政治状況の中で反対勢力の力が増し、オバマによる追加的財政出動が行われなくなったことに対する不満を述べている。

 クルーグマン先生は、例え財政赤字が増えようとも、さらなる財政出動によってしか景気供養はありえないと主張するのである。今日の事態を1938、長引いた大不況の中でニューディール政策などの大型財政出動を図ったにも拘わらず、アメリカの景気が思わしくなかったとき、ルーズベルトへの反対勢力の圧力によって、追加的支出が中止になったときの状況と似ていると指摘している。しかし、当時は第二次世界大戦という「偶然」の出来事が勃発し、それによる、有無を言わせぬ形での軍需産業への政府の大規模財政出動によって、戦後のアメリカ経済の復活がもたらされたというのである。そして現在の事態ではそのような「偶然」が期待できないとして「ほんの少しの知性の明晰さと、多くの政治的な意志」に期待するしかないと述べている。

 ここでクルーグマン先生が見落としている大きな問題が二つある。それは、第二次大戦後のアメリカ産業を支えていたのは、アメリカとソ連の対立を軸としたいわゆる東西冷戦体制化での大規模な軍需産業への政府援助の継続と、労働者階級の「中間層化」による労働運動からの社会主義的思想の排除である。

 前者は、湯水のごとく資金をつぎ込んだ、ハイテク技術の開発につながり、そのハイテク技術を核としてそれを民需に応用する産業が多く登場したこと、そして後者は、インフレ政策を通じた見かけ上の労働賃金高騰による、労働者階級の生活資料商品市場の活況化、そしてハイテク技術の民需への応用をそのような消費資料市場で生かせたということである。軍需産業は核兵器や航空機・ミサイルなどの兵器産業を成長させ、民需では自動車、家電製品などでの新商品市場を活性化し、労働者階級はマルクスが19世紀に予想した「窮乏化」とは違って、次々と生活資料商品を購入する「消費者」という社会的な位置づけを与えられ、「社会主義は悪魔の思想」というアメリカ的イデオロギーを植え付けられたのである。

 その中で、両者に共通するのは、大規模で継続的な過剰資本の処理方法が確立されたことであり、それが新たな不生産的産業の隆盛とそれらの資本への大量の雇用を生み出したことである。これがなければ戦後のアメリカ経済の繁栄はなかったといえるし、アメリカ的大量消費社会の出現もなかったといえるだろう(蛇足ながら、したがって「デザイナー」が新職業として活躍する舞台もありえなかったであろう)。

 こうしてヨーロッパや日本などでも、このアメリカ的消費文明が主流となり、それがついこの間まで続いてきたのである。しかし、いまやそれが根底から崩れつつあるのだ。クルーグマン先生はにはそのことが何も見えていない。つまり今日の状況は、戦争という「偶然」や「ほんの少しの知性の明晰さと、多くの政治的な意志」に期待しても無駄であり、根本的に社会の仕組みを変え、われわれ自身の社会観をも変えていかなければ解決の出来ないような時点にまで到達しているのである。

|

« デザイン商品「差別化」についての考察 | トップページ | 「合法的殺人」の危機に晒されるアメリカ市民 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

このコラムへのコメントを見て、多少ながら英文を楽しませてもらった。http://community.nytimes.com/comments/www.nytimes.com/2010/09/06/opinion/06krugman.html?sort=oldest&offset=11

299
Whoa Krugman (he who does not have a "Nobel Prize in Economics" since there is no such thing)!!

The basic premise of the article, that WWII deficit spending created an economic boom, is completely false. The reason for the post WWII economic boom in the US in 100% the result of the lack of infrastructure damage in the US. In other words, Europe (with the execption of Sweden and Switzerland - two countries that along with the US had the highest standard of living for about four decades after the war) were bombed into oblivion.

Don't try to say that it was deficit spending that solved the problem, it was a situational advantage (the US could produce things, most of Europe could not) that allowed the US to come out of the war in the position that it did.

Democratic President Franklin Delano Roosevelt's economic policiies--dubbed conveniently as "The New Deal"--failed to get the U.S. economy out of the Great Depression.

295
It was World War II which freed America from its Isolationism and unleashed the kind of Federal expenditures on armaments and on waging war against Japan and Germany that finally stopped the Great Depression dead in its tracks.

290
"Intellectual clarity"? From what read in NYT columns I see no Intellectual clarity but only a general intellectual confusion! The root of the problem is our political system which badly hampers the education and the health of our citizens and makes it easy the election and re-election of incompetent representatives and leaders. We need a political stimulus (right of the citizens to education and good health rather than bearing arms) more than an economic one.


278
FDR had a war following (and curing) a depression. We now have had a war causing a depression. Perhaps the politicians will come up with yet another war, looking to solve this depression. Unfortunately, the new war may be from within.

Arguing trillion plus dollar decisions based on convoluted historical parallels is a slippery slope indeed. Taking Krugman's argument to its logical conclusion, the lesson seems to be that the US should start WWIII to get out of recession?! I guess Krugman supports an all out war on Iran, North Korea, and a new mega surge in Iraq?

279
Also, a big difference with 1938 is that all the stimulus stayed in America, as America actually had an industry then. Give a trillion out now, and 90% will go to China or Japan.

英文のコピペですみませんが。苦笑と感嘆を禁じえず。

投稿: mizz | 2010年9月 9日 (木) 15時36分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/49395959

この記事へのトラックバック一覧です: クルーグマン先生の「2010年の1938年」で見えていない問題:

« デザイン商品「差別化」についての考察 | トップページ | 「合法的殺人」の危機に晒されるアメリカ市民 »