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2010年9月11日 (土)

「合法的殺人」の危機に晒されるアメリカ市民

 ある友人から、ワシントンポストに大変な記事が出ているという報告を受けて、その記事をダウンロードしてみた。http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/09/06/AR2010090603221.html それと一緒にYouTubeに投稿された関連情報のビデオを見た。http://www.aclu.org/national-security/aclu-video-targeted-killing 英語力が優れているとはいえない私にとってこれらの英語情報から即座に正確な判断を下すのは少々自信がないが、要するに、次のような訴訟が、アメリカの市民団体(ACLU)から提訴されているというニュースである。

 オバマ政権が、ブッシュ政権から引き継いだ、「合法的調査」という名目の非民主的条例に反対する人々が、訴訟を市民団体を通じて行った。それはコンピュータに入っている個人的通信文やデータの内容をテロの防止という名目で当局が調査できる権限を与える条例であり、国境を越えて侵入してくるテロリストを防ぐことが目的であるが、それに伴って、テロリストの疑いが強い人物を合法的な殺人標的リスト(targetted killing list)に載せることである。

 ここでいう「合法的な殺人標的リスト」とは、テロリストが標的にする人物のリストではなく、アメリカ政府が、テロリストとして「殺してもよい」人物のリストのことである。自由と民主主義の国アメリカで、このようなことが公然とではないにしても、既定の事実として行われてきたことは、驚くべきことである。

 しかし、よく考えてみれば、それほど驚くことでもないかもしれないのである。というのは、第二次大戦が終わった直後、まずは東西対立が第三次世界大戦の危機を孕んでいた時期に、マッカーシー旋風として吹き荒れた悪名高き「赤狩り」で多くのアメリカ市民が監獄に送られ、あるいはスパイ容疑で電気イスに送られたという事実に始まり、その後幾度かあった中南米での紛争における革命勢力に対してCIAが送り込んだアメリカ政府お墨付きのテロリストグループが、反革命勢力を支援し、要人を暗殺し、多くの左翼政権を倒したり、それらの運動を挫折させてきたことはすでに周知の事実である。そしてその同じ論理がベトナム戦争やイラク戦争、アフガン戦争へとつながっている。

 第二次世界大戦で勝利した連合国側の盟主として、世界の「自由と民主」の守護神という座を得たアメリカは、それを守るという名目で、手段を選ばぬ行動に出ると共にそれらの行動を暗々裏に合法化していたのである。そしてアメリカ市民はそれを明確な形では知らされていなかったとはいえ、何となくその事実を知っており、しかし、ある意味で「当然のこと」として了解していたフシがある。

 それだけアメリカ的な「自由と民主主義」が世界を越権していたのであり、アメリカ的「正義」がデファクトスタンダード化していたのであるが、見方を変えれば要するにアメリカ的正義が、その裏側で、それに異議を唱える国や人々に対して「悪の枢軸」という烙印を押し、いつでもどこでも殺して良い対象にするという常識によって支えられていたということであろう。そして実はそういう表と裏とを一体とした社会通念こそが、「自由と民主主義」をカンバンとするアメリカ資本主義社会の「上部構造」を形成しているのである。それは、もしかすると先住民族の命と土地とを奪い続けながら成長してきたアメリカという国の歴史によって育まれた社会通念なのかもしれない。

 しかし、いまそれが少しづつではあるが崩れ始めている。それが証拠には、こうした手段を選ばぬ「誅殺行為」が、自国民に対して向けられることによって、ようやく市民にとって訴訟問題として取り上げられるようになったのだから。そして一方では、キリスト教過激派がイスラムの聖典であるコーランを焼く儀式を強行しようとしたり、モスクの建設に反対したりする動きが大きくなりつつある。今後のアメリカ社会の混乱が危惧される。

 かつてのイギリスよりはるかに大規模な「金貸し国家」になってしまい、「ものづくり」から離脱してしまったアメリカで、必然ともいえる金融恐慌をきっかけに、その隆盛を支えてきた膨大な消費による「いつわりの豊かさ」が崩れ始めたのだ。

 一方でアメリカは世界一強力で高度な技術に支えられた軍事力を持っている。無人ロボット機によるコンピュータゲームそこのけの殺人攻撃や核拡散条約によって他国の核保有を阻止しながら、自国での戦略的核兵器の保持を続け、世界を軍事力で支配している。考えようによっては世界で一番おそろしい国である。

 そのアメリカで、汗と血と涙によってアメリカ社会の土台を支え続けてきた労働者階級を中心とした下層市民の疑問から出発するであろう、批判勢力の成長こそが、唯一本当の意味でのデモクラシーを発揮する力になり得るのではないだろうか?

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