« 階級の見えない階級社会 | トップページ | 特攻機「桜花」を設計した設計技術者は正しかったのか? »

2010年10月26日 (火)

階級の見えない階級社会(続き)

 ところで、20世紀前半からの資本主義社会は、金融資本が産業資本を支配し、過剰に蓄積された資本が利潤を生み出しにくくなることにより、戦争にそのはけ口を求めたり、金融恐慌が長期化するなど矛盾が著しくなってきたのであるが、その破れ目から、ロシア革命が起き、非資本主義社会の芽が吹き出した。それを「希望の星」として世界的に労働運動が高まり、また一部ではそのエネルギーが、ファシズムなどの反共民族主義の流れをも生み出していった。

 そうした中で起きた1929年の金融恐慌をきっかけにやってきた1930年代の大不況時代に、アメリカでも労働運動が一気に高揚した。資本家的デモクラシーを代表するアメリカ政府は、正面に大不況による失業者の急増、背後に社会主義圏を拠点とした労働運動の高揚を相手にして、試行錯誤の末、イギリスのケインズが主著「雇用、利子、貨幣の一般理論」を通じて唱える、需要牽引型市場経済を目指す、経済政策を採用した。

 当初大規模公共投資を軸とした、ニューディール政策により失業者の吸収はうまくいったかのように見えたが、その後それは停滞し、新経済政策は失敗したかに見えた。しかし、その直後に始まった第二次世界大戦による軍需産業の「大量消費」がそれを救ったのである。戦後、1950年代には軍事的にも経済的にも世界のトップに躍り出たアメリカは、その力を踏まえて、労働者の賃金高騰を許し、それに見合うインフレ政策を実施しながら、労働者階級の生活資料商品を生産する資本を活性化させることに成功した。それによってアメリカの労働者階級は、高賃金で贅沢な生活資料商品をどんどん購入する(購入と消費は同じではない)ことで、ますます資本主義的経済が活性化するという、「消費主導型資本主義経済体制」が軌道に乗り、資本家的にとって「好循環」が起きていったのである。

 これによって、アメリカの労働者階級は、「中産階級意識」を持つようになり、あたかも資本主義社会にはすでに階級など存在しなくなったという考え方が一般的となっていった。その一方で、共産主義を看板として労働者階級が主権を獲得し階級社会の消滅を目指すはずであった、社会主義国では共産党指導部によるマルクス主義の偏向と改変が行われ、党官僚の独裁体制が顕著となり、労働者階級はあらたな被支配階級となってしまった。それを横目でみながら、アメリカの資本家階級は誇らしげに叫ぶ「自由と民主主義の国アメリカ万歳!」と。

 1930年代に民族主義的国家主義に突っ走った日本の資本主義体制は、アメリカ・イギリスとの戦争に突入し、結局多くの労働者階級の犠牲者を生んで惨めな敗戦を迎えたのち、アメリカのてこ入れで何とか復興し、アメリカ型資本主義経済体制に大きく舵を切り替えていった。そこから何度かの曲がり角を越えてきた日本の戦後資本主義社会であるが、その基本形はこれ以来あまり変わってはいないといえるだろう。

 こうして20世紀後半の資本主義社会では、「消費を促進することが経済を活性化させる」(これ自体本来の経済学からすれば矛盾している)という方程式が出来上がってしまい、労働者階級は資本家階級から「消費者」として「消費する自由」を与えられ、それを「自由で豊かな社会」として「謳歌」させられたのである。

 その一方で、そのような消費主導型経済体制の中で、だれでも「ビジネスチャンス」を見つけ出して、起業することができ、だれでも資本家になれる、という風潮が生まれた。そこでは昨日まで大企業の労働者だった人間でも、明日からは資本家になれる、という「夢」を与えた。

 しかし、こうして次から次へと生まれるベンチャー的企業は、市場の競争によってどんどん淘汰され、最後に生き残るのはよほど運がいいか、資本家として辣腕な経営者の企業だけであって、この過程全体が結局は、資本家的企業の生存競争を通じての進化戦略を成しているのである。考えて見ればすぐ分かることであるが、すべての人が資本家になることなど決してありえない。この資本家的企業の生存競争のもとではつねに失業の不安に悩まされながら過酷な労働を強いられる大量の労働者とその厳しい生活の現実が存在し、拡大しているのである。

 そして21世紀前半のいま、「消費を促進することが経済を活性化させる」という方程式は、地球全体の資源を食い尽くし、環境を破壊し、人類全体を危機に陥れている。かつての資本家的好循環はもう絶対にやってこないであろう。

 産業がグローバル化した今日、直接的生産者である労働者階級が国境を越えて、手を結び、この世界全体での理不尽な消費合戦と、そこに支出された過酷な労働から収奪されて少数の資本家の手に不当に集中蓄積された莫大な富を、社会の正当な権利者である労働者階級に還元しない限り、問題は本当に解決しないのである。

 直接的生産者である労働者階級が資本の介在を経ずに世界全体の生産と消費をコントロールできる体制が確立されない限り(そしてそれは技術的にも社会的にも今日では可能である)、地球の資源は資本を太らせるだけの無駄な消費のために食い尽くされ、その結果莫大な労働がそのために酷使され、不要になれば捨てられるのである。

 いま必要なのは、資本のための経済成長ではなく、社会が必要とする労働をそれぞれの場で直接行う人々それぞれが成長できるための経済体制なのである。そのためにもう一度、マルクスの思想を基本からつかみ直し、それを現代的に再理解し、そこにある正当な未来図を描くことが必要であろう。

|

« 階級の見えない階級社会 | トップページ | 特攻機「桜花」を設計した設計技術者は正しかったのか? »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/49849779

この記事へのトラックバック一覧です: 階級の見えない階級社会(続き):

« 階級の見えない階級社会 | トップページ | 特攻機「桜花」を設計した設計技術者は正しかったのか? »