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2010年11月16日 (火)

「消費主導型」経済体制の行き着く先は...

 今日のいわゆる「消費主導型」経済体制は、基本的には1930年代に始まったケインズ型資本主義経済体制の土台の上に出来上がってきた体制であるが、その眼目は、資本の回転を、労働者階級の生活資料商品という経済学的に言えば、過剰資本に結びつきにくい商品の購買を牽引力として推進させ、同時に、それによって労働者階級を「中間層」というプチ・ブルジョア的な意識をもつ階層に仕立て上げることで、資本家との対立を見えないようにしていくことであったと考えられる。

 そのため、中間層的な労働者階級は本当は直接的生産者であるにも拘わらず、自らを「消費者」と自認し、プチ・ブルジョア的意識を持つようになったのである。この体制は、資本家がそれによって利益を順調に伸ばし、労働者階級が相対的に高賃金化することで、商品の購買力を高めていった時期には好調であるように見えた。そして、このプチ・ブルジョア的意識を持った「中間層」が社会の中核を成すことになったのである。いったんこういう体制が出来上がってくると、そこに、具体化される様々な矛盾に対して「大きな政府」を基盤とするケインズ型に反対する「小さな政府のもとで自助努力に基づく社会」を目指す新古典派的な資本主義を看板にする一派も登場し、選挙のたびに互いを攻撃し合い、その実、互いに資本主義社会の矛盾を補完し合うことになったのである。

 しかし、これらはいずれも、「消費主導型」経済体制を前提とした社会を基準としていると言ってよいだろう。しかし、ここでいう「消費」は本当は「購買」なのである。資本家的企業は、作り出すモノの使用価値の生産を主目的にするわけではなく、それを売るための手段と位置づけている。だから例えば、一般消費財と言われるジャンルの商品は売ってしまった後は、その製品を長く使わせるための努力はほとんどしていない。激しい市場競争の中では、売ってしまったモノのメンテナンスにコストや人手を割くよりもよりも新しいモデルを買わせることの方が遙かに効率よく利潤を得ることが出来るからだ。こうして簡単な修理によって再び使えるようになる製品が次々と捨てられ、新製品がどんどん購入されていく。こうした中で、中間層化した労働者階級は、「消費」こそが経済を推進させ、自分たちの賃金も維持できることになると信じ込まされてきたのである。

 しかし、その結果、現に何が起きているかを見れば、この「常識」がいかにまやかしであったかが分かる。大量消費によって、地球上の自然資源は枯渇し始め、その奪い合いが激化し、大量の廃棄物(CO2など)による地球環境の悪化は誰の目にも明らかになってきた。その一方で、アジア、アフリカ、中南米などの世界人口の圧倒的多数を占める貧困層(といってももとから貧困だったわけではなく、あらゆる生活資料を商品化する資本主義経済体制の中に組み込まれることによって「貧困化」させられた人たちである)の人たちが、世界労働市場に登場することによって、生産企業は低賃金労働者を得やすい海外に出てしまい、いわゆる先進資本主義国の中間層的労働者階級や町工場を経営する小資本家は、自分たちの職場を失なうか、より低賃金の労働や労働条件の悪い労働に甘んじて行かざるを得ないことになったのである。

 資本家的企業は、低賃金で働く国の労働者のおかげで、利益を確保でき、その一方で国内では、「合理化」による人減らしが強行される。個別産業資本家が上げた利益は、資本主義的競争原理のもとで資本家間にうまく分配できるように、その全体を支配する金融資本がそれをコントロールし、莫大な利益を上げる。そして政府は、「成長戦略」を看板にして企業の税金を減免する。企業が儲かれば、労働者も恩恵にあずかるという論理であろう。

 しかし、景気が維持され「上向いた」とされながら、失業者は増え続け、大学卒の就職率は60%を割り込んでいる。そして国家財政の赤字を埋めるため、そのツケは労働者階級への増税となって返ってくる。「経済成長」とは労働者階級を犠牲にした資本の成長以外の何物でもないのだ。何という社会だろう!この矛盾に気づかぬ人はもういないはずである。

 自分たちの仕事が社会全体を良くしていくことを信じながら一生懸命働いてきた労働者たちは、「消費者は王様」などとおだてられながら、結局、グローバル金融資本に莫大な利益を提供し、地球環境を破壊し、自分たちの生活を危うくすることになってしまったのである。いま、数十年遅れてそれと同様の夢を見させられ、一生懸命働いている中国やアフリカや中南米の貧しい労働者たちも必ずこういう羽目に陥ることは目に見えている。もう一度考えよう。私たちは誰のために生涯賭けて働くのか、どうして働いても働いてもその報いが得られないのか、いったい誰のために「国際市場での競争」を強いられるのか。

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