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2010年11月18日 (木)

国境を越える資本と越えられない労働者階級

 今日の社会はグローバル資本主義と言われるが、資本主義の市場はその歴史的発生以来もともと国境線を越えながら世界中に浸透していったのであって、それは最近になって始まったことではない。最初は国境を越えた商品の売買を通じて、商業資本家がリッチになった。そして次には労働力(商品)が国境を越えて、貧困化させられた国々から先進資本主義国の資本家の工場に労働者が大量に流入して産業資本家がリッチになった。そして次には資本そのものが国境を越え、いわゆる多国籍企業というものが登場し世界市場を支配した。

 これらの結果、世界経済はすでに国際的な結合がなければ全体が成り行かなくなっている。現に、アメリカが風邪を引けば日本やヨーロッパがおかしくなる。EU圏内でもギリシャやアイルランドが風邪を引けばそれがEU各国にうつる、という状態だ。後発で資本主義化した中国だけは、いま投資先としてもっとも資本家の視線を集めて「成長」しており、ほかの国々の経済の悪化がそれほどこたえていない。それは13億という膨大な国内人口があり、国内の労働者階級や農民を相手にした市場(もちろん労働力市場も含む)だけでも経済が成り立つからであろう。しかし、いずれ中国も国内市場だけではやっていけなくなる日がくるであろうし、その前に地球環境や資源問題で国際的に孤立できない状況に追い込まれるか、矛盾と圧政に労働者階級の怒りが爆発する日が来るであろう。

 かくして資本主義体制そのものが、経済的な国境を破壊し、世界をおおきなひとつの市場として結びつけつつあり、それはまた同時に、世界中の労働者階級が本質的に同じグローバル資本の矛盾(もちろん個々の国でそれぞれの国内事情が異なるが)のもとに置かれることになったのである。言い換えれば、いまこそ世界中の労働者階級が、マルクスの掲げた労働者インターナショナリズムの土台を現実的に与えられているのである。グローバルな資本主義と闘い、その矛盾を国際的なレベルで克服できるのは、こうした世界中の労働者階級の結びつき以外にないであろう。

 しかし現実には、各国の労働者は、資本家代表の政府や支配層からナショナリズムの洗礼を受けており、自国への愛国心を注ぎ込まれている。資本家代表政府は各国と経済的には結びつかざるを得ないが、自国の「国益」のためには外交的な闘いを繰り返している。たとえばあの大国の中国が、小さな島を巡って、馬鹿げた外交戦争をしかけてきているように。その背後には、自国の労働者階級が、資本家と結びついた中国共産党幹部やその独裁のもとに置かれた政府に反旗を翻し、資本家的国家の「国益」が破壊されることを恐れているからであろう。人民解放軍はもはや資本家防衛軍に成り下がってしまったようだ。

 一方、資本家によって「消費者」と呼ばれ、「中産階級化」した先進資本主義諸国の労働者たちは、いまや自分たちの足下の土台が音をたてて崩れていくのを目の当たりにしている。ケインズ型資本主義による社会保障制度の充実などを中心とした「大きな政府」が立ちゆかなくなったいま、中間階級は、「自助努力」によって資本家になるために上昇するか、力尽きてプロレタリアートに転落するかのどちらかを迫られることになってきた。そこではもはや優雅な「個人的自由な生活」は望めなくなってきたのである。

 すでに国境を越えて世界中が結びついている経済と、それにもかかわらず、各国での資本の支配に苦しむ労働者たち、そしてそれがナショナリズムや宗教と結びつけられることによって起きる悲惨な戦いが繰り広げられている。

 なぜこうなったのか、そしてわれわれはこれからどうすればいいのか、そのことをこれから少しずつ考えていきたいと思う。

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