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2010年11月 3日 (水)

土地私有の最高形態である領土問題

 尖閣諸島問題に次いでロシアによる北方4島への領有権強化問題が菅政権の「弱腰外交」の現れとして批判の矢面に立たされている。怖いのは、これによって日本の「世論」が再び軍事力に裏付けされた「強いにっぽん」を希求し出すことだ。

 しかし、こうした国境線の問題がこれほど厳しく問題となり始めたのはおそらく近代になって、ブルジョア国家(資本主義的国家)が登場して以来であろう。封建制の時代には、領主間の土地争いはあったが、そもそも「国家」の概念が今日とは違っていたと思われる。封建領主が年貢米を収奪するために必要な土地が領土(くに)であった。それが近代になって、封建制が崩壊しブルジョアジーが支配階級として登場することにより、土地がブルジョア的個人の私有財産という形を取るようになってからは、「民族」という概念が新たな意味を持たされて登場し、自分たちを同じ民族で同じ言語をしゃべる同族であるということと、それらの同族が住む領域を「国家」としてとらえるようになった。ブルジョア的世界観では、「平等な権利を持つ諸個人」(実はこれが真っ赤な嘘なのであるが)がそれぞれの要求する財産を所有し、それらを自由に交換し合うことで社会が成り立ち、それら諸個人を社会全体として統括コントロールする機構が国家であるいう具合に理解されている。そしてそこには土地も個人が自由に私有できる財産であって、その頂点に国家が国土を所有しているという観念がある。つまり国家の領土は国が所有するものであると。

 だから国境問題があたかも財産所有権の争いのごとく見にくい闘争となる。中国もいまは「社会主義」を僭称する一党独裁の国家独占的な資本主義経済の国である。中国の人々は、本来の社会主義の目指した労働者階級によるインターナショナリズムとはまったくかけ離れた「愛国心」を支配階級からつぎ込まれているのである。そしてその「愛国心」を尖閣諸島近辺の海底資源の利権獲得に結びつけようと強引に領有を主張しているのである。

 ロシアはスターリンによる戦後のどさくさまぎれの火事泥棒のような北方4島占拠を正当化し、ソビエト政権が崩壊して資本主義経済の国になってからもこの「財産」を相続したのである。

 一方、菅内閣というブルジョア左派政権の日本では、これらの不当な利害の主張に対して、もっと毅然とした態度をとれ、とか、弱腰外交で日本が甘く見られている、という非難がブルジョア右派から浴びせられている。

 しかし、そもそも領土とは何なのか?われわれは自分の住む場所が必要であり、われわれの社会は、それを維持していくためには生産活動が必要であり、そのためにはわれわれが住む土地はすべての社会的生産の基礎となり、必須の自然的条件である。それにも拘わらず、大自然の一部である土地は個人によって所有される私有財産と見なされ(人々が住むために必要な土地は生きるために必須の生活条件であって「財産」ではない)、自分の住む場所も持てないし、生産的労働の自然的条件(すべての生産手段はここから生み出される)である土地は資本家や大土地所有者に所有(この場合は生産条件として必須の土地である)されていて、財産としての土地を持たず、自分の唯一の財産である労働力を彼らに売りに出さなければ生活することもできない人々が社会の大多数を占めているこのブルジョア国家の支配階級が主張する「領土」とはいったい本当は誰のものなのか?

 この地球の大自然の中から生まれ、それを必要条件として生産し消費することによって生活しているわれわれ人類全体の共通の「財産」であるはずの土地が、だれかに囲い込まれて「私有」されたり、どこかの国に「領有」されたりすること自体、おかしなことなのである。土地は本来、個人や国家の財産であってはならないのである。

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