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2010年4月18日 - 2010年4月24日

2010年4月23日 (金)

オバマ政権と鳩山政権の落差

 オバマ大統領が、おおきな抵抗をくぐり抜けながら医療保険制度改革への道を一歩進めたと思ったら、次には、金融取引に対する法的規制を強化する方針を打ち出した。ゴールドマンサックスなどアメリカ政府から巨額の公的資金で支援を受けていた金融企業の一部が早々と利益を回復し、借入金を返済する中で、ある金融企業では社員に巨額のボーナスを出したりして社会的顰蹙を買っていた。

 昨日オバマ大統領は、ウオール街の証券取引場で、居並ぶ大手金融企業のトップを前に、金融取引の法的規制の必要性をぶち上げたのである。

 私はこれに大きな拍手を送りたい。鳩山さんには到底できない技であろう。オバマは彼の信念に従って断固とした態度でことを進めているように見える。彼は、マルクスの理論を知っているはずもないが、結局、いまのところマルクスが予見していた歴史の方向に一歩づつ接近しているように見える。

 アメリカでは「社会主義」は「悪」であり、個人の自由を国家が規制し、国家統制下で自由が抑制される社会であると言う認識が一般的であるが、もしマルクスが現代の社会に生きのびていてこれを知ったなら、さぞかし驚きかつ嘆いたことだろう。彼自身は決してそのようなことを主張していたわけではないのだから。マルクスが、「社会で共有すべきもの」と考えていたものが、どこで「国家統制」という形にすりかわってしまったのかは、20世紀の歴史、とりわけ、いわゆる社会主義運動の歴史を詳細に見ないと分からないであろう。

 しかし、どちらにせよ、オバマはおそらく直感的にではあろうが歴史の進むべき方向を的確に見定めているように見える。

 それに引き替え、わが鳩山民主党政権は、なんと中途半端で先が見えていないことか!もちろんかつての自民党や自民党からdropoutした与謝野新党などに比べれば少しはマシではあるが、要するに歴史の先を見る能力が乏しい。別の言葉で言えば、政治におけるデザイン力がないのである。

 いまや世界は資本市場がグローバルであることから見ても明らかなように政治もグローバルに動かなければならなくなっている。いずれは日本でも金融取引への法的規制や政府のより強い関与が必要になってくるだろう。そのときに大切なことは、少なくとも、それが誰のための法規制なのかを明確にすることであって、労働者の生活を犠牲にした法規制であってはならないということである。いま金融企業が手にしている巨額の資金はもともと誰が生み出したものなのか、それはマルクスの理論の中で誤解の余地がないほど明確に解明されているのだから。

 鳩山さん、がんばってちょうだい!もう先がないですよ。

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2010年4月21日 (水)

閑話休題 春の息吹

春の庭に、雑草が芽吹く

冬の間に散り敷いた褐色の落ち葉の中から

密やかに咲いてくる紫色の小さな花たち

枯れ木の様だった柿の木は薄緑の柔らかい若葉を勢いよく伸ばしていく

売り地に出された向かいの家の庭に残された松の巨木

もう100年以上もこの土地を見守ってきただろうに

もうすぐ邪魔だと切られてしまう運命かも知れぬというのに

勢いよく枝を伸ばし、芽を伸ばし始めている

すぐ近くに出来る都市計画道路の予定地では

古くからあった優雅な住宅がいくつも破壊され

あとに残された空き地の黒松の木々の間に美しい雑草の花々が咲き乱れている

便利さや経済性を唱いテンポを速める人間達の破壊活動の中で

草木たちは無頓着にいつものように勢いよく春を演じている

まるで死に行く者が生きて破壊を繰り返す者たちを哀れむように

やがてブルドーザーに根こそぎ潰されても

再び、どこかで蘇る彼らのいのちが

沈黙の中で人間達をあざ笑っている

彼らはいつも密やかに美しく沈黙を守り続けている

人間達もやがては死に行くことを知っているのだから

だからこそいま美しく生きねばならないことを

無言の内に伝えながら

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2010年4月20日 (火)

マルクスを「否定」するには?

 私のように若いときにマルクスの思想と出会った者は、ひときわその影響が大きかったといえるのかも知れないが、2010年の現在においても、いまだにマルクスの理論を信奉している馬鹿者と考える人が多いようだ。

 現代社会が資本主義経済にもとづく社会であるということを認める人は多いが、それを根底から否定したマルクスの考え方は、間違っており、すでに否定されたと考えている人が多いのも事実だ。

 私は別に、マルクスの思想を神のごとく信奉し、絶対的な理論だなどとは決して思わない。しかし、これを「否定」することは思ったほど簡単ではないのである。

 マルクスを「否定」する人々の大半は、それが間違いであったことが、20世紀末の社会主義諸国の破綻によって完全に証明されたと考えている。そしてその後、生き残った資本主義社会をその枠内で修正していくことが現実的な方向だと考えているようだ。しかし、ここに大きな誤解と事実のすり替えがある。

 その一つは、ソ連、旧東ドイツ、中国、北朝鮮などに現れたいわゆる社会主義政権とそれらの国々が依って立っていた「社会主義経済」の内容は、それぞれバリエーションはあったとはいえ、いずれもマルクスが資本論などで展開していた考え方とは似てもにつかないほど違うものだったという事実を指摘していない。かっての「社会主義諸国」での「社会主義経済」は、マルクスの考え方を単に、表面的な形だけ取り上げ、それを政治支配の道具に用いていたと言ってもよいだろう。現在の中国や北朝鮮などでは、支配層の人々すらほとんどマルクスなどまじめに読んだこともないと思われる。

 そして第二に、マルクスの思想それ自体が、完成された形のものではなかったということ。つまりマルクスの経済学はまだ発展途上にある理論であるという事実も指摘されていない。かって、「社会主義国」を支配していたマルクス主義の教条主義的扱いに対立して、純粋な科学的立場でマルクスを捉え直し、批判すべき所は批判するという立場を貫いたのが宇野弘蔵であった。宇野弘蔵の理論それ自体もいろいろ批判すべき点もあるが、マルクス経済学をマルクスの時代からさらに発展させようとしていたことは明らかかである。

 そして第三に、マルクスの「否定」概念は今日用いられている否定という概念と異なっていたということである。

 よく現代の経済学者は、マルクスがスミスやリカードなどの古典派経済学の労働価値説をそのまま引き継いでいたので、いまでは通用しないのだ、という見方を説く。しかし、古典派経済学の労働価値説とマルクスの価値論とは表面上は似ているが中身は全く異なるのである。マルクスにおいてはその違いが「資本」という概念によって展開されていることを見ればそれは明らかである。スミスやリカードの労働価値説からは決して資本による労働の支配という視点は出てこない。これを同じというのはあまりに不勉強であると言われても仕方あるまい。

 マルクスは、哲学や世界観においてはヘーゲルを否定し、その哲学や世界観が依って立つ社会の経済学的基盤に関しては古典派経済学を否定して彼の理論的地平を切り拓いた。しかし、マルクスの思想の中には、ヘーゲルも古典派経済学も、より大きな立場から「否定的に継承」され、「生きている」のである。当時青年ヘーゲル派などの過激左派がヘーゲルを「死んだ犬」といって排除しようとしたしたとき、マルクスは自分がまぎれもなきヘーゲルの弟子であると公言したのである。

 マルクスはおそらく、科学史における自然観の発展に見られるような、理論の「否定=継承」関係を社会科学においても貫こうとしたのだろう。科学史においては、例えばニュートンの物理的世界観はアインシュタインによって「否定」されたが、アインシュタイン的物理世界観の中にはニュートン的世界がその「一部」として生きているのである。もちろんここでいう「一部」として生き残っているという意味は、そのまま生き残っているのではなく、より大きな観点から、それ以前とは異なる意味づけとして残っているということである。別の言い方をすれば、アインシュタインは物理学に新たな地平を切りひらいたのであって、ニュートンを排除したわけではない。

 そのような視点から見れば、マルクスの目指す社会は資本主義社会が築き上げた成果を「否定的に継承」して行こうとするものであったことは明らかである。例えば、自由な商品の取引という形は、資本主義社会が終わったときに「配給制度」に取って代わるわけではなく、その形式を残しながら、資本による労働の支配という形が解消されることで商品の価値に対する意味づけが変わっていくであろう。また資本家がいなくなっても労働者たちによる企業の運営は続くであろう。

 要するにマルクスを否定するには、自分自身が、マルクスの切り拓いた地平を超え出なければならないのだ。これはそう簡単ではない。

 そしてわれわれは、いまこのマルクスの「否定」の論理と意味をしっかり現実的に捉え直さなければならないときなのだと思う。

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2010年4月19日 (月)

誰のため何のためのデザイン行為か?

 せっかくデザイン労働者の現状分析に行きかけたところで、またまた抽象的な話になって申し訳ないが、この問題はやはりここで言っておかねばならないと思うので、敢えて言おう。

 職能としてのデザイン労働者が行っているデザイン労働は、誰のため、何のために行なっているのか?そして一般的な意味であらゆる社会的労働の中に貫かれているデザイン的行為(計画・構想など)は、一体誰のため、何のために行われているのか?

 デザイン行為をもっとも抽象度の高いレベルで考えるならば、それは、ある状況で生じた「必要」や「要求」を充たすために、目的を明確にしつつそれを達成するための手段を探索しながら徐々に具体的な形で必要や要求を充たす対象を生み出して行く行為であるといってよいだろう。

 ある社会は、少なくともその社会で必要とされる対象(モノもコトとも含めて)を生み出すために、諸個人の能力に応じたさまざまな分業形態のもとで行われる労働を通じて、全体としてそれを実現してゆかざるを得ないが、ぞの社会的に必要な労働全体をコントロールする社会政策や構想も、これらすべての分業種と有機的な連関によって成り立つはずである。それが社会全体を結びつける共同性の原則であろう。

 現代の資本主義社会ではこれがどうなっているのか?社会的分業はその個々のレベルですでに、生産手段などの私的所有によって成り立ち、それらの資本家に私有される生産手段のもとで労働する労働者の剰余労働から得られる剰余価値は、本来ならば、社会全体に必要な共有ファンドとして蓄積され、社会保障や医療保障に回わされるべきものであるはずだが、私的あるいは私企業によって所有され、私的に「自由に」使用できる。そしてこの状態を維持拡大するために、常に市場で競争を通じて剰余価値の増大が図られ、社会的分業全体の連関は、剰余価値の私的所有という状態をスムースに進行させるための政府によって調整されている。それがいまの法的体制であり税制である。つまり資本主義社会では、資本に対して「合法的に」労働者から彼らが生み出した剰余価値を盗み取らせているのであり、不当な重税や過剰労働を許しているのである。

 資本主義社会をコントロールする政府の政策や構想における「デザイン的行為」では、いかにこうした資本主義社会のメカニズムが全体としてうまく機能し、労働者から剰余価値をスムースに絞り出させ、私的企業を所有する資本家が利益を上げることができるかという目的を実践するための最適な手段(これを「景気対策」と呼んでいる)を探索・構築してるのである。なぜなら資本主義社会とは社会的な生活に必要な生活手段の生産を(したがって労働者の生活そのものを)、「売ることによって利益をあげる」という目的のための手段としている社会だからである。社会の上から下まで、人間の労働力に内在するデザイン力を、目的と手段の逆転という形で「資本のためのデザイン行為」として実施する社会なのである。

 そしてわがデザイン労働者を含むあらゆる社会的分業種において日々過酷な労働を行って価値を創造している人々は、彼らの血と汗の結晶である生産物を、商品として売買し利益を獲得しようとする資本家のために働いているのである。労働者は資本家の「売るための」計画や構想である「デザイン的行為」(これを「マーケティング戦略」と呼んでいる)のもとに置かれ、労働者自身の生活や社会をデザインする能力(これこそ本来のデザイン能力である)を奪われてしまっているのである。

 資本家達は互いの競争(どう考えても意味のない競争)に勝って生き残るため競争相手を潰し、自分の企業で働く労働者には、「合理化」による人減らしで、日々の生活さえ不可能になるほどの長時間労働を強いている。そして「会社が潰れればおまえ達も失業するのだぞ!」というプレッシャーをかけ続けますます過酷な労働を強いている。これが資本家の「デザイン行為」の本質なのだ!

 そして政府では、「消費拡大による景気浮揚」が叫ばれながら、「雇用なき景気回復」という現状に打つ手もなく労働者への増税や国債への空手形を切っているのである。

 このような状況において、その職能自体が分解しつつあるデザイン労働者を養成する教育機関、およびその理論的基礎作りを行っている学会や研究者たちは、ただ、抽象的なデザイン論「デザイン学のデザイン」などといって不毛な議論を繰り返すのではなく、こうした現実に着目すべき時なのではないか?働く人達が、本当の意味で自分たちの生活や社会をデザインできるような(つまり本来の意味でのデザイン行為が可能な)社会の実現を大きな目標として立て、そのためにいま何ができるのかを考えるべきなのではないだろうか?

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2010年4月18日 (日)

デザイン労働力市場の変貌と職能の分解

 前回の内容に対してmizzさんからコメントを頂いた。アメリカでは統計上のデータに男女の区別がないが人種の区別が明記されているということを知り、驚かされた。アメリカでは「中間層」と見られている階層の中に、アフリカ系ヒスパニック系などの人種による下層労働者階級対ヨーロッパ系の労働貴族という構造が厳然と存在している事実を見せつけられる思いである。もっと正確に言えば、「中間層」という捉え方は非常に表面的であり、しっかりとその中の階級関係の実態を見定めなければいけないということに気づかされた。

 さて、今回はデザイン商品を生み出す労働力、つまりデザイン労働力として養成され、労働市場(労働力商品市場)に売りに出される人々について考えよう。私はこういう人達の養成機関であるデザイン系の大学で長いこと教師をしてきたのである。

 現代の社会においては、公教育は、労働力の基本的能力を養成するために用意され、その上で専門教育が、社会的分業種への要請にしたがって用意される。ほとんどの大学や専門学校がその目的で存在している。大学や専門学校を出て、「社会人」になるということは、殆どの場合、教育機関で用意された分業種のうち一つを選択し、その分業種の専門的能力を「売りに出せる労働力」として身につけて、労働市場に送り出されることなのである。

 その中で、デザイナーは、いまでも「個性を生かせる職業」と見なされている。確かに単純な肉体労働や、決まり切った事務作業などに比べると自分のセンスやアイデアを生かす機会が多いといえる。かく言う私も半世紀前の学生時代、自分が面白いと感じる仕事としてデザインの道を選んだ。時まさに「高度成長期」のまっただ中で、デザイン労働力商品は「売り手市場」であった。私が就職した電機メーカーでは、仕事がいろいろな壁にぶつかり、そのことを理由に私は再び大学に戻り、研究者の道を歩むことになったのであるが、全体としては、デザイン労働力は引く手あまたであり、「デザイナーは夢のある仕事」という幻想が持てた時代であった。

 デザイン労働力商品市場の動向は、1960-80年代を通じてある程度の山や谷はあったが、おおむね需要供給のバランスが取れていたと考えられる(より詳細な調査分析が必要だが)。その中でデザイン労働力市場が維持できたのは、おそらく1960年代の高度成長期にいわゆる内需が大きな牽引力となっていたのに対して、70年代半ばにそれが頭打ちになると同時に、70-80年代には輸出商品への依存度が高まっていったため、輸出デザイン商品の生産量がどんどん増加していったためと考えられる(この間の変化についても客観的なデータを用いて分析が必要である)。

 しかし、1990年代から、様子は変わった。いわゆる「バブルがはじけた」結果として、デザイン労働力への需要が激減し、デザイン労働力を供給する大学や専門学校の側はさまざまな努力を払わねばならなくなってきた。その一つはこれまでデザイナーを採用していなかった業種への「売り込み」である。例えばそれまでは、デザイン労働力を必要としていた業種は、自動車、家電、インテリア用品、生活用品、事務用品、趣味やレジャー用品などと、いわゆる「コンシューマー」関連の商品が主であったが、そこに生産機器、建設機械、医療機器、農業機械、など生産現場で労働手段として用いられる機器類を作る業種にデザイナーの必要性をアピールすることが行われ始めた。しかし、これはそれほど需要は多くない。そこでさらに、デザインをいわゆるハードウエアの世界に留まらず、「ソフト」的な仕事の世界にまで領域拡大して、その能力を養成し売り込むことが行われるようになってきた。例えばインタフェース・デザインや、イベントや企画提案でのデザイン力という具合に。「モノのデザインからコトのデザインへ」というわけだ。

 そのこと自体は決して悪いことではないし、デザイン労働力の可能性を拡大することにもつながるであろう。しかし、逆に言えば、60-80年代には「デザイナー」としての明確な職能領域があったものが、徐々に曖昧になり、分業種としての位置づけが不明確になってきたのである。それに伴って、デザイン労働力の供給側(つまり大学や専門学校など)も、それをどのように養成すべきか分からなくなってきてしまったのである。そのためもあって、デザイン教育の基礎を固めるべく進められるデザイン論研究の世界においても、デザイン概念の再把握と拡大解釈が行われるようになってきている。

 これはある意味でデザインという分業種の本質から見て必然の結果であるように思われる。デザイン能力はもともとあらゆる種類の労働の中に存在する人間の労働力一般の中核的要素として存在する、計画・構想的能力であり、これが戦後資本主義生産様式特有の時代的要請の中で、細分化された工学的設計技術者の労働とは別の、商品を魅力的な外観に仕上げるという労働内容を持つデザイナーという分業種(職能)として時代的・特殊的な形態で登場したのであって、その職能を生み出した資本主義社会が変貌すれば、それに応じてこの職能の内容も変貌せざるをえなくなったということであり、しかもそれが他の分業種の中に吸収されていきつつあるというのが現状であろう。言い換えれば、もともと時代のあだ花的な存在であったデザイナーという分業種が時代の変化とともに分解しつつある過程なのだともいえるだろう。

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