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2010年5月2日 - 2010年5月8日

2010年5月 6日 (木)

労働の社会的配分を商品市場に委ねる社会

 2年前のアメリカでの金融恐慌から始まった、世界的経済不況は、ニュースなどによると、一段落して少しずつ持ち直してきたそうである。しかし、一向に失業率は低くならない。アメリカやヨーロッパでは二桁の失業率は珍しくない。「雇用なき景気回復」と言われる所以である。

 かって1930年代の世界恐慌では、アメリカではニューディール政策など大型の国家予算による市場のテコ入れという一連のケインズ型政策によって経済が復興し、雇用が増加した。またドイツや日本の様に軍需産業が過剰資本を消化することを通じて国家主義的統制経済が支配するようになった国もあった。ここでも雇用は確保された。しかし、21世紀初頭の世界的不況はこれとは全く違う状況にある。それは、資本主義経済の国際化が労働市場(正確には労働力商品市場)の国際化を中心として急速に展開しているからである。1930年代にはいわゆる経済のブロック化によって地域内での労働市場を充たせば、雇用が確保できた。戦後の高度成長期の日本も背景は異なるがこれと似た雇用状態であったと考えられる。しかし、いまでは労働市場は国境を越え、地域を越え世界中が一つの経済圏として結びついている。最初は単に商品の輸出や輸入という形での商品市場の国際化であったものが、いまでは労働力商品市場の国際化が中心となったのである。

 労働力商品市場の国際化は、例えば、アメリカ社会が必要とする自動車という商品を生産するために必要な労働力が、アメリカに住む人々だけではなく、他国の労働力によって成り立っているということである。コンピュータ産業、家電製品など、高度資本主義国のリッチな労働者階級が享受する生活資料はもちろんのこと、食料品や衣料といった基本的生活必需品を生産するために必要な労働力が一国の範囲を超えて広くいろいろな国の労働力に頼らざるを得なくなっているという事実がそれを物語っている。

 その背景は、前にも述べたことがあるが、国によって異なる「生活水準」の差である。例えば、東南アジアやアフリカのある国の一般的な労働者の生活に必要な生活資料商品の価格は、アメリカや日本におけるそれの1/10以下という場合も多い。労働者の生活に必要な(つまり労働力の再生産に必要な)生活資料商品の価値が労働力商品の価値として扱われている資本主義社会においては、労働力商品市場(いわゆる就職戦線)での需要供給関係から決まる労働力商品の価格(これが労働賃金として労働者に前貸しされる貨幣額となる)も基本的にはこれによって規定される。したがって、いわゆる「生活水準」が低く労働賃金の安い国での労働者は、労働賃金の高い国の労働者から仕事を奪うことになるのである。

 しかし労働力市場の国際化において特徴的なことは、自由に国境を越えて世界中を動き回るモノとしての商品とは異なり、労働力商品は彼らが生活する場所と生活基盤が必要であることだ。つまり中国やアジアの安い労働力は、中国やアジアで生活する労働者であるからこそ「安い労働力」なのである。

 アメリカ社会が必要とする自動車やコンピュータなどの多くの部品や、食料品、衣料品などの大部分を労働力が安い国々の労働者に依存している一方で、アメリカ国内では、人種による労働者階級の階層化が厳然として存在し、自動車産業などでは国内で稼働する工場の労働者はアフリカ系の人々やヒスパニック系の人々などが多く、白人系は金融企業や利幅の多いサービス産業などに多く雇用されているようである(これは詳しく統計的なデータを見なければ正確なことはいえないが)。アメリカ社会はこうした背景があるため、貧富の差が存在しないと労働者の雇用が確保できなくなっているのではないかと思われる。

 わが国においても、アメリカとは構造的に異なるとはいえ、中国や東南アジアの安い労働力と同じ労働力商品市場で資本が国内労働力を確保するためには、国内でそれらの国々の労働者と競争できるような低賃金労働が存在しなければならず、これを派遣労働者や季節工などという形で確保している。一方わが国に於いてもリッチな労働者階級は、一流大学を出て、一流企業に雇用されたり、利幅の多いサービス産業などを起業したりして上層階級の生活を維持しており、労働者階級内部の格差は確実に増大している。

 また、世界経済の牽引力となりつつある中国においては、経済体制の急速な資本主義化を機軸として、労働賃金の格差増大がむしろ経済成長の原動力となっているという現実がある。

 資本主義社会に特有な経済体制の根幹にある、社会的に必要なものを作るさまざまな分業種への労働力の社会的配分が、商品市場という形に委ねられていることによって起きる必然的な結果である。言い換えれば、人間の労働力までをも商品として市場で売り買いすることで成り立つ経済体制の基本的構造がもたらす必然的な結果が、「雇用なき景気回復」あるいは「格差拡大社会」として現出しているのである。

 

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