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2010年11月28日 - 2010年12月4日

2010年12月 2日 (木)

20世紀後半からの資本主義社会を考える(6)中国をめぐる世界資本主義の変化

 2008〜2009年には、アメリカでのサブプライム・ローンの焦げ付きから始まった金融恐慌により大手金融資本の倒産などによる株式市場の暴落や、GMなどの大手生産資本の倒産などに波及し、アメリカ資本主義体制が危機を迎え、世界的不況を巻き起こし、他の資本主義諸国でも失業者が急増した。それを機に、さまざまな壁にぶつかっていたブッシュ政権は選挙で敗れ、オバマ大統領が登場した。そして日本でも自民党政権が行き詰まり、民主党が圧勝した。まさに「チェンジ」の年といわれた。

 しかしそれから1年たって、期待された「チェンジ」は挫折し、すべては再び行き詰まり、壁はいっそう高く感じられるようになった。いったい世界で何が起きており、これからどうなるのか、すべての人々が不安感を強めている。ではその「壁」とは何だろう?

 20世紀後半を通じて、過剰な消費によって全地球に自然破壊を拡大させながら過剰資本の圧迫から逃れることでふくれあがった資本は、金融資本のもとに蓄積され、それを元手にして儲ける方が効率的であるために、アメリカ資本主義は「ものづくり」が衰退し「金貸し国家」に変貌していったと考えられるが、その過程は中南米やアジア、アフリカなどの大量の低賃金労働者の創出とその労働力の搾取がアメリカや日本の資本主義経済にとって必須の存在になっていったと考えられる。

 もともと資本の生み出される「源」は、生産的労働にあるのであって、そこから生み出された剰余価値が収奪され資本として蓄積されていくのだが、貨幣→商品(生産手段と労働力)→生産→商品→貨幣’(貨幣プライム)という資本の回転中に生じる遊休資本を有効に生かし、貸付資本などにより資本家同士の資本の配分を合理的に行い、その利子によって増殖する金融資本が登場するのだが、そうなっても、それを可能にするためには生産的労働の存在が必須の前提である。したがって、「ものづくり」は資本増殖の原点なのである。しかしかつてのイギリスやいまのアメリカのように「金貸し国家」になってしまうと、「ものづくり」は労働賃金の安い他国の労働者か、自国の中でも低賃金に耐えうる下層労働者が行うことになる。実体のない価格のつり上げや投機の差益によってふくらんだ富はいわば「根無し草」同然のものであっていつかは崩れ去る。それに引き替え、「ものづくり」を中心とする国の資本はまさに労働者の血と汗の結果である労働生産物の収奪によってうまれたばかりの「生きのいい資本」であって、「金貸し国家」もこれなくしてはやっていけないのである。

 だからアメリカの産業資本家は中国での生産(コンピュータをはじめとするさまざまなアメリカブランドの商品の生産)においてアメリカや日本などよりはるかに低賃金で働かせる中国の労働者が生み出した商品を国際市場に出して、多くの利益を上げると同時に、中国の安い労働力で生み出される生活資料商品をアメリカ市場で販売するために輸入することで、流通部門での雇用を増やしながらアメリカの下層労働者の賃金の高騰をも抑えることが可能となる。そして利益が集中する金融資本やエンタテイメント産業や軍需産業などの寄生的産業のもとで働くリッチな労働貴族(主として白人)がいる一方で、流通、建設など社会のインフラを支える労働は、ヒスパニックや黒人など低賃金労働者が担うという形が普通になっていく。そしてそれらすべての人々の莫大な「過剰消費」を促進させることでアメリカ全体の資本主義経済は回っているのである。

 こうして「世界の工場」としての中国と「世界の消費の中心」であるアメリカは互いに補完しあう関係になっていったのである。

 しかし、最近になって、中国では、国内の低賃金労働を搾取して莫大な利益をあげる資本家たちと、その恩恵にあずかって成長しつつある、新労働貴族や、もともと特権的地位にある党官僚や政府官僚の人脈につながる人たちのような「新興富裕階層」が成長しつつあり、13億人という圧倒的な人口の中で、巨大な国内市場を生み出しつつある。そのため、中国で作ってアメリカで消費する、という図式は崩れつつあり、中国で作られた生活資料商品は相変わらず輸出されアメリカや日本などで消費されることが多いが、それと同時に、国内消費も増え、またアメリカやヨーロッパ、日本などの「中間層」が主要な消費のターゲットだった、奢侈品商品(高級ブランド商品や高価な耐久消費財、高級車、高級カメラなど)は中国の新興富裕階層が大きなターゲットになりつつある。それにしたがってデザイン労働市場の変化も起こりつつあり、中国でのデザイン労働者が育ち、生活資料商品を中心とした中国製品のデザインが中国人デザイン労働者によってデザインされることが多くなるとともに、日本のデザイン労働者の労働内容は、より「付加価値」の高い、言い換えれば「虚偽の価格で売れる」商品のデザイン(もともとデザイン労働はそのような本質を持っているのだが)へと比重を高めつつあると考えられる。

 こうした状況の変化に応じてグローバル金融資本は、中国市場への投資にそのどん欲なまなざしを向けつつある。またその波及効果もあってインドやアジア諸国の労働力やアフリカの資源などへのどん欲な触手を伸ばしているのである。その中で、日本の資本家たちも海外の労働力や中国の国内市場へと雪崩を打って出て行きつつあり、日本の労働者階級は、労働の場を失い、労働条件は悪化し、国内需要は落ち込み、その中で政府の「成長戦略」のかけ声だけがむなしく響いているのである。成長するのは資本であって、労働者階級の生活ではないということがいまの政府には何一つ分かっていないのである。

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2010年12月 1日 (水)

20世紀後半からの資本主義社会を考える(5)バブル崩壊後の労働市場の変貌

(前回からの続き)1990年代中葉から2000年代中葉までの世界は、第一に、東欧「社会主義」圏とソ連の崩壊、そしてバルカン諸国の内戦や湾岸戦争などを通じたアメリカの政治的軍事的優位性の確立を背景として、旧社会主義圏を巻き込んだ全世界的な資本主義経済圏の再編成である。ここに本格的グローバル資本市場が確立されたと考えられる。第二には、中国の資本主義市場への参入と急成長である。資本のグローバル化が進行する中で、中国は、大量に供給される低賃金で質の高い労働力を最大の武器として、生産資本を急成長させ、急速に「世界の工場」化していった。そして第三に、それらの流れの中で相変わらず拡大していく「消費主導型」資本主義経済の自然界における必然的な帰結として顕著になったのが、地球環境の汚染と資源問題の深刻化である。さらに第四には、この時期にアメリカを中心としたコンピュータ技術の成果であるインターネット網の拡大や携帯電話網の拡大といった通信インフラが確立されていったことによる、資本市場のおおきな変化があった。

 しかし、この変化のさなかに2001.9.11のテロ事件が発生し、アメリカは新たなテロとの戦争に突入することになった。以来、アメリカは「世界の警察」として資本主義諸国の支援を強要しつつ、イラク、アフガン、パキスタンと戦線を拡大し、国内的にはイスラム教徒への警戒を強め、入国者の管理や情報の管理を強めるとともに、いままでになく管理的で閉鎖的な傾向を強めていった。イスラム原理主義者たちがアメリカに何を要求しているのか明確ではないが、その根にはアメリカを中心としたグローバル資本主義により経済的にも文化的にも貧困化させられている人々の不満を無差別テロによる殉教というかたちで表明しているのかもしれない。決して、ブッシュ大統領が捉えていたような、北朝鮮、イラン、アルカイダなども十把一絡げにした「悪の枢軸」や「ならずもの国家」といった単純な図式では到底真実はつかめないだろう。

 アメリカはこのテロとの戦争を、軍事力の世界的優位性の確立のためにフルに活用し、ハイテク産業と軍需産業の複合体による資本の拡充を進めた。それとともに、国内的には、支配層や労働貴族たちは金利生活者として生活しながら、社会的底辺を支える労働は社会保障の少ない低所得者層(ほとんどがヒスパニックか黒人)が担い、それらの下層労働者階級には借金してまでもものを買わせることを助長することで、資本主義経済体制を維持しながら雇用を維持するという形になっていった。そのような状況のもとで、大量に中国から輸入されてきた安価な生活資料や家庭用品などがアメリカの「消費市場」を席巻していくことになった。ここにアメリカが労働者階級に安価な生活資料を大量に購買させ、中国が安価な労働賃金でそれらの生活資料商品を大量に生産してアメリカに輸出するという形で、アメリカと中国の資本家同士が利害を一致させるという事態が形成されたのである。しかしいうまでもなくこのことが、結果として世界でもっとも地球環境を破壊し汚染している二つの国、アメリカと中国を、際立たせることにもなったのである。

 デザインに関していえば、すでに1980年代末から始まっていた中国でのデザイン教育の振興策は、90年代に入って急速に進行し、2000年代初頭にはデザイン関係の大学が急増した。いうまでもなく輸出用商品のデザインを行うデザイン労働者を育成することが目的である。その反面、日本やアメリカでのデザイン教育は変質し、「高付加価値」のためのデザインや、インターフェース・デザインやウェッブ・デザインという「ソフト」的な世界に活路を見いださざるを得なくなっていったのである。

 我が国の資本主義経済は、90年代前半の「バブル崩壊」による金融資本の受けた大打撃以来、そこから立ち上がるのが精一杯で、この世界資本主義の流れから遅れをとっていた。不動産や証券投機などによるバブル経済の反省を踏まえて、産業資本企業は、ふたたび「技術立国」を模索するようになったが、相変わらず「金融工学」などに血道をあげたり、レバレッジなどで荒稼ぎをしようとする人たちが増えていた。そこにホリエモンなどという「英雄」が登場したりした。この間に日本の労働市場は大きく様変わりし、大資本企業での通信インフラやコンピュータ技術による業務の合理化により、その部門での人減らしが進み、そこから放り出された労働者や新規に労働市場に現れた労働者が、インターネット関連企業や、ゲーム産業、アニメ産業などの寄生的産業部門などへ吸収されるという、社会的労働力配置の大規模な移動が起こっていた。

 国内の労働者階級を対象とした生活資料商品市場では、中国や東南アジアからの安価な商品が輸入され、「価格破壊」などといわれる形で市場競争が激化し、購買者は安い商品を購入できたが、多くの小売業や外食産業などが淘汰されることが始まった。ここでも小売店や外食産業の労働者が流動化し、不安定な職場が増えていったのである。従業員の多くは、その主たる働き手の労働賃金(生活資料の価格が抑えられているので賃金は上がらない)では生活費が足りない(子供を就職での労働市場の競争に勝たせるために教育費がかさむ)ため、生活を支えるために働かざるを得ないパートタイマーなどなのである。

 こうした労働市場の流動化に乗じて、小泉内閣は、すでに1986年に登場していた労働者派遣法の大改定を行い、それにより資本側に圧倒的に有利な非正規雇用労働者が急増していくこととなり、同時に労働基準法は実質的に骨抜き化されていったのである。それにより不安定で何の保証もないしかも過重な労働があたりまえのように行われることになっていった。そして国際的な労働者階級連帯の基盤を失った労働組合はいまやそれに対して何ら為すすべもなくなっていたのである。

 やがて訪れる2008年のアメリカでの金融破綻に始まる世界的な資本主義経済の崩壊過程が始まるまでは、それでもなんとか資本主義経済体制はボロを取り繕いながら進んでいたと言えるかもしれない。しかし、決定的破綻はついにやってきた。

(続く)

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2010年11月28日 (日)

20世紀後半からの資本主義社会を考える(4)バブルという価値のない価格の一人歩き

 1980年代は、日本の戦後資本主義経済が、20世紀末からおおきな変わり目に立つ前触れの時代であったと考えられる。もともと人間の労働が生み出したものではない大自然の一部である「土地」を、商品として扱うがゆえに、労働によって生産し供給することができない、したがって本来価値のないものに、単なる需要供給の関係だけで市場価格が付けられるために、際限なく高価になり、それに目を付けた投機家たちが不動産に投機をすることでますますその価格が値上がりする、という悪循環に陥ったのである。そしてほとんどの資本家たちが、不要な消費を加速することで蓄積した莫大な資本をそれにつぎ込みさらに大きな利益を得ようとした。それが崩れるべきして崩れ始めたとき、その投機的資金をバックアップしていたのが金融資本であったため、それに依存していた産業資本や商業資本は総崩れになり、いわゆる「バブルがはじけた」状態となったと考えられる。

 このバブルがはじける前の約10年間は、日本の資本主義経済が世界をリードしていくかのような印象を与え、自動車産業、家電音響産業、カメラなどの精密機械産業、コンピュータなどの電子機器産業、などなどいわゆるハードウエア関係の産業は日本の資本家たちが主導権を握ったかに見え、第5世代コンピュータ開発やベイエリア開発など大型プロジェクトが政府主導で立案され、日本が資本主義経済社会の中心に躍り出た観があった。アメリカから「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本が出版されたのもこの頃だった。

 当時デザインにはいくらでも金をかけることができ、イメージを刷新しようとしていたある企業のロゴマークのデザインに数千万円のデザイン料が支払われたこともあったようだ。また大型海外旅行やゴルフやスポーツなどのレジャーにも資本が集中した。そして、その中で、労働者階級はますますプチ・ブルジョア化し、生活資料購入のための前貸し資本である賃金も高騰し、それによってますます奢侈品化した商品を購入する傾向が強くなった。そのため大都市には高級ブランドの商品を売る店が並び、デザインも高級志向になった。また賃金の先取りである長期ローンを利用して高価なマンションや住宅を購入することも行われるようになっていった。

 一方、ハードウエア面では日本との競争に負けたアメリカは、コンピュータ科学での優位性を武器に、ソフトウエア産業で巻き返しを図った。やがてこれが結局1990年代から始まるインターネット時代をリードしていくことになる。

 このことは資本主義社会のひとつの法則性ともいえる「モノづくりの空洞化による寄生的産業への依存的傾向」という事実を裏付けている。かつてイギリスが19世紀中葉には産業資本が中心であり、実体としての生産物の生産(いわゆる「モノづくり」)が資本に利潤をもたらす主要な道であったのが、やがて19世紀末には金融資本がそれを支配し、金利生活者的「金貸し国家」となり、国内の生産的産業が衰退していったのと同様に、20世紀末のアメリカでは、やはり生産的産業資本が衰退し、ソフトウエアなどのような、実体のない、したがって労働価値によって市場価格が拘束されにくい商品や新興資本家(ベンチャー起業家)への投資などでの優位性を利用するようになり、それに依存していくことになるのである。もっともアメリカの場合、すでに20世紀後半から、金融資本が産業資本を支配していたと考えられるので、その意味ではイギリスとは少し事情が異なるかもしれない。そして後述するように、やがて日本の資本主義経済体制も21世紀に入って同様の道を歩むことになるのである。

 しかし、忘れてはいけないことは、バブル期に動いていた巨額の資本は、実は、すべての社会的に必要な労働を行う労働者が生み出した価値が資本として収奪されたものであるということだ。しかもそれが不要な消費を生み出さなければ成り立たなくなった資本主義経済を水ぶくれさせ、価値実体のない土地、投機、そしてイメージやレジャーなど法外な価格が可能な「商品」への投資を通じてそれらの売買をどんどん回転を速めて行くことによって利益をすくい上げ、莫大な資本を資本家間での競争により再分割しようとした結果なのだ。

 その中でプチブル化した労働者階級は、少しばかりの貯金を貯め込むことができ、それを住宅や教育費などに回すことができるようになり、レジャーを楽しむこともできるようになったのである。だが、こうした労働者階級の得た労働賃金が消えていく先にはそれを利益として吸収する資本家たちが待ち構えているのであって、労働者階級の手に残されるものは、再び労働者として資本家のために働き続けなければならない生活なのである。

 寄生的産業による恣意的な市場価格つり上げや、莫大な投機的投資や、資本の回転を速めることでと利益を吸い上げるというアクロバティックな末期資本主義経済が崩れるべくして崩れた「バブル崩壊」後の日本資本主義経済は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の自信もあっというまに崩れ、それ以後再び世界のリーダーシップを握れる立場にはなれなかったのである。そしてその「苦難の1990年代」に世界情勢は一変した。それは第一に、東欧「社会主義」圏とソ連の崩壊、そしてバルカン諸国の内戦や湾岸戦争などを通じたアメリカの政治的軍事的優位性の確立である。第二には、中国の台頭である。そして第三に、地球環境の汚染と資源問題の深刻化である。これらが、21世紀初頭の世界を変えていくことになったのである。

(続く)

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