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2011年3月18日 (金)

もはや事態はすでに計画経済体制である

 大震災から1週間たって、いよいよ社会の危機的状態が深まってきた。原発事故を含む発電施設の破壊、それによる電気エネルギーの供給不足、石油精製施設の停止、道路鉄道網の破壊、それらによる石油製品の供給不足。その結果東日本全体でエネルギー供給と物流システムが麻痺状態になってきている。まず、被災者への救援物資が届かない。原発事故で広い範囲が屋内待避地域になっていて、そこに生活する人たちへ物資が届かない。原発はますます危ない状態になっている。そして首都圏をはじめ地域の生活が電気、ガソリンの不足から物流が乱れて、買い占めが起き、生活必需品の供給が滞り始めた。

 こうした事態を乗り越えるためには、「自由市場」を前提とした経済システムはもはや何の役にも立たない。政府が主導して計画的にエネルギーや物資の供給・流通をコントロールする計画的経済システムを実施しなければ混乱を深めるばかりだ。一時的には、配給制のような事態も考慮しなければならないだろう。また消費物資の一人当たりの購入量の制限など政府や自治体が主導権を持って行わねばならなくなってきている。

 このような状況では、まず、つねに的確な状況把握ができるようにしておくことが必要なのは言うまでもないことであるが、限られたエネルギー源の供給に関して、供給先の優先順位をつけること。しかもこの優先順位は状況の変化に応じてフレキシブルに変えられること。生活必需品(医療品を含む)自体の優先順位をつけておくこと。それにより、もっとも優先順位の高い生活必需品から順に上記の優先度の高い供給先にそれを輸送する方法を考えること。その際に、どこの供給先にどれだけの量の生活必需品物資が必要かを見極めておくこと。

 さらに、生活必需品の生産・確保に要する労働力を確保できる体制をつくっておくこと。そのためには、生活必需品生産・確保のために要する労働内容が誰にでも可能な形になっているべきである(資本主義生産体制の中でパート労働や非正規雇用という形で供給される得る単純な労働内容がここでは資本のためにではなく社会全体のために威力を発揮するのである)。

 そしてさらに言えば、その状況においてさらなる事態の悪化に備えて、避難先などを確保しておくこと。避難先が確保できなかった場合の処置を考えておくこと。例えば安全避難場所をあらかじめ考慮しておくこと。そこへの必需品の輸送ルートを確保する手立てを考えておくことが必要だろう。

 状況はダイナミックに変化するので、上記の要件間の動的な相互関係を考えられるようにしておくことが必要である。こうした要件の相互関係の動的変化に対しては本来ならばあらかじめシミュレーションができるシステムを作っておくべきであろう。

 もちろん、これは言わば「非常時経済体制」であるが、常態的な社会経済体制の中でいつでもこうした「非常時体制」に切り替えることが可能でなければならない。このような体制ではもはや市場での競争という観点は障害以外の何物でもない。

 社会的に最低限度必要な経済原則は、限られた資源(リソース)をいかに無駄なく有効に使って、必要な物資を必要な量だけ生産し、それらを必要な場所に確実に分配するか、であり、それを実施するために必要な労働力をいかにうまく配分するかである。

 こうしたシステムが生活する人々すべての合意と協力によって確立するときに、そこに本来の経済原則を実施する社会システムが成り立つのである。

 われわれはいま、大災害による社会の危機を目の当たりにして、これまでの資本主義経済がいかに根無し草のような繁栄をおごり、それによっていかに無駄な消費を繰り返してきたかをいやというほどに思い知らされているのである。

 そして今日のニュースにもあったように、円ードル為替レートが、投機筋の思惑買いによって国際為替市場でおおきく円高に移行し、それによってただでさえ困難な状況にある日本の企業での生産活動が危機的な状況になることが予測され、G7各国が協調介入を行って、為替レートをを維持しようとしている。

 これはまさに「自由市場」のエゴの本質とその社会的機能の限界を示している事件だと思う。もうすでに世界資本主義は各国政府などの国際機関によるコントロールなしには、アダム・スミス的自由放任主義市場メカニズムが破綻を来しているのである。

 いまや私的利害の追求を基本とする資本主義的「自由市場」経済ではなく、それを部分的に含んださらに大きな枠組みでの国際レベルでの計画経済を考えて行かねばならなくなっているのだと思う。

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