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2011年4月 2日 (土)

今後の日本社会を考える(その4 状況 )

 これまで述べてきたような「目標」がただちに実現されるとは誰も思わないだろうし、それは当然のことである。しかし、矛盾の根源とその構造が見えてきたときに、それを克服する(その否定として)ための方向として、こうした「目標」の設定はきわめて重要である。問題はその目標に近づくために、いまわれわれが置かれている状況をどう把握し、どのような方法で、一歩でも目標に近づけるのかを考えることであろう。まさに普遍的な意味での「労働する人間」のもつ「デザイン能力」が問われているのである。

 現在の状況を正確なデータにもとづき的確に把握することは、私のような個人に出来る範囲を超えている。しかし、不十分なデータによっても目標さえ間違っていなければある程度、正しい方向付けは可能であると思う。

 世界全体から見ると、今回の東日本大震災の被害や直接的影響は局部的なものであるといえるだろう。しかし資本家的企業の商品市場における影響は決して局部的ではなく、かなり世界的な影響を与えている。先に挙げた例のように、東北地方のハイテク技術を持つ中小企業で製造される部品の生産がストップしていることで、それを用いた製品を製造するアセンブリー・メーカーが生産できなくなり、それは国境を越えて世界的に影響を及ぼしている。そして国際市場競争に対応するためにこの東北地方からの部品供給を待つことの出来ないメーカーは別の国々からの相当品の供給に切り替えつつある。一部の国での部品メーカーをはじめとした資本家たちは、この機に乗じてビジネス・チャンスを掴み、日本の企業のお株を奪い取ろうとしているのである。その結果、東北地方の部品メーカの多くは再び立ち上がることが出来ないほどの打撃を受け、倒産する企業も今後急増すると思われる。

 そこで働く労働者は失業し、その家族はただでさえ家族や家や財産を失った悲しみに加えて仕事をもぎ取られるのである。いくら善意のボランティアの人たちが支援を行おうとも、資本の論理は冷酷にそれらの労働者を見殺しにするのである。

 そして原発から放出される放射性物質をかぶった農作物や魚介類は、市場から姿を消し、それらを生産している農家や漁業関係者は多大な損害を被っている。

 そしてさらにこうした国内の生産拠点の一部が崩壊し、日本の資本主義経済体制が危機的な事態となりつつあることを見越して、世界中の金融資本家や大株主たちは、日本企業の株を売りにだす。グローバルな資本の争奪戦に加わる資本家たちの行為は実にリアルで冷酷である。ただ競争に生き残り利益を保持し増やすことだけが絶対的な判断基準なのである。そして世界中の資本家的企業はその動きに振り回され、そこで労働力を提供している労働者たちはつねに失業と生活の喪失の恐怖のもとに置かれながら「国際競争力をつけるために」という至上命令のもとで過酷な労働を強いられている。

 資本家たちは「グローバル市場で勝つ」ために「合理化」で労働者数をギリギリまで減らし、一人当たりの労働時間を極端に増加させて、剰余価値率を高めることを行っている。そして多くの労働部門を労働賃金の低いアジア・アフリカ・中南米などの国々の労働者の労働に依存するようになり、国内では就職率が下がり失業率が高くなる一方である。資本家たちは一様に「背に腹は代えられない」という。いかに「良心的」資本家であろうともこの資本の論理のもとでは冷酷にならなければ生きてゆけないのである。それが資本の本質なのであるから。

 日本の政府はといえば、相も変わらず「消費拡大による経済の活性化」をキーとして、それが走り出せば、税制を動かして行き詰まった復興資金や社会福祉の経費も捻出できるようになるというスタンスで状況を判断しているようだ。さしあたりの復興資金不足には「災害国債」を発行して民間からの資金を集めるとか、消費税などを上げて税収を増やすことを考えているようである。「全国民が痛みを公平に」というスローガンのもとで。

 いわゆる高度成長期からバブル時代に大判振る舞いをしていた資本家からの賃金で幾ばくかの個人貯金を可能にした中間層的な労働者階級がいまでも老後の資金やろくな仕事に就けずに苦しんでいる子供たちの生活資金の一部として保有している個人預貯金を吐き出させ、これを経済復興資金にしようというわけである。

 ブルジョア左派政権である民主党政権は、一方で福祉や復興といった緊急の社会的事業に多くの予算を割こうとしながら、他方でこうした資本家的企業のサポートにも余念がないので、その結果矛盾に満ちた政策を採ることになっている。

 もはや「消費拡大による経済の活性化」は世界的な資源の枯渇と環境破壊を促進させる行為でしかないという事実、そしてその行為が結局資本家たちのマネー争奪戦を通じた資源と低賃金労働力獲得競争になり、国境紛争や民族紛争になっているという認識がないのである。

 こうした状況の中で労働者階級も「資本家が倒れれば自分たちの職場もなくなり生活のための収入が絶たれてしまう」という一蓮托生的とらえ方から脱出する必要があるのだと思う。

 こうした状況判断がなければ次世代社会への的確なラフ・スケッチは描けないのである。(続く)

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