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2011年5月 2日 (月)

朝日新聞「声」欄の投稿から考えさせられるデザイナーの役割

 今朝(5月2日)の朝日新聞「声」欄に、田中玲子さんという74歳の方が「私は原発造らせた覚えない」という投書をしている。その内容は、4月23日にあった「事故の一因、我々の生活にも」への批判として書かれている。4月23日の投稿には、「電力会社に原発を造らせたのは誰か、自販機もネオンも高速道路の電灯もみな、私たちが要求し続けた結果だ」と書かれているが、田中さんはこれに反発して、以下のように言う。

 「私たちはエアコンなしでは暮らせぬ都会の家に住まざるを得なくてエアコンを買わされました。地デジテレビも要求したことはありません。私は布団カバーやシーツ以外は手洗いですから、二槽式洗濯機で充分。それが壊れて買い換えようとしたら、店頭にあるのは、ほとんどが全自動式で乾燥機付きです。業界の思惑で、ぜいたくな家電だらけの生活に追い込まれていると痛感しました。原発をなくすために、どのような生活をしなければならないか、よく考えようという意見には賛成です。しかし、もっと深く考えてもらいたいのは、原発を国策として推進してきた政官財で、私たちは二度とその口車に乗らないように心すべきです。」

 まったくその通りだと思う。ここで田中さんが反発している4月23日の投書はもうその掲載紙が手元にないので見ることができないが、私が4月25日にこのブログで書いた「がんばろう日本でよいのか?」という意見に似ていたのではないかと思われる。つまり、結局いまの無駄使い浪費社会を築いてきた社会の一員である我々が、そのことを自覚して反省することが必要だ、という趣旨であろう。

 しかし、私が「がんばろう日本でよいのか?」言いたかったのは、人々に無駄な浪費をしたくなるように仕向けてきた「政官財」の姿勢に諸手を挙げて「結束」し、これをわれわれが批判し得なかったということである。そしてここで私がいう「我々」とはいわゆる「知識人」であり、マスコミなどのようなオピニオン・リーダーのことである。

 田中さんの投書を読んで、「デザイン理論の専門家」という位置で人生の大半を送ってきた私が、痛切な自己批判を余儀なくされてきたここ10年来の精神的苦闘は決して無駄ではなかったと感じた。

 人々が浪費的な「ぜいたく」をするように仕向けてきた「デザイナー」という職能は、「人々の生活に夢を与える職業」と見なされてきたし、私自身も当初はそのように思ってきた。しかし、その「夢」が実は「資本の成長(一般には経済成長と呼ばれている)」というモチベーションのもとで「政財官」が結束して人々の目を「消費生活に」に向けさせるために行ってきた一大キャンペーンであり、「デザイナー」はそれに乗っかって登場した職能であったのだ。我々も見事にその中に巻き込まれていたのである。その矛盾が今回の大震災と原発事故で明白な事実となって我々に突きつけられたのである。「経済成長」は決して我々の生活を良くすることは無かったということが分かった。その「経済成長」を「生活に夢を与える」という形のイリュージョンで粉飾してきた「デザイナー」を育てあげるために、その教育の場で働いてきた私にとって、これは私の全人生を否定することに等しいが、しかし、これが真実なのである。

 いま、私は、こうしてこれまでの自分のデザイン教育者としての人生を否定することによって、本当に人間にとって必要な「デザイン能力」とは何であり、だれのためのものなのかを問うことが自分の生きる意味であると感じている。

 私が世に送り出してきた「デザイン学生」たちは、デザイナーという名の知識労働者の一人として資本の頭脳の一端を担う仕事に就いた人たちが多い。私はいま、彼らに考えてももらいたい。ただ資本の意図の一端を担うのではなく、デザイン労働者としての自覚を持って、そのデザイン労働の現場での真実を見据えてほしい。つねにそれに批判の目を向け、なぜ自分がそのようなデザインをしなければならないのかを問い、その疑問を胸に蓄積して、いつの日かそれを声を大にして叫ぶことの出来ようになれるように。あなた方のそのような批判意識の武器になれることが私に課せられた社会的責務であり、このブログの役目であると考えている。

 

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コメント

福島の被災した方たちに、お見舞い申し上げます。正直に言いますと、私も周りの人も、誘致した福島県民が、なぜ「自分たちは、もっと反対するべきだった」と言わずに、いつまでも被害者としてだけのコメントに、苛立ちを、持っています。
反対運動に参加せよとは、思いませんが、自分たちがしてきたことを、反省するべきとも、思うのです。それにより、県民は潤ってきたわけですから。
その言葉があれば、他の原発の地域は、考えるでしょうし、
そして、他県の人ももっと、助けようとするはずです。

投稿: プッチンプリン | 2013年6月13日 (木) 17時12分

いつも野口さんの分析には感心しています。此処はついつい4/23の意見を見つけたので、余計なコメントですが、ご容赦ください。

「事故の一因、我々の生活にも」坂岡世康さん75歳の方の声 4月23日のもの、多少省略していますが、以下の通りです。文中の< >は私の入れた記号です。

「考えてみよう。電力会社に原発を造らせたのは誰だったのか。際限のない便利さや快適さを追及してきたのは誰だったのか。不必要に大きなテレビ、大型冷蔵庫、四六時中つけっぱなしのエアコン、夜通し稼働している自動販売機、派手なネオン、延々と連なる高速道路の電灯など、<みんな>が要求し続けたその結果が、いまの事態とは言えないだろうか。
今起きている事態の一因は、<電力使用者>の側にもあるのではないか。原発を造らせたのは、その時々の行政と<国民>だったと言えないだろうか。いま現場で身の危険を承知の上で事故に対応している関係者にしてみれば、そのツケをどうして自分たちが払わなければならないのかという思いもあるのではないだろうか。原発をなくすために、どのような生活をしなければならないか、よく考えようではないか。」....と云っています。

便利・快適を欲求した国民が事故の原因の一つであるという主張です。一億総ざんげという昔の例に似ています。田中さんはこれに対して、政官財が国策として推進したのではと批判したのです。これらの朝日新聞のオピニオン声欄は、新聞社側の整理があって、生の声とはやや違っているとは思いますが、代表的論点を対比的に示したものと思います。合わせて一対の見方と言えます。ですが、ここで、一億総ざんげを持ち出す感覚の方がそもそも新聞社の感覚なのかと疑問を感じるところです。ツイッターもどきは、それはないんじゃないかと思います。いや、それが狙いなのかもしれません。ツケを支払う人を持ち出しているのも場違いでしょう。

電力も原発も商品であって、売るのは自由です。これが現在の社会的な政治経済の状況です。買う方も自由であって、互いに商品と貨幣の交換が行われることで成り立っている社会です。欲しい商品があるわけではなく、売りたい商品だけしかなく、取引が成立した後は、買った人の自己責任であって、売った方は基本的には、一定の責任以上のものを持たない自由が保証されており、政府がそれを法で支えているのが国の役割の存在ということになっています。ここに本質的な問題点があることを指摘できなくては、ジャーナリズムとしての存在理由を失いかねないところです。商品と物との違いをしっかりと把握しておくことが何といっても基本中の基本です。こうした時に云ってやりたいと思っていた言葉があります。悔しかったら、家庭用原子炉を造って売れって。それができないんだったら、政府とか特定者のみに売るような原子炉はつくるなって。つくらせない自由があるのが分かるだろ。ちょっと乱暴だったな、反省。

投稿: mizz | 2011年5月 5日 (木) 21時55分

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