« 「がんばろう日本」でいいのか? | トップページ | 朝日新聞「声」欄の投稿から考えさせられるデザイナーの役割 »

2011年5月 1日 (日)

同じ事実を見る視点の違いに注意しよう!

 今朝(5月1日)の朝日新聞「読書」欄に、横田增生著「ユニクロ帝国の光と影」に対する書評が載っていた。評者は、山形浩生氏である。この書評は実に滑稽である。要するに、著者がユニクロ帝国の「影」の部分を紹介指摘し、批判する内容が、皮肉にも逆に企業経営者の立場から見ればその経営指針となるような分析になっていると評者は指摘して著者をあざ笑っているのである。

 なぜ朝日新聞の担当者がこの著書にこんな評者を選んだのか、まずそこが問われなければならないが、とにかく、同じ事実を、そこに雇用されている労働者の立場から批判している(と思われる)横田氏に対して、企業経営者つまり資本家側の立場からそれを評するという形になっているからだ。すれ違いの極みであって、これではまるで書評になっていない。書評とは、著者の意図や立場に深く踏み込んで、著者が気づかなかったことや、著者の意図をさらに深めるきっかけを読者に与える使命があると私は考えているからだ。

 さて、同じことをもう少し別の事例で考えて見よう。先日、NHK TVの「クローズアップ現代」で、この度の大震災で、大きな被害を受けた釜石市のある水産会社の経営者が、津波で全壊した会社の設備を立て直し、従業員と一丸となって再建に取り組んでいる姿が放映されていた。この地域にふさわしい産業を興し、そこに雇用を創出し、地元の人々の生活を安定化させるという社会的使命感を持った、その企業の経営者は、なかなか、かっこよかったし、現代における一つの模範的経営者というイメージであった。

 しかし、その経営者もやがて会社再建のための資金繰りが進まず、壁にぶつかる。そして不本意ながら、全従業員に「一時解雇」を通達せざるを得なくなったのである。従業員たちは、「この会社で働けて、よかったし、もう一度一緒に働けるようになるまでなんとか頑張りたい」と言っていた。そこには経営者と従業員が家族のように一体となって会社を切り回してきたというイメージがあった。

 多くの日本の中小企業においては、このような状況があると思う。そこへ単純に「資本家による労働力の搾取」という図式を当てはめてみても、「それは違うでしょ」という反応が返って来るのは当然である。

 問題は、いかに社会的な使命感を持ち、従業員思いの優れた経営者であっても、資本の法則のもとでは、まず会社を興すための資金を金融資本家や株主から調達しなければならないし、それによって会社が利益を挙げて、借りた金を利子付きで金融資本家や株主に返すと同時に労働者への賃金も払わねばならないのである。したがってある決定的な場面で「泣いて馬謖を斬る」あるいは「苦渋の決断」という形で、従業員を解雇しなければならなくなるのである。

 その背景には、再建資金や経営資金を金融機関が貸してくれないなど、金融資本の立場から、企業の経営の利潤獲得能力を値踏みされるという事実がある。多くの場合、現在の日本では、社会に必要な「ものづくり」やその供給を担当する中小企業経営者が、産業資本の階層的構造(下請け孫請け)の中に組み込まれているか、食品関係のように流通販売関係の資本に組み込まれており、それらの最上層部に、「産業の血液」を司る金融資本家たちがいて、資本の機能をさまざまな業種の経営者において発揮させてその水揚げを利子として吸収しているのである。その中で、中小の産業資本家は利潤を上げられなくなれば会社を倒産させられ、経営者は授業員を解雇しなければならなくなり、全体として社会は失業率が上がっても、お構いなしに産業構造を組み替えて「より多く、より効率よく儲ける仕組み」を必死になって追い求めることになるのである。そして、その中で労働者も気づかぬほど見事に「合法的化された」労働力の(不当な)搾取が浸透しているのである。

 こうした資本主義体制全体の仕組みを変えて行こうとする視点と、その中にどっぷり浸かって、資本家としての機能をいかに上手く発揮するかと考える視点では、その歴史的な意味も実存もまったく異なるのだということをマスコミも知るべきではなかろうか?

|

« 「がんばろう日本」でいいのか? | トップページ | 朝日新聞「声」欄の投稿から考えさせられるデザイナーの役割 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/51543035

この記事へのトラックバック一覧です: 同じ事実を見る視点の違いに注意しよう!:

« 「がんばろう日本」でいいのか? | トップページ | 朝日新聞「声」欄の投稿から考えさせられるデザイナーの役割 »