« デザイン学会第58回研究発表大会に参加して | トップページ | 原発労働者の賃金とカルロス・ゴーン氏の報酬から考えること »

2011年6月30日 (木)

9億8千万円の報酬の意味するところ

 昨日の朝日新聞の夕刊に日産自動車の株主総会で公表されたカルロス・ゴーン社長の役員報酬が9億8千2百万円であったという記事が載っていた。これを見て「あの辣腕の経営者ならこのくらいの報酬があってもいいんじゃない?」と思った人もいるだろうが、そもそも役員報酬とはいったい何なのか?

 ゴーン氏といえども生身の人間であるからには毎日24時間以上の労働が出来るはずがない。少なくとも睡眠時間や食事時間などが必要であるし、多分彼の私生活においては、豪邸や別荘などでさまざまな気晴らしや楽しみに費やされる時間もあるだろう。

 そうなると彼の報酬額は、一般に社会的に必要な平均的労働時間によって決まる価値量を基準にして労働力の再生産に必要な生活資料の価値として資本家が雇用する労働者に前貸しする金額を決めている労働賃金の決め方ではなく、何か別の種類の基準があるということだろう。

 多分それは彼らの暗黙の了解において「労働内容」が違うという意識があるに違いない。経営努力という「労働」は製造ラインで自動車を組み立てている非正規雇用の労働者(彼らは1時間いくらという時給制で労働賃金を受け取っている)とは比較にならないほど「重要」でそれだけ多くの「価値」を生むために貢献しているのだ、という意識があるに違いない。もしかすると、労働者の中でも、ラインで働く期間労働者よりは正規雇用の労働者の労働内容の方が「上」で、さらにそれよりも設計部門で知的労働力を支出して働く設計技術者やデザイナーの労働の内容の方がが「上」だと、そしてその頂点に社長の「経営労働」という最上位の労働内容があると考えている人たちも多いのではないだろうか。だが本当にそうなのか?

 忘れてはいけないことは、社長の報酬は彼が雇用する労働者に前貸しされるその生活費(労働力商品の価値=可変資本)としての労働賃金ではなく、労働者が自分自身の生活の維持に必要な価値量を超えて働くことで生み出される剰余価値(資本家にとってはこの剰余価値を生み出せることが労働力商品の使用価値ーつまり価値以上の価値を生み出す商品という使用価値なのである)によって賄われているのである。その真実を偽装し正当化するために、その労働内容が違うからだという形にしているに過ぎないのだ。

 考えて見よう。いくらゴーン氏が優秀な経営者であっても、彼だけで自動車を毎日何百台も作れるわけがない。そのことは彼も承知であろう。自動車という労働生産物を生み出すために数え切れないほど多くの種類の労働者の労働と多くの労働時間がそこに集約されているのに対して、ゴーン氏はただその自動車を市場に送り出し、競合他社との競争に勝ち、日産自動車のシェアを拡大し、利潤を増やすことだけが彼の「頭脳労働」に求められる内容なのである。そういう種類の「労働」がラインで働く非正規雇用労働者の何百万倍も価値があるといえるのだろうか?

 ラインで働く非正規雇用労働者の賃金は時給900円として一日9時間働けば日当は8,100円であり、一ヶ月22日間働いたとして月額178,200円であり、1年中休暇を取らずに働けば、年俸2,138,400円になる(実際にはサービス残業や病気で欠勤する場合もあるからこれより多くの労働時間で少ない賃金となるであろう)。これを約214万円として計算するならば、ゴーン社長の報酬は、彼らの労働賃金の4,588,785倍の金額となる。もし金額でその人の能力が測られるのであれば、ゴーン氏の能力は非正規雇用労働者の458万倍もの「価値」があるということになる。

 だが、このゴーン氏の報酬は到底一人の労働者が生み出し得ない価値量の金額であり、言い換えれば、これは数万人の労働者の労働成果を剰余価値として収奪した「資本」からの分け前なのである。

 しかもこの役員報酬という「分け前」は、労働者が生み出した価値を収奪した結果である資本(剰余価値としての資本)のごく一部に過ぎない。残りは企業が銀行などの金融資本から借りた借金を返済したり、激化する国際市場で生き残るために新たに投資される資本となるのである。そしてそれでも経営が危うくなればまず労働者が首を切られるのである。

 このように労働者の生み出した剰余価値は本来、これから社会全体で必要になるであろう「社会共有のファンド」として蓄積されるべきものであり、それは、社会のために生涯をかけて働き続けた労働者が高齢になって働けなくなったときに使う介護や福祉のための経費となるはずであり、労働者が罹るかもしれない病気や、これから起きるかもしれない災害などに備えるための社会共通の経費として蓄積されるべきものなのである。それは決して、社会の本来の発展には何も役に立たない、いや、地球全体にとってはむしろ大きな害を及ぼすような「消費の拡大」やそのための市場競争に勝つことに注がれる資本であってはならないはずであり、そのような意味のない目的のために労働者の生み出した剰余価値を私有化し、そういう企業経営に頭脳を使った人たちに不当な報酬を与えるために用いられてはならないはずである。

|

« デザイン学会第58回研究発表大会に参加して | トップページ | 原発労働者の賃金とカルロス・ゴーン氏の報酬から考えること »

新デザイン論」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

カルロス ゴーン フランスの自動車メーカー ルノーの代表者・経営者である。ルノーの資本が参加した日産自動車の代表者・経営者を兼務する。ルノー自動車を中心に据えたルノー資本集団は、フランス政府が15%、日本の鮎川財閥が同じく15%、以下様々な資本がその内容を金額的に構成して、総資本額約11億ユーロ、年間売り上げ約407億ユーロ、総資産 682億ユーロの資本マトリックスとなっている。

カルロス ゴーンの年収が約10億円 ユーロ換算すれば、900万ユーロ 総資本の1%にも満たない。利益率を5%としても、年利益の0.5%にも満たない。

他の99.5%と言う大きな利益は資本家全員に分けるに十分であろう。約99人の資本家にとってみれば、平均ゴーンの倍の利益を労働なしに受け取る。

ゴーンとは資本家達の単なる道具でしかない。すぐに磨耗する道具の一つである。

株式会社の意志は株主が表す。株主と言う資本家の意志が株主総会で表される。ゴーンが代表として自らの報酬を決めるが、株主がそれを承認するのはこの数値による。株式会社は株数民主主義である。世界の人々の民主主義とは別ものである。資本の勝手、商売の自由そのまま。大勢の労働者の労働の結集をかく山分けする。

この金がフランスの原発、アルバ社を成り立たせていることも忘れてはならない。

ゴーンがやったことは、下請け切り、労働賃金のカット、全資本の効率化だけである。その報酬として株数民主主義がまさに機械的に合意しただけのこと。

日本の鮎川コンチェルンはこの計算式上で、毎年約30億ユーロ、3,500億円をルノーから受け取る。ゴーンを了承する機械となる。

投稿: mizz | 2011年6月30日 (木) 22時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/52082631

この記事へのトラックバック一覧です: 9億8千万円の報酬の意味するところ:

« デザイン学会第58回研究発表大会に参加して | トップページ | 原発労働者の賃金とカルロス・ゴーン氏の報酬から考えること »