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2011年6月11日 (土)

資本の拡大再生産から見る過剰資本の処理形態について(その3ー奢侈品生産)

 前回は資本の循環とそれを商品の循環という視点から見た場合の社会的総資本の再生産の条件について考察した。前回では、社会的総資本の単純再生産という基本形について述べたが、実際の資本主義社会はつねに、拡大再生産という形をとる。それをマルクスの再生産表式で表せば以下のようになる。

 I(v+m)>II(c) (拡大再生産表式)

この表式の意味は、生産手段を生産する資本家のもとで働く労働者が前貸しされた労働賃金vとその労働において生み出され資本家によって取得される剰余価値部分mが、II 部類の資本家が生産する生活手段商品と交換されるが、その価値量が、それと同時に交換される、II 部類の資本家の用いる生産手段c の価値量より大きくなければ資本の拡大再生産はできないということである。つまりこれが商品の生産という視点から見た「資本の成長」の条件である。これをブルジョア経済学者たちは「経済成長」と呼んでいるのだが。

 ここで問題の過剰資本の処理形態について的を絞って行きたいのだが、その前に「奢侈品」について考えて見ようと思う。マルクスはたとえ単純再生産のもとであっても奢侈品生産はあると言っている。つまり、II 部類(生活手段商品)の中にも、生活必需品であるIIa と奢侈品IIb があり、IIaの価値構成部分のm部分は、IIbの価値構成部分のv部分より大きくなければならないとしている。つまり:

 IIa(m) > IIb(v)

要は、II 部類のうちの奢侈品はすべて資本家が自分のために消費あるいは所有する商品であって、労働者に前貸しされる可変資本の中にそれが含まれることはない。奢侈品生産が成り立つためには、奢侈品を生産する労働者に前貸しされる労働賃金部分の価値IIb(v) がつねにII 部類の中で生活必需品を生産する資本家の利得IIa(m)の一部に含まれなければならないということであって、つまり奢侈品生産を行う資本家はつねにその可変資本部分を、生活必需品の生産を行う資本家の取得する剰余価値の量より少ない価値量に規正される形で存在しうるということである。もちろん奢侈品を消費する資本家にはI部類の資本家も含まれる。

 そして拡大再生産ということになれば、当然この奢侈品生産部分もそれに比例して大きくなるかのように思われるが必ずしもそうとは言えないようである。資本の拡大再生産が順調に進んでいる間は、資本家の取得するm部分の多くは拡大再生産のために投資され社会的総資本の拡大を推し進める。奢侈品生産は、そのような資本の拡大再生産に直接寄与するものではない。しかし資本の拡大再生産が行き詰まり、過剰資本が生じるようになると事態は一変すると考えられる。

 過剰資本が何であるかについては、資本論では第3巻 第3編 第15章「この法則の内的矛盾の展開」で触れられているが、はっきりと過剰資本とは何かが記されているわけではない。マルクスはこう述べている「資本主義的生産の目的のための追加資本が、ゼロに等しくなれば、そこに資本の絶対的過剰生産が存在するであろう。しかし、資本主義的生産の目的は、資本の価値増殖である。すなわち剰余労働の取得であり、剰余価値の、利潤の、生産である。したがって、労働人口の供給する絶対的労働時間も延長され得ず、相対的剰余労働時間も拡張され得ないような、労働時間の比率において資本が増大するやいなや...中略...したがって、増大した資本が、その増大以前に比して同じであるにすぎないか、またはより少なくさえもある剰余価値量を生産する場合には、そこには資本の絶対的過剰生産が現れるであろう。すなわち増大した資本C+ΔCは資本CがΔCによるその増大以前に生産したよりも多くの利潤を生産せず、または、それよりも少ない利潤をさえ生産するであろう。」(資本論 第3巻 第1部 向坂訳 岩波書店版 p.311-312)

 このような状態に突き当たった資本主義的生産において資本家階級は過剰に生産される資本を様々な形で処理しながら乗り切ろうとするのである。20世紀初頭にはすでに資本の蓄積が金融資本の支配のもとに置かれ、絶えず過剰資本の蓄積による圧迫に晒されていた。レーニンが指摘したようにかつて産業資本主義の盟主であり「世界の工場」として君臨していたイギリスはすでに「金貸し国家」になっていた。帝国主義段階の資本主義国は、過剰となった資本を海外の植民地獲得競争に振り向け、さらにそれは世界大戦という形で多大な人命の喪失をともなった消耗戦とその戦後処理において処理され、やがてロシア革命を機にいわゆる社会主義圏が登場することによって、世界的金融恐慌に陥った資本主義社会は過剰資本の処理形態を大きく変化せしめたのである。

 それがケインズ等によって理論化されたあらたな資本主義体制を生み出したのである。そして、そこでは「奢侈品」の意味がまったく異なったものになっていったと考えられるのである。

 (続く)

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