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2011年7月20日 (水)

トヨタ自動車の東北生産拠点進出を巡って

 トヨタ自動車が、「東日本大震災復興への支援」という看板のもとで、東北地方に生産拠点を作る計画を進めはじめた。これはひとつには中部日本に生産拠点が集中するトヨタにとって、やがて来るであろう東南海地震で大きなダメージを受けないためのリスク分散という目的も大きいだろう。そしてもう一つは、東北地方の平均的労働賃金が中部日本や関東、近畿に比べて安いということである。輸出依存度の高いトヨタにとって国際市場での競争に勝つためには、円高という為替レートの現状では、労働賃金の問題が大きいであろう。しかし、中国や東南アジアなど日本よりはるかに低賃金の労働が得られる国々への生産拠点のさらなる移動は、国際情勢の変化によるリスクが大きいと見たのであろう。

 これは日本を代表する資本家企業の経営陣の判断としてはその「論理」にかなったことであろう。たしかに震災で徹底的に破壊された郷土に職を見つけることが出来ずに、そして国や自治体からの支援も先細そりとなったいま、職場を与えてくれるトヨタに被災地の人々は救いを感じるかもしれない。しかし、なぜ、震災の復興そのものに労働力を割くのではなく、日本では飽和状態(もうこれ以上多くのクルマはいらない)になり売れなくなっている自動車の増産のための生産拠点を東北に作り、そこに労働者を雇用するのか?そこで雇用された労働者たちが汗水流して作った自動車は海外の比較的リッチな人々に売られ(トヨタのデザイナーたちはそのために彼らの労働力を使われているのだが)、その利益をトヨタは吸い上げる。

 いわば世界中で地球資源の浪費を促進することになる自動車という生産物を増産して利潤を上げる企業に雇用され、他地域より安い賃金で雇用され働く東北の労働者の多くは、職場から帰ってもまともな家もなく、地域のインフラや人間同士の絆も失われてしまった生活をこれからずっと続けなければならないのである。そしてトヨタから労働力の再生産費として受け取った賃金を生活資料の購入にあて、それを切り詰めて自分たちの生活や地域の復興に当てなければならないのである。

 東北地方の被災者の人々は、自分たちの生活の復興にはあまり必要もない自動車の生産のために働き、そこから賃金をもらいながら生活するために、雇用主であるトヨタなど日本の産業界が必要とする原発にも反対することができなくなるのである。

 なぜ東北の被災地の人々が自分たちの生活や地域の復興のために働き、それによって直接自分たちの生活を築き上げることができないのか?

 なぜ原発がなければ成り立たないような、資本家的産業界の利益のために、働くことでしか自分たちの生計を立てることができないのか?

 「菅首相の脱原発 発言」に異を唱える多くの人々の論理は「原発がなければ、日本の産業は弱体化し、国際競争に勝てなくなり、失業者が増大する」というものである。これこそが「資本の論理」なのである。彼らの頭の中では「資本家が労働者を食わせてやっているのだ」という意識が支配している。そして東北に進出するトヨタの経営陣も同様に「被災地の人々に雇用の場を与え、救ってやる」という意識であろう。

 だがわれわれの生活を築き上げるために、資本家の利益追求は無用である。被災地の人々の労働力は自分たちの生活や地域の復興に直接注がれるべきであり、そうしてこそ、真の意味での合理的な生産と消費のサイクルによって成り立つ無駄のないコンパクトな地域生活の基盤が形成されうるのであり、そうしたコンパクトな社会が成長することによって原発などいらない社会が築き上げられるのではないか?

菅さんそこまで考えてますか?

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