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2011年7月13日 (水)

菅さんの「脱原発」発言に賛成する

 今日(7月13日)の記者会見で、菅首相が、日本は将来原発に依存しないでやっていけるように再生可能な自然エネルギーの利用の比率を高めていくことを国の方針としたい、と発言したことに対して、早速経産省や自民党などからクレームがついている。しかし国民の70%以上が原発の段階的廃止に賛成しているのである。菅さんはそれを代弁しているのだろう。

 産業界代表の経産省は、原発が無くなれば、電力不足で日本の経済が弱体化し、雇用も減少して国民の生活状態は悪化する、と言う主張であろう。この後ろには資本家階級である経済界がついている。そして自民党は菅さんの原発廃止表明にあからさまに反対すれば選挙民が離れていくことをおそれ、「退陣を表明した首相の約束など何の当てにもならない」などといって菅さんの発言に不同意の表明をした。自民党は資本家代表政府としてこれまで原発推進を行ってきた党なのだがそのことに関して何の反省も見られない。

 ここでもう少し深く考えれば経産省や経済界・産業界の考え方のおかしさが明らかとなる。脱原発が日本の経済をダメにする、というのは嘘である。たとえ原発があってもこのままでは日本の労働者階級の生活はよくならない。日本の産業構造はいまどんどん弱体化しつつあり、国内で生活に必要な物資が供給できない構造になりつつある。産業界を支配する資本家たちは国内で生活に必要な物資を生産するよりも、労働賃金が安い外国からそれらを輸入し、それによって日本の労働者階級の賃金水準を低く押さえ込みながら、これまで労働者階級から吸い上げ蓄積してきた資本(過剰資本)を右から左に動かしながら利ざやを稼いでいく方がはるかに効率的に利潤を上げられると考えているようだ。そしてそのようにして稼いだ利益を国内では消費部門やサービス部門を含む第3次産業などにつぎ込んで、そうした分野での雇用(労働力商品の購入)とその労働力の使用による剰余価値の獲得、そしてその結果できあがった(不生産的)商品の消費を通じてさらなる利潤を上げようというのである。つまり本当に生活に必要なものを生み出すことではなく、いわばどうでもよいことにお金を使わせて(不生産的生産と消費)、それによって「経済成長(決してわれわれの生活が成長するのではなく資本家の利益と立場が成長することを意味している)」をしようというのである。そのためには電力の消費量もどんどん増やさねばならず、原発がなければ産業が成り立たなくなるのだ。

 だが、世界はすでにその路線に赤信号を出し続けている。例えば、いまわれわれの生活必需品の多くを輸出用に安く生産している中国などでは、国内での貧富の差の拡大で労働者階級の抵抗とそれへの弾圧が日増しに強まっている。そして仮にもし、中国の労働者がほとんど中産階級化し、アメリカや日本のような「浪費生活」を常に行うようになったとすれば、たちまち石油や地球の資源は枯渇するだろうし、すでに中国を初めとして世界的に熾烈な資源の争奪戦が始まっているではないか。その結果は戦争に発展するかもしれない。そしてそのまま放っておけば結局、地球資源はなくなり、自然環境は徹底的に破壊され、人類全体が危機に陥ることは確実である。

 しかし中国ではいまその道をまっしぐらに進んでいる。そしてアメリカでも日本でも資本家階級はその中国の低賃金で働かされている労働者階級の生み出す生活資料を輸入し、またそうした労働者階級の増大によって「成長する」中国国内市場に巨額の投資を行っており、中国の「経済成長」なしにアメリカや日本の資本主義経済体制は成り立たなくなってしまったのである。

 要は、そのような「浪費を前提としなければ成り立たない経済成長」という決定的矛盾を超えて、働く人々が資本を媒介せずにその労働の成果を直接自分たちの生活向上へと還元できるような新たな経済システム(それはまやかしの「エコ」や「持続可能な成長」では決してありえない)を世界的なレベルで創出していかねばならない時期が来ているということである。今回の福島の原発事故をきっかけにみんながそれに気づきはじめたのである。それを無視してまた再びもとの矛盾した経済体制に戻そうとしているのが資本家代表の経産省や産業界なのである。

 われわれが目指すべきなのは、浪費によって成り立つ経済体制を原発によって維持するのではなく、原発がなくともやっていけるコンパクトな生活であり、それにふさわしい、必要にして十分な生活資料を自ら供給できる社会経済体制であろう。もう地球に大きな負担を背負わせるような「浪費」や他国の労働者の低賃金労働というおおきな犠牲を前提にした「経済成長」などはいらない。

 いま世界中の労働者階級は自分たちの生活向上のためにではなく、資本家たちのグローバルな利潤獲得競争のために働かされていることに気づきはじめた。そしてその資本家間のグローバルな利潤獲得競争に勝つために必須の要件である原発が、結局はわれわれの未来を危機にさらしているということに気づきはじめたのだ。その意味で「脱原発」へのスタートはいまや歴史の必然といっても差し支えないのではないだろうか?

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