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2011年5月22日 - 2011年5月28日

2011年5月27日 (金)

オレゴン・トレイル(3)

 昨日、ポートランド美術館に行き、そこでNative American の作品に出会った。その印象はすごいインパクトであった。強烈な目と歯をむいた表情の強さ、仮面の不気味な雰囲気など、どのほかのモダンアートにもないものであった。しかしこの展示は歴史的な順序が分かるように展示してあるので分かったことであるが、面白いことに、もっともインパクトが大きく、力強い作品は、200年くらい前のものであった。その後、西欧の人々の影響を受け、徐々に彼らの生活が変化し、やがて現代になって完全にその作品が観光用のみやげものになってしまったとき、そのインパクトはまったく失われていた。

 かれらの生活が大自然と直接向き合って、緊張感に満ちたものであったときの作品が圧倒的にインパクトがあった。そしていまの作品は最初から商品として作られ、「売る」ことを目的にして作られているので、なんの迫力もないチープなみやげものになってしまっている。

 もう一つ分かったことは、Native Americanには驚くほど多くの部族があり、それぞれの地域がさまざまな文化を持っていたということである。私は知らなかったがナバホは南西部の地域にいた部族であって、このオレゴン周辺にいた部族とはかなりことなる文化を持っていたようである。

 オレゴン周辺の部族はシャチなどの肉食性くじらをひとつの神として考えていたようで、それをシンボライズしたものが多かった。

 この展示を見た後で17−18世紀(西欧人がアメリカ大陸に入りこみ始めた時期)のヨーロッパの美術を見たが、なんと退屈であったことか。途中で疲れて出てしまった。

 このオレゴンの旅は私にいろいろなことを考えさせてくれた。アメリカの大地に感謝しよう。

Viva Oregon !

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2011年5月25日 (水)

オレゴン・トレイル(2)

 今日は天気がよいのでポートランド近郊のワシントンパークを歩いてきた。ここは遠くハイウエイを走るクルマの音や汽車の汽笛の音が聞こえる都市近郊の森林公園であるが、人が少ないせいか森の中のトレイルを一人歩いているとそれを忘れさせるような静けさがある。

 太い幹に長い年月を過ごしてきたことを示す深い皺を刻んだ巨木たちがその天をつく高い枝枝に出たばかりの若葉を広げ、日差しを受けて輝いている。木漏れ日の差し込む地上には小さな花が一面に咲き敷いている。私はふと、あのナバホの唄を思い出した。 

 私は晴れやかに美の中を歩む

 私の前にある美の中を歩む

 私の上にある美の中を歩む

 私の側面にある美の中を歩む

 そしてその歩みは美の中で終わる

 まさにその世界の中にいま私はいる。なんと美しい世界だろう!普段ならこんな気持ちになることはないのに、いま私は、なんだか自分の生きていることの意味が分かったような気がした。

 数十億年もかけていまのようになってきた大地が、いまここにある。そして私もその一部としてここにある。私の人生はせいぜい70年か80年位でしかないが、それは気の遠くなるほど長い大地の歴史の中のほんの一瞬、一個の「目覚めた大地」としてここにあるのだ。

 すでに眠りについてしまった何十兆もの過去の「目覚めた大地」はこうしていま、私の目の前にある美しい大地として結果している。それらはいまこのとき生きている多くの個々の「目覚めた大地」に共有されている。

 遠い昔、ベーリング海を渡ってアジア大陸からはるばるこの地にやってきた先達たちの喜びが、いま私の胸に響いているのだろうか。

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2011年5月24日 (火)

オレゴン・トレイル(1)

 数日前から私事でアメリカのオレゴン州ポートランドに来ている。ここはシリコンバレーなどコンピュータサイエンスに支えられたアメリカ20世紀後半の産業革命の拠点であるカリフォルニアからは少し離れているので、あまり「最先端の地域」という感じではなく、むしろ自然との交流を目的としたライフスタイルが主流のように見える。

 土曜日にはオレゴン州立大学のキャンパスでファーマーズ・マーケットが開かれ、地元の農家や小生産者が持ってきた作物や食物を露天で売り出す。なかなかの賑わいである。買いに来る客も店のあるじと顔なじみだったりして、「今日のはおいしいよ!」などという会話が飛び交っている。価格は決して安くはないが、オーガニック野菜や、肉屋さん特性のペーストなどローカル色豊かで品質のよい品物が絡んでいる。いわゆる「地産地消」の典型的な場である。すぐ近くの街のスーパーには豊富な野菜や肉を売っているが、それでもこのファーマーズ・マーケットは大賑わいである。

 この州はスポーツ用品で有名なNikeやAdidasといったブランドの大企業があり、そこが税金をしこたま払っているからであろうか、消費税はゼロなのだそうだ。市内の中心部では市電も料金がただで乗れる。少し郊外に行くと、大自然が多く残っており、マウント・フッドなどの高山や大きな滝がいくつもある。そこにサイクリングで出かけていく人も多いようだ。郊外には広大な果樹園やブドウ畑が広がり、いくつものワイナリーがある。至極住みやすそうな街である。

 しかし、この地は大陸の西からロッキーを超えてやってきた「パイオニア」たちが最初は先住民であるネイティブ・アメリカンたちに助けられて生き延び、そののち彼らを逆に追い出して住み着いてしまった地でもあるのだ。

 この地の豊かさは西からやってきた「パイオニア」たちの苦労の賜物であるとされている。しかし、この豊かな地を誰のものでもないと考えて西から来た白い人々の開拓にも手を貸したネイティブたちの世界はいまはない。今では彼らは限られた居留地の中で貧しい生活を送っている。そこは今では「治安が悪く」なかなか入りづらいところなのだそうだ。

 ネイティブたちにとって「神の座」であった白雪を頂くマウント・フッドやときどき怒り狂って火を噴くおそろしい山セントへレンズ火山も昔はまったく別の名前で呼ばれていたようだ。ネイティブたちの神々はいまどこへ行ってしまったのだろう?彼らは、ファーマーの売りに出すオーガニック・ベジタブルの中に姿を変えて入り込み、西から来た人々の口から彼らの体に入り込み、その血となり肉となっているのであろうか?

 平和で豊かに見えるこの街のそれほど古くはない成り立ちの歴史がいま埋もれて行きつつある。しかしそれは決して忘れられてはならない事実なのである。

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