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2011年6月26日 - 2011年7月2日

2011年7月 1日 (金)

原発労働者の賃金とカルロス・ゴーン氏の報酬から考えること

 前回のブログにmizzさんがコメントでゴーン氏に関する貴重な補足データを加えて頂いたので、ここで続編として、日産自動車のカルロス・ゴーン氏や東電の経営陣の報酬と原発事故の処理に当たっている労働者の賃金とその実態を比較検討してみよう。

 原発の事故処理に当たって東電はハローワークに「原子力発電所の清掃、修復工事の補助」「防護服や保護具などをつけて一日3時間ほどの作業」「賃金は時給1万円(3日3万円)」という広告を出して臨時雇用の労働者を求めていた。そして事故が起きる前の原発労働者の実情は以下の様であったらしい。

「ビジネスメディア誠」http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1106/14/news007.htmlというページに掲載されている「週刊東洋経済」の風間直樹記者の講演内容をそのまま紹介する。

 「東京電力の福島第1原発で事故が起きる前、地元のハローワークにはこのような求人が出ていた。「福島原発 仕事内容は原子力発電所内の定期検査・機械・電気・鍛冶溶接及び足場作業」と。日給は9000~1万1000円。原発の労働はさまざまな問題を抱えているのにも関わらず、賃金は決して高くない。むしろ「安い」と言っていいだろう。

 原発で働くにあたって、どういう条件が必要なのだろうか。求人欄を見てみると「学歴不問、年齢不問、応募資格不問、スキル経験不問」と、すべて「不問」と書かれている。まさに「身体ひとつで原発に来い」といった感じの内容だ。また事故後、他の原発の求人を見ても、内容はほとんど変わっていない。

 多くの関係者は「原発は下請け会社なしでは回らない」と語っている。原発において、電力会社の社員と下請け労働者の比率はどうなっているのだろう。2009年度のデータ(原子力安全・保安院)によると、日本の商業用原発の労働者のうち電力会社の社員は1万人弱なのに対し、下請け労働者は7万5000人。原発では、下請け労働者が圧倒的多数を占めている。福島第1原発でも、東電社員1100人ほどに対し、下請け労働者は9000人を超えていた。

下請け労働の構図を見てみると、まず東電の下に元請会社がある。この元請会社をみると東証一部上場の大企業が並んでいる。ただ実際に、原発に労働者を送り込んでいるのは、1次~8次の下請けの会社。求人票に掲載されている会社を調べてみると、ほとんどが社員数人の零細企業。原発で作業をする上で特殊な能力があるわけでなく、ごく普通の人たちが作業をしているのだ。

 さらに取材を進めていくと「なるほどな」と思うことがあった。そもそも電力会社というのは公共的な色が強いため、コンプライアンスにはうるさい……はず。なのに、東電の下には8次下請けまで存在していた。東電が行っていたことは偽装請負(契約上は業務請負であるのに、実際には人材派遣になっている状態)で、限りなく違法行為に近いのだ。

 なぜ東電は、こうした違法行為を行っていたのだろうか。地元には原発に人を送り込むだけの零細企業がたくさん存在している。こうした会社が、お互い仕事を投げ合い、地元にお金を流すスキームをつくりあげていたのだ。

 現在、公共事業の仕事が減っている。また、いわゆる“丸投げ”でお金を抜くことが難しくなっている。そうした環境の中で、電力会社は地元にお金を落としてくれる、数少ない“お得意様”になっているのだ。

 通常、原発作業の現場を取り仕切っているのは2次、3次下請けの正社員だ。2次下請けの正社員20代の男性に話を聞いたところ「原発では4次、5次以下の下請け労働者たちと働いている。特に定期検査のときには20~60代の労働者がたくさん来るが、彼らがどこの会社に属しているのか分からない」などと語っていた。4次、5次以下の下請け労働者の賃金を聞くと、ハローワークに書いてあった数字(9000~1万1000円)とほぼ同じだった。

現場で働く7次、8次下請けの労働者に話を聞くことができた。原発で働くに至った経緯を聞いたところ、ハローワークなどで申し込んだ人もいるが、地元の先輩や知り合いからの紹介という人が多い。

 ある男性は「地元の先輩から『誰でもできる即金の仕事だ』と紹介され、連れて行かれたのが原発だった」と話していた。この男性の場合、採用面接や健康診断もなく、安全教育は初日に見せられたビデオだけ。雇用契約書もなければ、社会保険も未加入……。考えてみれば、この男性は“原発で働いていた証明書がない”ことになるのだ。

 東電が行っていることは偽装請負に該当するわけだが、なぜこのことが問題視されなかったのだろうか。その理由の1つに、行政が摘発できなかったことが挙げられる。関係者に聞いたところ「労働基準監督署(労基署)が現場作業をしているところに入る場合、抜き打ち検査を行うのが当たり前だ」という。労基署の検査は厳しくて、突然やって来て、書類を確認し、労働者を集めて話を聞いたりする。なぜ抜き打ちをするかというと、会社が都合の悪いものを隠してしまうから。

 しかし原発の中は危険なので、予告監督せざるを得ない。管理者の指示に従いながら、検査しなければいけないのだ。このように“手入れ”がしにくい職場なので、長年、不正が隠されてきたのだ。

 原発では、“労災申請ができない力”が強く働いている。建設業ではよくある話であるが、そこで働いている労働者が労災申請をすれば、発注者から2度と仕事が回ってこなくなる。ただ建設業であれば、数が多いので他の職場を当たることができる。

 しかし電力業界では発注者は東電のみ。東電ににらまれれば、その地域で働くことができなくなるかもしれない不安がある。なので他の産業に比べ、“労災申請ができない力”が強いのだ。原発ではずさんな管理が行われていたのにも関わらず、労災震災は2008年度までの32年間で48件しかない。

 1988年、関西電力の高浜原発で少年3人が、労働者平均の約5倍の被ばく量となる危険な作業を行わされていた。原発(管理区域内)では未成年者の労働が禁じられているが、少年は住民票を偽造され働かされていた。その少年を斡旋したのは、京都府内の暴力団員。少年たちは4次下請けで働いていたが、暴力団に3割ほどピンハネされていた。

 30年前と比べ、原発で働く労働者の賃金水準はあまり変わっていない。報道写真家の樋口健二氏によると「15年前、東電は1人7万円の日当を出していたが、ピンハネ率は8割を超えていた」という(関連記事)。なぜ賃金水準が変わらないかというと、下請け構造があるから。

 下請けというのは各段階でお金を抜いていく。たくさんある下請けの構造を変えない限り、原発で働く労働者の賃金は変わらないだろう。」

 以上が週刊東洋経済誌の風間記者の講演内容である。

 ここで付け加えれば、特に事故後の原発労働者は積算被曝量の限界値(事故後、この基準値を厚生労働省はご都合主義的に勝手に高い値に変更したのだ!)があるため、短い時間しか働けない。彼らは、いわば命がけで、働いているのである。

 前述のカルロス・ゴーン氏は、原発事故による減産減益から驚くほど早く立ち直って、日産・ルノーグループの数十万人の労働者の生み出した剰余価値を企業の利潤として吸い上げた「手腕」に対して、その分け前の一部を9億8千万円という高額な「報酬」として受け取っているが、命がけで原発事故修復のために働く時給3万円の非正規雇用労働者の労働とどちらが重要であるか、そして日頃、原発の危険性をひた隠しながら、もっとも重要な原発運転やメンテナンスに関わる労働をできるだけ安く購入しようとしていた東電の経営陣の受ける7,200万円という高額な「報酬」(これは半額にカットされるらしいが)の意味するところを考えて欲しい。

 こんなことが「社会の常識」として通用してしまういまの社会の異常さを実感して欲しい。そして何よりも、原発が本当はいったい誰にとってもっとも必要なものだったのかを考えて欲しい。

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2011年6月30日 (木)

9億8千万円の報酬の意味するところ

 昨日の朝日新聞の夕刊に日産自動車の株主総会で公表されたカルロス・ゴーン社長の役員報酬が9億8千2百万円であったという記事が載っていた。これを見て「あの辣腕の経営者ならこのくらいの報酬があってもいいんじゃない?」と思った人もいるだろうが、そもそも役員報酬とはいったい何なのか?

 ゴーン氏といえども生身の人間であるからには毎日24時間以上の労働が出来るはずがない。少なくとも睡眠時間や食事時間などが必要であるし、多分彼の私生活においては、豪邸や別荘などでさまざまな気晴らしや楽しみに費やされる時間もあるだろう。

 そうなると彼の報酬額は、一般に社会的に必要な平均的労働時間によって決まる価値量を基準にして労働力の再生産に必要な生活資料の価値として資本家が雇用する労働者に前貸しする金額を決めている労働賃金の決め方ではなく、何か別の種類の基準があるということだろう。

 多分それは彼らの暗黙の了解において「労働内容」が違うという意識があるに違いない。経営努力という「労働」は製造ラインで自動車を組み立てている非正規雇用の労働者(彼らは1時間いくらという時給制で労働賃金を受け取っている)とは比較にならないほど「重要」でそれだけ多くの「価値」を生むために貢献しているのだ、という意識があるに違いない。もしかすると、労働者の中でも、ラインで働く期間労働者よりは正規雇用の労働者の労働内容の方が「上」で、さらにそれよりも設計部門で知的労働力を支出して働く設計技術者やデザイナーの労働の内容の方がが「上」だと、そしてその頂点に社長の「経営労働」という最上位の労働内容があると考えている人たちも多いのではないだろうか。だが本当にそうなのか?

 忘れてはいけないことは、社長の報酬は彼が雇用する労働者に前貸しされるその生活費(労働力商品の価値=可変資本)としての労働賃金ではなく、労働者が自分自身の生活の維持に必要な価値量を超えて働くことで生み出される剰余価値(資本家にとってはこの剰余価値を生み出せることが労働力商品の使用価値ーつまり価値以上の価値を生み出す商品という使用価値なのである)によって賄われているのである。その真実を偽装し正当化するために、その労働内容が違うからだという形にしているに過ぎないのだ。

 考えて見よう。いくらゴーン氏が優秀な経営者であっても、彼だけで自動車を毎日何百台も作れるわけがない。そのことは彼も承知であろう。自動車という労働生産物を生み出すために数え切れないほど多くの種類の労働者の労働と多くの労働時間がそこに集約されているのに対して、ゴーン氏はただその自動車を市場に送り出し、競合他社との競争に勝ち、日産自動車のシェアを拡大し、利潤を増やすことだけが彼の「頭脳労働」に求められる内容なのである。そういう種類の「労働」がラインで働く非正規雇用労働者の何百万倍も価値があるといえるのだろうか?

 ラインで働く非正規雇用労働者の賃金は時給900円として一日9時間働けば日当は8,100円であり、一ヶ月22日間働いたとして月額178,200円であり、1年中休暇を取らずに働けば、年俸2,138,400円になる(実際にはサービス残業や病気で欠勤する場合もあるからこれより多くの労働時間で少ない賃金となるであろう)。これを約214万円として計算するならば、ゴーン社長の報酬は、彼らの労働賃金の4,588,785倍の金額となる。もし金額でその人の能力が測られるのであれば、ゴーン氏の能力は非正規雇用労働者の458万倍もの「価値」があるということになる。

 だが、このゴーン氏の報酬は到底一人の労働者が生み出し得ない価値量の金額であり、言い換えれば、これは数万人の労働者の労働成果を剰余価値として収奪した「資本」からの分け前なのである。

 しかもこの役員報酬という「分け前」は、労働者が生み出した価値を収奪した結果である資本(剰余価値としての資本)のごく一部に過ぎない。残りは企業が銀行などの金融資本から借りた借金を返済したり、激化する国際市場で生き残るために新たに投資される資本となるのである。そしてそれでも経営が危うくなればまず労働者が首を切られるのである。

 このように労働者の生み出した剰余価値は本来、これから社会全体で必要になるであろう「社会共有のファンド」として蓄積されるべきものであり、それは、社会のために生涯をかけて働き続けた労働者が高齢になって働けなくなったときに使う介護や福祉のための経費となるはずであり、労働者が罹るかもしれない病気や、これから起きるかもしれない災害などに備えるための社会共通の経費として蓄積されるべきものなのである。それは決して、社会の本来の発展には何も役に立たない、いや、地球全体にとってはむしろ大きな害を及ぼすような「消費の拡大」やそのための市場競争に勝つことに注がれる資本であってはならないはずであり、そのような意味のない目的のために労働者の生み出した剰余価値を私有化し、そういう企業経営に頭脳を使った人たちに不当な報酬を与えるために用いられてはならないはずである。

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2011年6月28日 (火)

デザイン学会第58回研究発表大会に参加して

 6月24-26日に習志野市の千葉工大で行われた、表記学会に参加したので、その感想を述べておこう。

 全体として印象的だったのは、旧来のデザイン領域の区分が、だんだん曖昧となり、その境界線が分かり難くなっていくということをこのところ繰り返えされてきたが、それがいま混沌とした状況を呈し、「デザイン」という職能の専門性(つまりデザイン労働の労働対象と労働内容)がどこにあるのかがますます見えなくなってきたということである。そして、おそらくそのことに起因して、他方で「デザインとは何か」「デザイン学のデザイン」などという議論が再び浮上しているのである。

 もともと、インダストリアル・デザイナーの祖であったレイモンド・ローウィーが「口紅から機関車まで」というさまざまな製品を手がけてきたことにも象徴されるように、デザイナーという職業は、建築家などと異なりその労働対象が明確でないが、そこに共通する労働内容においては、製品の感性的形式(美的形式や使い心地など)を、製品の物理的形式を考える工学的設計技術者などとの分業体制によって、市場で他社製品と「差別化され売れる商品」に仕上げることにあったと言ってもよいであろう。そのためそれに類した労働内容を行うさまざまな業種の知的労働者が労働対象ごとに、○○デザイナーと呼ばれるようになっていったと考えられる。

 やがて1990年代頃から、電子技術、コンピュータ技術、情報通信技術の革新によって、「商品差別化」のフォーカスがより製品横断的な対象領域に変化し、従来の「ハード」指向から「ソフト」指向に変化してきたこともあって、労働内容も変化し、「インターフェース・デザイン」や「情報デザイン」などという区分が生まれてきたと考えられる。

 デザイン研究者の間では、この変化を「モノのデザインからコトのデザイン」という風に捉えているようだ。

 実際のデザイン労働においても、総合電機メーカーなどの企業では、デザイナーがさまざまな専門家とチームを組んで、新製品開発や「ソリューション・プロジェクト」などに参画しているようだ。彼らの多くは自分たちの存在意義(レゾン・デトール)を「コンセプトの可視化」という能力にあると見ているようだ。

 デザイン系大学における教育内容も、こうした社会的要請に従って変化せざるを得なくなり、そこで働くデザイン教育労働者たちも自分たちが依って立っていた旧来の専門領域をはなれ、周辺他領域との新たな関係を模索しなければならない状況に置かれているようだ。

 このような状況をどう見るかは、見る立場によって大きく異なるといえる。私としては、このブログで何度も繰り返し書いてきたように、次のように考える。

 かつて18-19世紀における産業革命を起こした原動力であった産業資本主義社会の成立において、その経済体制にふさわしい生産様式が登場し、それによってあらゆる生活資料が商品として生産されるようになった。そしてその流れの必然として相対的剰余価値の生産を拡大させるために機械制大工業による大量生産方式が登場し、その過程で、旧来の知的労働と肉体的労働が統合された職人的労働の形態は崩壊し、それに代わって、生産手段を所有する資本家(彼らはもっぱら売るためにつくる)に雇用され、賃労働者として、機械に従属して分割された肉体労働を行う工場労働者と、資本家の意図に従って、分割労働の全体を統合し、ひとつの商品として生産物の全体像を設計しデザインする知的労働者が新たな職能として登場したと考えられる。

 しかし、20世紀に至って、資本主義社会はもはや蓄積した資本が過剰となり、生産過程に投入した資本に見合う利潤を得ることが困難になってきたため、経済恐慌や戦争を繰り返した。1930年代に発生した金融大恐慌は、本来社会共有財となるべき富を私的所有を前提とした資本という形で蓄積しすぎた資本主義社会の矛盾の必然的結果であった。しかし資本家階級の代表機関となった国家機構を持つ国では、過剰資本を処理するために、直接資本の再生産に結びつかない生活消費財などの不生産的生産物に着目し、それをテコにして「大量生産=大量消費社会」という新たな経済政策に踏み出したと考えられる。インダストリアル・デザイナーはこうした段階の資本主義社会が生み出した職能であるといって差し支えないだろう。これらの理論的分析については7回に分けてこのブログに掲載した「資本の拡大再生産から見る過剰資本の処理形態について」シリーズを参照されたい。

 そしてその行き着く先は、今日われわれが目にしているように、おそらく本当に必要であったかどうか分からないような消費財の大量生産と、そのために費やされる膨大なエネルギーや資源とその結果である膨大な量の廃棄物の拡大を繰り返さなければ成り立たなくなった経済体制と、その一方で、それによって時々刻々と失われていく自然環境と地球の資源という実情であり、この矛盾を誰も止めることができない社会体制なのである。

 本来のモノづくりは、それが社会的に必要であり、必要な量だけ作ればそれで事足り、残りの生産は社会全体の共有財(これがいまは剰余価値による資本という私有財産として蓄積され、新たな金儲けのために投資されている)として蓄積されるべきなのだが、いまは、過剰資本の圧迫から逃れるために資本家は「必要」を恣意的に生みだし、むりやり消費量を増やさねば経済が成り立たないというのである。このような状態を誰も止められないというほどに、いまの社会の仕組みが歪んでしまい、われわれは危機的な状況に立たされているのである。

 その矛盾が今回の東日本大震災において、一気に噴出したといえる。東北のデザイン系大学で働くある教員は、デザイナーを含めて日本の生産的労働者たちが生み出してきた大量の消費財が「がれきの山」となって津波に呑み込まれた人たちの上に覆い被さっている被災地の実情を見て、「自分たちがこれまでやってきたことはいったい何だったんだ!」と絶句したそうである。

 つまりわれわれにいま求められていることは、「デザイナー」という職能の存在意義や「デザイン学とは何か」といった空虚な問題ではなく、あらゆる労働部門で働く労働者が、その知的労働と肉体的労働の両面を本来の人間の労働力として全力で駆使し、われわれの生活の基盤となる確実な社会、つまり社会のためにそれぞれの能力を生かして働くことにおいて、しっかりと社会全体の土台を構築し、未来の社会においても災害や人災などで受けるであろう被害や損害を充分補填できるための社会共有的蓄積を「過剰資本」という形ではなくそれを生み出してきた人々に直接還元されるような本来の形で積み上げていくべきなのである。

 デザイン能力はすべての生産的労働に携わる労働者が本来持っているべき能力なのであり、デザイナーがその職能という枠組みの中で発揮させられている労働内容のように、過剰資本の処理のために浪費を上積みするために用いられてはならないのである。

 これからの「デザイン」はこうして従来の職能としてのデザイナーという形ではなく、あらゆる生産的労働に携わる労働者が本来持つべき能力として捉えられねばならないし、そのような教育が成されなければならないと思う。こうすることで初めてこれまでの「分割労働」のもとに置かれた労働者が自らの意図とは無関係に、その労働力を過剰資本の処理のための浪費に用いられてきた事実が明るみに出されるであろう。

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