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2011年9月18日 - 2011年9月24日

2011年9月23日 (金)

反原発に向けての論理的戦略

 鉢呂経産大臣が原発に関する失言によって就任後わずか9日で更迭となったいきさつは、どうも単なる失言問題だけではなさそうである。その背後には、脱原発の姿勢を明らかにしていた鉢呂氏への、原発推進派からのマスコミを通じた世論操作とそれを利用した政治的圧力があったようだ。

 こういう情勢で軽はずみな発言をしてしまった鉢呂氏も問題だが、これを「待ってました」とばかりに「クビ」にする言いがかりと捉えた原発推進派の陰のパワーは凄いということを知るべきであろう。

 「派閥均衡」の上に何とか発足した野田内閣は、鉢呂氏がいなくなったあとで、国連での演説で、「我が国はその世界に誇る技術力をもって、原発の安全性を世界最高の水準にもって行く」と延べ、原発維持・推進の姿勢を打ち出し、菅前首相の「脱原発」方針を事実上否定した。そしてフランスのサルコジ首相から「日本のような資源のない国にとって原発は必須である。フランスも日本の原子力開発に協力する」という主旨の応援演説を引き出した。そしてアメリカもロシアもそれに準ずる姿勢を示したのである。

 これを見ても、いま巷で展開されている反原発運動(私も1000万人署名運動に署名した)がいかに巨大な産業界とそれをバックアップする政治の壁と圧力に対峙せざるを得ない状況であるかがよく分かる。いま、反原発運動は単なる感情論や情緒的反対論ではこの強大な相手に対抗できない。もっと論理的な説得力を持たねばならないのだと思う。

 反原発のもっとも基本的論理は次のように言うことが出来るだろう。原発がなければやっていけないような「経済成長政策」それ自体が破綻しており、たとえば中国やインドなどでの「経済成長」が他の資本主義国の経済を牽引して行ったとしても、結局その際限もない「経済成長政策」は、一方で刻々と深刻さを増す、地球全体の資源枯渇問題と環境破壊という現実と相容れなくなることは確実である。その証拠に、中国(この国はもはや決して労働者階級の国などではなく国家資本主義ともいうべき国である)などは自国の資源確保のために不当な領海拡張政策をとっているではないか。

 必要なのは、原発などの危険なエネルギー源を持ち出さねば、ならないような「高度消費社会」そのものを根本的に改革し、出来うる限りエネルギー消費を少なくし、安全で再生可能なエネルギーのみを用いてわれわれの生活を少ない資源で継続的に維持できるコンパクトな形にさせることができるような経済体制を生み出すことが先決なのである。

 そのような経済体制を実現するには、いまの資本主義経済体制では不可能である。資本主義経済体制は、1930年代に、すでにその過剰資本の蓄積によって、本来の意味での生産力の限界に至り、かえって社会の発展を妨げるようになっていた。そのため、過剰資本の処理を軍需産業や浪費推進型生活財産業、そして、それらによって増殖され蓄積された巨額の過剰流動資本をもって、次々とエネルギーや資源を無駄遣いし、環境を破壊しながら、根無し草的な「価値」を生み出す産業による「消費拡大」によってしか生きながらえることができなくなっているのである。

 この事実をアメリカ、ヨーロッパ、日本のような「消費大国」だけではなく、中国やインド、ロシアなど「後発資本主義国」の労働者も理解すれべきであろう。そしてお互いに、巨大資本によって牛耳られている「国」同士の競争や争いに巻き込まれることなく、労働者階級としての連携を強め、連帯し世界資本主義に対抗すべきなのである。いま再びマルクスによる共産党宣言のスローガン「万国の労働者、団結せよ!」が現実味を持って立ち現れたのである。

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