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2011年10月30日 - 2011年11月5日

2011年11月 5日 (土)

だれが次世代社会のデザインをするのか?

 自己崩壊が進む世界資本主義体制に対して、動き始めた反資本主義運動はまだ目標も定まらず、バラバラで何を要求しているのか分からないと支配階級側から揶揄されている。少し前、アメリカでオバマが圧倒的勝利をおさめ、日本では自民党政権が終わりを告げたとき、それはすでにこうした世界情勢の変化の兆候であったと言えるだろう。アメリカでオバマを選び、日本で民主党を選択した人々が望んだものは、とにかく今よりましな生活や、将来に希望が持てる社会だったと考えられる。

 しかし、その後、その希望は裏切られたとほとんどの人々が感じているに違いない。なぜなら、アメリカではいまや「産業界のインフラ」となってしまった金融業界の倒産による社会的影響を防ぐという名目で多額の公的資金が投入され、税金が使われた。しかし、当然のことながら「景気回復」したのは金融企業や大手自動車会社であって、全体としてはアメリカの失業者はむしろ増加した。そしてローンや借金の重荷で職や生活を失う人々が続出している。

 日本でも官僚主導から政治主導へという掛け声の下で「事業仕分け」などが行われ、一時は期待を持たせたが、われわれの生活や仕事の将来への希望は結局、円高や自由貿易化への資本側の要請の中ですべてが「経済の活性化」のために捧げられる羽目となり、挙げ句の果てに大震災による国家予算の支出増大を大増税でカバーしようという話になってきた。こうした紆余曲折は、結局民主党内閣に「国家戦略室」があっても看板だけで、次世代社会への基軸的な戦略や見通しがまったくないことに見られるように、「何かありそう」と期待して民主党を選択した人々をがっかりさせたのである。

 そのような中で、最近あちこちで見かけることばに「次世代日本をデザインする」といったフレーズである。そのこと自体は大いに結構であるが、いったい誰がデザインするのかが問題である。どこかの学会のセッションにあったような「社会をデザインする方法」などという便利なものは理論的にも事実上もあり得ないのであるが、歴史的に見てどの社会でも、社会の未来についての思想はその社会の支配階級の思想そのものであった。

 いまのこの資本主義社会のオピニオン・リーダーたちの掲げる「次世代日本のデザイン」とは他ならぬ資本主義体制延命の暗黙的前提に立った「次世代社会像」に過ぎないのである。その典型が「持続的経済発展のための構想」(持続発展させたいのは資本であってその支配のもとにおかれる労働者階級の立場に未来はない)といったたぐいであり、このまやかしはここでも前に取り上げたセルジュ・ラトゥーシュが指摘した通りである。

 単に「格差の増大」や「失業の増大」あるいは「生活の困窮化」「未来への希望喪失」という現象面だけに目をとらわれていたのではダメである。なぜいまの資本主義体制がいくら手を打っても、そうした状況がなくならないのか、そしてそれは何故なのか、その原因となっている経済社会のメカニズムの成り立ちと本質を明らかにしないことには何事も始まらないのである。

 それは一部の「リベラル派」オピニオン・リーダーがいうような、「一部のマネー資本主義者が勝手なことを行うから健全であるべき市場経済がおかしくなる」といったたぐいの問題ではなく、この社会の経済全体の仕組み(つまり社会的に必要なモノがだれによってどう生産され、だれによってどう流通され、だれによってどう消費されるのか、という問題)そしてその社会を支えそれによって生活する人々がどのようなあり方を余儀なくされているのかを考えるのでなければならないはずである。

 一言でいえば資本主義社会の現在的構造とその矛盾の形態を明らかにすることなしには、その「否定」としての次世代社会の構想を生み出すことはできないのである。資本の蓄積を持続させ過剰資本をつねに処理させるうる経済体制としての大量消費を助ける役割として歴史的に登場したデザイナー(デザイン労働者)という職能をそのまま肯定した上で、次世代社会のデザインを考えても、せいぜい資本家階級御用達オピニオン・リーダーのいう「持続的経済発展のための構想」の補間版しか出てこないであろう。

 われわれがいま発揮しなければいけないのは、資本主義社会の一職能としてのデザイン労働力ではなく、それを否定した上で獲得すべき労働者階級全体の能力としての「本来の構想力」である。その本来の構想力をもって、労働者階級自身が支配階級となれる社会(つまり階級のなくなる社会)の構想を考えることが次世代社会のデザインの大目標だと思う。そこに向かっていまこの目の前にある資本主義社会の矛盾をどう捉え、どうそれを克服してゆくのかが問題なのではないだろうか。

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2011年11月 2日 (水)

世界資本主義体制の崩壊が始まった

 私の情報収集力が不十分なので、正確かどうか分からないが、知るところに依ると、ニューヨーク・ウオール街のデモは、世界の1%にしか過ぎない人々にほとんどの富が集中し、大部分のアメリカ人は、生活不安や失業の脅かされている事実に対して、ウオール街の取引に代表される金融企業が、税金による国庫からの支援を受けて倒産を免れ、高い給料に甘んじていることへの抗議でると言えるだろう。しかし彼らの要求があまりに漠然として具体的でないために、「民主的(ガス抜きとして相手の言うことを一応聞いてくれる)」取り締まり当局から文句を言われている。だがその求めるところの本質は社会全体の変革であろう。

 ロンドンではセントポール大聖堂の宗教者たちが金融資本とつるんでいたことへの抗議運動が行われている。アテネではEU首脳会議がようやく決着をみたギリシャへの巨額の資金援助とその見返りの、徹底した緊縮財政からくる生活者への増税と生活圧迫への抗議が爆発し、板挟みとなった首相がEUからの支援を受け入れるか否かを問う国民投票を行うと宣言した。そしてEUを中心としたG20諸国はその宣言に「ショックを受け」世界株式市場は急落した。遅かれ早かれ、国際金融市場は大混乱となるだろう。

 そのほか中東諸国の動きも盛んであり、そこには人々を抑圧しつつ世界資本の絆に結ばれ、「先進諸国」の資本家代表政府連合に容認されてきた独裁体制という政治形態への抗議とともに、未だ宗教的な結束力に頼っているとはいえ、本質的には階級闘争といえるだろう。

 アメリカ、イギリス、ギリシャの運動もそれぞれの形こそ違うが、本質的には階級闘争であるといえるだろう。

 マルクスが資本論を出版して以来、150年の間に資本主義社会はその姿形はさまざまに変化してきたが、資本主義生産様式の経済学的本質は、いまでも何ら変わっていない。そして19世紀前半に巻き起こった、反資本主義への国際的な運動は、大きな圧力になってきたが、20世紀に入って変局を重ね、ついに20年前に完全に崩壊してしまった。第一回戦では資本主義体制側が勝利したのである。そしてそれゆえ今の状況がある。

 EU諸国の首脳たちは、結局、国際金融市場が崩壊することをもっとも恐れ、それを護るためには各国の労働者の生活を犠牲にしようとしているのである。EU首脳のみならず、アメリカ、日本、などの「先進資本主」義国の首脳たちは、結局は、みな同じ立場で考えている。中国は形だけの共産党政権であり、中身は党官僚独裁による国家資本主義であるといえる。そこでは先の「先進資本主義国」での消費を支えるという名目で、国際市場で競争力のある商品を輸出し、外国からの投資を呼び込み、鄧小平の言ったとおり「豊かになれる者から豊かになればよい」仕組みが出来上がっている。その「経済的繁栄」の前提となっているのが、農村から大量に供給される低賃金労働力である。「先進資本主義諸国」の労働者との「格差」が中国商品の国際市場での強みの根源である(いまやタイ、ベトナム、ミャンマーなどの東南アジア諸国の労働者が中国よりはるかに安い労働力の供給源となってきてはいるが)。

 そしてその「先進資本主義諸国」での労働者階級の生活は、世の中の1%に過ぎない資本家たちの保有する資本が過剰となって、その利益を圧迫しないように、過剰資本を再生産に結びつかない「純粋消費」にふり向けるためにを浪費が強要されてきた結果、「消費まみれ」となり、消費こそが経済を活性化させる唯一の方法であるかのように言われてきた。高い労働賃金水準は、こうして築き上げられてきた、生活資料の大量消費のためにそれを吐き出させることが目的で上げられてきた労働賃金政策の結果であろう。

 そしてその結果は資源の枯渇や自然環境の破壊、そして社会全体の人間的絆の崩壊であった。挙げ句の果てが「原発がなければ経済が成り立たない」ような社会を生み出してしまったのである。

 いま世界がそうなるべくしてそうなってきた、国際的資本主義体制の崩壊期にあって、労働者階級の側には、資本主義以後の社会を築き上げるための国際組織が不在なのである。マルクスがこの状況を見たら切歯扼腕したであろう。次世代の社会を担う若い人たちは是非そのことに気づいてほしい。カビの生えたクラシックな「労働運動」でなく、ただやたらと「過激さ」を競う反体制運動でもなく、しっかりと理論的な基礎をもった、大きく深い反資本主義運動が、いま期待されているのだと思う。

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