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2012年2月29日 (水)

いまふたたび次世代社会を考える(7:迫り来る危機)

 (前回からの続き)アメリカでは、一昨年、経営危機に陥って政府から巨額の支援を受けたGMが復活し、フランスのプジョーと業務提携をして市場の拡大を図っている。また同様に巨額の政府資金の支援を受けた金融資本も息を吹き返し、労働者階級も雇用が増え、「消費力」が回復するとしてこれを歓迎しており、アメリカの消費主導型資本主義体制は一息ついたかのように見える。しかし問題の本質は何も解決していない。

 EUでは相変わらず不安定な状況が続いており、ユーロの世界金融市場での信用回復のため、破綻した域内の資本家的国家へのドイツやフランスからのテコ入れが必ずしも成功してはいないようで、相変わらず世界金融資本市場への不安定要因となっている。

 そしていまやアメリカやEUそして日本を含む世界資本主義経済体制の牽引車となった中国も、トップダウン的人口抑制政策の効果もあって、地方の農民から供給される安い労働力が減り始め、労働賃金が上昇し始めるとともに、それに対して、少ない労働者数で大量に商品を生み出すべく中国内企業の資本家たちによる資本構成の高度化が進む一方、それに見合った固定資本(資源エネルギーなどを含む)の供給不足や先進資本主義諸国への輸出市場の拡大が見込まれなくなってきており、資本の過剰化という壁にぶつかりつつあるようだ。しかも、かつて労働者・農民のための前衛組織として生み出された共産党が、いまや資本家たちと結託して独裁的支配階級となっており、そこに当然起こる汚職と利権の腐敗が、労働者や農民たちの怒りを駆っている。

 日本ではどうか?首都圏直下型地震でも起きれば、それは直接的な危機としてすべての人々が受け止めるが、前回まで述べたような経済的危機においては、まだ人々はレジャーやエンタテーメントにうつつを抜かしていられる日常生活が平穏に続くものと思い込み、あまり深刻ににこれから起こるかもしれない生活や生命の危機的について考えてはいない様だ。

 来るべき危機がどのような形で起きるかを予測することはきわめて難しいが、私の乏しい知識と状況判断によれば以下の様な形がありうべき危機ではないかと思われる。

(1)飽くなき資本の利潤獲得への欲望と、限られた地球資源という絶対的矛盾の中で当然起こる結果として、それぞれの国の総資本の立場を代表する政府間での資源エネルギーの争奪戦が激化し、本来人類の共有財である大地や海を「国の領土や領海」として所有権(国家という形での私有の最高形態)を主張する国々の間で紛争が発生し、再び戦争となる可能性がある。

(2)増大する世界人口と、資本の工業生産への集中と自然破壊による農業の停滞。それによる世界的食料供給不足と、農業メジャー資本の農産物市場支配から来る食料価格の暴騰と、それによる大規模な生活破壊や飢餓の発生。

(3)金融市場に支配された国家財政が、負債と過剰資本を処理しきれなくなって起きる世界資本主義経済体制の崩壊とともに破綻し、それによって起きる、公共事業や社会福祉事業および年金制度の崩壊。

(4)こうした状況において当然起こるであろう大規模な失業や生活苦に対するさまざまな形での労働者階級のプロテストや階級闘争が、それらを新しい世界経済体制に導くための指導的組織がないために陥るであろう混迷。

(5)それに乗じて台頭するであろうネオ・ナショナリズムや宗教的国家思想による諸国間での対立の助長と、それを「ビジネス・チャンス」と捉えている軍需産業資本による兵器輸出がもたらす悲惨な殺し合いの増大。

 などである。このような諸条件がそろったいま、それは世界的規模でいつ起きてもおかしくない危機であり、現にいくつかはすでに始まっている。

 この中で、世界資本主義体制の崩壊による社会的危機を乗り越えるためにもっとも重要でありながら、もっとも遅れているのが、(4)で挙げた、労働者階級の指導的組織の再構築である。マルクスが資本主義以後の社会建設へのもっとも強力な理論的武器として残してくれた「資本論」に代表される思想を正当な形で発展させ、ボトムアップ的民主主義の総力を結集して階級的な力にまとめあげることができる21世紀型の労働者階級指導部を生み出さない限り、小市民的な個人の集合体でしかないプロテスト運動は敗北するしかないからである。資本の側がどんどんグローバル化しているにも拘らず、各国の労働者階級は、相変わらず資本家代表政府の「国境」の中に封じ込められているいま、マルクスがもし生きていれば彼は再びこう言うに違いない。「万国の労働者、団結せよ!」

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