« 現代における資本家階級の構造(1) | トップページ | 橋下氏の主張に関する考察(2) »

2012年2月12日 (日)

橋下氏の主張に関する考察(1)

 昨年11月以来、しばらく「咳喘息」の症状が続いていたが、今度はA香港型インフルにやられてしまい、しばらくは高熱で思考不能の状態が続いた。しかしようやく熱も下がってきたので、ブログを再開しようと思う。

 今朝(2月12日)の朝日新聞の朝刊に橋下大阪市長へのインタビューが載っていた。橋下氏に関してはいまさら説明する必要がないほどあちこちで語られているのでここではそれを繰り返すことはやめるが、朝日の記者は「既存の「権威」やタブーに切り込み、そして人々に問いかける。リアルな肉体感覚を伴った言動が喝采を浴びる。一方、独断的な手法には怖さも感じずにはいられない。」と言っており、これが手短に橋下氏の印象を語った適切な表現と言えるだろう。

 彼は言う、「いまの日本人は世界の生活レベルでいえば五つ星ホテル級の生活を享受しており、これを維持して行くにはコストがかかる。東アジア、東南アジアの若者たちは日本の若者と同じレベルの教育と労働力を持つ様になってきた中で、日本はいまのレベルを維持したいなら競争に勝ち抜かねばならない。労働集約型製造業が海外に出て行くのは止められない。海外で稼いだお金を日本に戻す仕組みを考え、国内でサービス業などの付加価値を高める環境をつくり、民間でお金が回る税制にする。円高で生まれた輸入業のもうけを輸出業に回す「デリバティブ」のような仕組みを考えるのも国の知恵だと思う。一番重視しているのは行政サービスをユーザーの選択にさらすことだ。」

 これに対して朝日の記者が突っ込む「国民みんながありとあらゆることで「選択」や「競争」を迫られるのは、けっこう大変ではないか。」

 橋下氏は応える「国民の覚悟が必要だ。その号令をかけるのが政治だと思う。付加価値の創出は努力がすべてだと思う。とことん能力を発揮してもらい、そこに規制はかぶせない。いったん格差が生じるかもしれないが所得の再配分もしっかりやる。格差を世代間で固定化させないために、最高の教育をタダで子供たちに受けさせる。最低限の保障をすることは国の役目だ。僕のやりかたは事後調整型の格差是正だ。社会保障では「人生一生使い切り型モデル」を考えている。」

 そのあとで、朝日の記者が「橋下さんは「決定できる政治」を唱えています。リーダーの独善になりませんか。」と突っ込む。橋下氏は応える「議論はし尽くすが最後は決定しなければならない。多様な価値観を認めれば認めるほど決定する仕組みが必要になる。それが「決定できる民主主義」だ。そしてそのあとでさらに「政治家は選挙では国民に大きな方向性を示して訴える。(選挙は)ある種の白紙委任なんですよ。」以下さらに記者とのやりとりが続いたあと、「いまの国の統治機構は大きすぎる。(中略)国がやることと地方がやることをきっちり分け、それぞれを機能させる。国の仕事を絞り込み、地方に自立してもらう。従来の体制を変えることが政治家の仕事です。」と述べ、道州制を主張する。このあともやりとりが続くがそれは省力する。

 以上の記者とのやりとりを通じて分かったことは、橋下氏の主張にはまとめると次の様な内容が含まれているといえる。

(1)日本人はいまの生活を維持したいなら、それなりの努力が必要であり、国際競争に勝たねばならず、経済のありかたも製造業中心の輸出型産業から、海外拠点を中心とした経営に移行しそこでの稼ぎを国内に回し、国内ではサービス産業など付加価値重視の産業を育成し、そこで利益を稼ぎだす。

(2)個人の能力をトコトン発揮させるための教育が必要であり、それによって格差が出ても事後調整でそれを補う。

(3)多様な価値観を認めるほどますます「決定」の重要さが増す。政治家は主張の大枠を公表し、国民はそれによって選択した政治家にすべてを白紙視認するべきである。

(4)いまの国政は政治家が行える範囲を超えているので、道州制を導入してもっと明確に地方の自治体制と国政をそれぞれ役割分担させるべきだ。

 さてそこで、これらの橋下氏の見解について検討して行こうと思う。まず気づくことは、橋下氏が自分をあくまで地方自治を基盤とした立場であるとしているにも拘らず、言っていることはすべて国政に関する問題であるということだ。もう一つは、このインタビューの最後の方で、自分の「賞味期限」は4年と考えている、などと言っているが、彼の主張する「決定できる政治家」を自らが目指しているらしいということだ。つまり自ら「強力なリーダーシップ」を実現させたいと考えているようだ。

 そして教育に関しても何の規制もかけずにトコトン個人の能力を発揮できる様な教育を無償で与えられる体制を主張しながら、他方では、首長である橋下氏がその配下にある教育機関に介入し、教員の思想や資質に口出しをしようともしていることだ。

 そして最後にもっとも重要な問題は、彼が、いまの国際市場経済の矛盾を認識せず、むしろそれを利用していかにうまく銭を稼ぐかという問題設定をしており、そのために生じるであろう格差をむしろ当然視し、それを事後的に取り繕って行けばいいという考え方を持っているということだ。

 以下それらを詳しく考察してみよう。(次回に続く)

|

« 現代における資本家階級の構造(1) | トップページ | 橋下氏の主張に関する考察(2) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/53963376

この記事へのトラックバック一覧です: 橋下氏の主張に関する考察(1):

« 現代における資本家階級の構造(1) | トップページ | 橋下氏の主張に関する考察(2) »