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2012年6月16日 (土)

マルクスの価値論めぐるディスカッション(3)

前回のブログで私はひとつおおきな間違いをしていました、英語版資本論では、Use values become a reality only by use or consumption: they also constitute the substance of all wealth, whatever may be the social form of that wealth. In the form of society we are about to consider, they are, in addition, the material depositories of exchange value.となっている箇所でdepositories of exchange valueとなっていますので、宮崎訳の「保管物」が正解です。これは誤変換ではありませんでした。私の早とちりです。mizzさんごめんなさい。

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コメント

野口さん、皆さん、今晩は。

使用価値は、使用や消費においてのみ、実現する。また、富の実体となる。それがいかなる社会的な富であろうともである。現資本主義社会においては、その富がさらに加えて、交換価値の保管物であるということが、我々の資本主義的生産様式の考察への手がかりなのである。(該当部分の私の訳)
もう少し追加させて貰いたい。私の訳をみれば、「我々の資本主義的生産様式の考察への手がかりなのである。」という部分の英文がないではないかと問われるかも知れない。
we are about to consider と資本主義的生産様式(形式)の考察を始めようとしており、その社会に今我々がいることは自明である。そもそも第一章が始まって直ぐの第4フレーズであり、考察とくれば、第1フレーズの、有名なる出だし、我々の資本主義的生産様式の考察は、一商品の分析を以て始めねばならぬ。と呼応しているではないか。さらに加えてとくれば、考察を進めるための概念として取り上げており、手がかりと訳せば、間違いなく明確に交換価値がそのキーワードになると分かる。第2フレーズのただこの商品要素の考察という段階においては、一商品が、直接的に生存のための欲求にであれ、間接的に生産に用いるための欲求にであれ、どのようにこれらの欲求を満足させるかについては、特に知る必要はない。という過渡的条件の設定もあり、この訳も苦心するところなのだが、ここの我々の資本主義的生産様式の考察への手がかりなのである。という設定も出だしでしっかりと認識して読む上での条件と確認して、読み進められるようにとさらに苦心したところなのです。資本論とはそもそもが資本主義的生産様式の考察そのものなのですから。価値論として純粋に独立した観念論があるはずもないのは云うまでもないと思います。ただ、より正確で、分かりやすく、的確で、紛れない訳があるだろうことは承知しており、ご指導ご叱責をいただきたいところでもあります。ドイツ語はさっぱりなのでなおさらです。

一言さらに言ってしまえば、商品とか交換価値とかの概念は未来永劫資本主義的生産様式の歴史的概念には不可欠なものですが、未来の生産様式には重要な概念とはならないと思っています。ブルジョワ経済学だけが、重要視しますが、労働力商品の搾取であるその意味が分かっていないという特別な概念であると把握しておく必要があるものと思います。そう言う点では、松山大学論文は、ブルジョワ経済学の概念の尻尾が可哀相なぐらい残っていて、尻尾に振り回されています。

投稿: mizz | 2012年6月16日 (土) 22時14分

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