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2012年8月29日 (水)

「生活水準」の差とグローバル通貨の矛盾

 前回のブログにおいて指摘したように、ハイテク技術の生活資料商品化を象徴するような商品(例えばクルマ、パソコン、ハイテク家電、デジカメなど)について言えば、その商品としての完成形に至る過程は、様々な形で、国際的に分業化された労働(例えば、開発・設計労働は「先進資本主義国」で、製造労働は低賃金を可能にしている生活水準の国々で行われている)を、数少ないグローバル資本企業が統括支配する形態で行われている。

 したがって、製造労働に従事する労働者は、自国の生活水準に見合った賃金を受け取りそれで生活資料を購入することによって生活を営んでいるが、開発・設計労働を行う労働者は、彼らが生活する国(あるいは地域)の生活水準に見合った賃金、つまり製造労働を行う労働者の何倍、何十倍もの金額で支払われる賃金で生活している。

 なぜこうなるかは、言うまでもなく、商品の生産にかかる「生産費用(これは資本家的用語であるが)」を低く抑えるためである。ここで問題なのは、「生活水準の差」を示す、労働賃金の差が、同じ貨幣尺度の基準で計られているということである。例えばすべての賃金をドルやユーロに換算した場合に初めて明らかになる差なのである。ここで例えば中国の人民元とドルの間の為替レートが変更されれば、その賃金の差も変わることになる。

 「生活水準」とは、その社会で普通の生活が出来るため(労働者の労働力が再生産されるため)に必要な生活資料商品の価格で決まるものであって、もし生活資料商品の価格が上昇すれば、同じ生活状態(つまり同じ労働力)を保つためにはより高い賃金が必要になる。だから労働賃金が安いということは、その労働者たちが生活している社会では生活資料商品が安いということを意味している。

 そのことは、その社会で生活資料商品を作り出している労働者もまた安い賃金で働いているか、あるいは賃労働者でない人々(例えば農民)であってもその労働の成果を安く売らざるを得ない、ということをも示している。

 グローバル資本がグローバル市場で競争に勝ち、利益をあげるためには、こうして「生活水準の低い社会」とそこで少ない金額の収入で働き生活する膨大な数の人々が絶対に必要なのである(だから格差は決してなくならない)。

 国際通貨というグローバルな価格基準の上では、「生活水準の高い」いわゆる先進資本主義国に生活する開発・設計労働者たちは、「生活水準の低い国」で生活する製造労働者たちより遙かに高い賃金を受け取るのである。それは生活資料商品の価格がはるかに高いからであるが、しかし、国際的な市場の中で商品を売買するときには、同じ貨幣の基準で計られるため、その差が効いてくるのである。

 また「生活水準」を考えるとき、重要なのは、その生活形態である。いわゆる「先進資本主義国」の労働者は、クルマを持ち、ハイビジョンTVや高性能な家電機器や携帯電話を持っていることが当たり前であり、それに対して生活水準の低い地域の労働者は、生活に最低限必要な食料、衣料、そしてアパートの家賃、粗末な家具、自転車などによる生活が当たり前となっている。要するに生活に必要な資料そのものが異なるのである。

 「生活水準の低い」国の労働者は、彼ら自身がその製造に多大な労働力を支出しているにも拘わらず、最初から彼らのものではなく、しかも彼らの賃金からは完成されたハイテク商品を買い戻すこともできず、その恩恵にあずかることは決してない。それらを買うことができるのは「先進資本主義国」の労働者であり、また国内に「生活水準の低い」地域をかかえ、そこで低賃金で働かせる労働者から莫大な剰余価値を収奪しているその国の資本家たちである。

 私は、生活資料を買いに、街の100円ショップに行くときいつも、この安っぽく、壊れやすい製品を毎日汗水流してわずかな労働賃金で雇われて働く彼の国の労働者たちを思い描くのである。そしてわれわれの国でもアメリカやヨーロッパでもどれほどこの低賃金労働によって生み出された生活資料商品の恩恵をこうむっているかを考えるのである。

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