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2012年10月24日 (水)

マルクス経済学のキーポイント(5 グローバル資本の世界支配がもたらすもの)

 こうしたマルクス時代には見られなかった現代資本主義社会に特有な生産・消費機構が今日さまざまな新たなそして末期的な矛盾を露呈している。

 それは、第1に、労働者階級に労働賃金として前貸しされる貨幣(何度も言うがこれは決して労働者階級にとって「収入」や「所得」ではない)が増加することによってそれが生活資料の購買を通じて資本家階級のもとに環流され、あらたな資本を増加させる手段になると同時に、その増加した資本が本来必要な社会資本(教育、福祉厚生、医療、インフラ整備など)に直接投下されるのではなく、労働者階級の賃金から差し引かれる租税として課せられ、労働賃金の実質的減少を促進し、それによってその分、資本家階級間で必要な社会的共通経費を節約し、それを労働者階級に負担させながら資本の維持を図り、新たな投資のために蓄積されていること。

 第2に、社会の産業構成が、1国内という視点でみると、本来その社会にとって必要な形ではなく非常にアンバランス(例えば第1次産業や第2次産業が衰退し、第3次産業などの不生産的産業が異常に肥大化するなど)になったこと。

 そして第3に、絶え間なく増加する浪費的生産と消費によって、地球資源の枯渇や環境破壊が急速に進行し、地球全体が危機的な状況になっているということ。

 そして最後に、加速して歯止めが効かなくなった国際市場でのグローバル資本間の競争が、過酷な労働力市場での競争として現出し、失業の増大と過酷化する労働条件の中で、世界中の労働者階級がその階級内部に絶えず大きな格差を生みだしつつあるという事実である。

 いまや社会は世界中が一つの大きな社会として形成されつつあり、一国内で完結した社会はあり得なくなっている。しかし、それが資本の支配のもとで行われることによって、世界のあらゆる「途上国」でグローバル資本が国境を越えて進入し、その労働力を買いたたき、それによって、獲得された莫大な利潤が、国境を越えて増大する流動過剰資本として金融資本を通じて次々と新たな投資先を探して投資されている。
 一方でグローバル化する資本、他方で国際市場での資本家間の競争を有利にするため国境の内部に閉じ込められることで、低賃金を維持され、階級性の矛盾がナショナリズムの昂揚による「国家意識」のもとに隠蔽され、あたかも世界市場での資本家同士の競争が国家間の競争のようなありさまになっている。
 本来の経済学とは、限られた地球資源をいかに有効に生かして世界中の労働者階級が世界を一つの人類社会としてとらえ、いかに計画的で合理的な資源の活用に基づく最適な産業構成を形成し、健全な社会を構成し得るかを考えることであったはずだが、いまやわれわれが触れるマスコミの経済ニュースでは、つねにグローバルな金融資本家にとってもっとも関心のある世界の株価や為替レート、そして国債の格付け問題が最重要問題として扱われている。そんなものは日々の生活を生みだしている労働者階級にとって直接には何の意味もないニュースであり、ただ資本家がそれによって労働者を解雇する意思決定をするのかしないのかによって自分たちの生活が不条理に奪われるかも知れないという不安を増大させるだけである。
 そして本来インターナショナルな立場を貫き通すべき労働者階級が、その国の支配階級となった政府や党官僚から「愛国教育」などによってナショナリズムを植え付けられ、小さな島の奪い合いなどに加担させられている。
 このような現実をいかに真実の姿として把握させうるかが、マルクス経済学の真骨頂ではなかったのか?

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