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2012年1月1日 - 2012年1月7日

2012年1月 5日 (木)

「分厚い中間層」とは?

 野田首相は、かつて1970-90年頃の日本がそうであったような「分厚い中間層」が存在する社会を再現しようとしているようだ。そして昨日のNHK TVでの国際ニュース番組でも、その意向を汲んで、格差を是正して分厚い中間層を形成させようとしている成功例としてインドネシアの現状が報告されていた。

 このニュース番組の解説者は、一部の富裕層が肥え太りそこに富が集中することにより社会全体に富が行き渡らなくなり、経済は沈滞するが、分厚い中間層が形成されれば、社会の富が中間層の消費を通じて社会全体に循環し経済は活性化される、と言っていた。果たしてそう言えるだろうか? まず問題なのはこの解説では、なぜかつて存在した「分厚い中間層」がなくなり富裕層と貧困層の格差が増大したのかについては何も触れられていない。そしてさえらに言えば、「富裕層」の実体は何か?「貧困層」とは具体的にどのような人々を指すのかについても何も語られないのである。要するにこれは「中間層」と言われる人々の実体が何なのかという核心的問題に触れられていないということである。こういう解説こそ支配的イデオロギーを生み出すオピニオン・リーダー(例えば昨日のTV番組での解説者は東大の教授であった)の役割なのである。

 「中間層」と言われる人たちの中核は労働者階級であるが、彼らの賃金を政策的に一定の高さに維持し、これをテコとして彼らの消費を促し、同時に公共投資などにより社会インフラの増設工事を増やし、そこに雇用を確保するというのは、すでに1930年代後半にアメリカの大不況時代を脱するためにフーバーおよびルーズベルト大統領によって取られたニューディール政策とまったく同じなのである。

 そこでは、世界的に拡大しつつあった社会主義陣営との対決の必要上、左傾化しつつあった労働者を貧困状態からすくい上げ、同時に彼らを「消費人間化」させることによって、階級意識を忘れさせ、不況の根元にあった過剰資本からの圧迫をその消費の中で消尽させながら資本側の支配を維持しつつ利益も増大させるという戦略であった。それは第二次大戦後に成功を収め、東西対立が深刻となった時代にアメリカの資本主義は西側資本主義世界の覇者となったのである。しかしそれはまた同時に、東西対立という緊迫した状況を利用し、戦争という大量消費とそのための軍需産業の発展が社会基盤を形成することでもあった。一方での労働者階級の「消費者化」と他方での軍事力の極大化とそれにともなう軍需産業の基幹産業化によって、アメリカの「分厚い中間層」が形成されたのである。やがて、1990年代初めの東側世界の自壊によってもたらされたアメリカ資本主義の「一人勝ち」は、それをグローバル資本主義へと拡大させ、世界中の労働者をさまざまな形で支配するようになった。アメリカにおいてはますます「消費人間化」が進められ、いわゆる「先進資本主義国」のほとんどはアメリカ型消費社会の後追いをした。そして他方、そのために安い労働力を自由に買えるアジア、アフリカ、中南米などの国々の資本家階級は、グローバル資本のおこぼれを頂戴する富裕層としての資本家階級と、それに雇用される低賃金労働者という二極化された社会階層が形成されていった。やがてその矛盾がはっきりと露呈し始めた。それがいまの世界の状況である。

 つまり、かつて国内産業を発展させた「先進資本主義国」の「分厚い中間層」は、資本のグローバル化によって、アジア・アフリカ・中南米の安い労働力によってもたらされる安い商品に依存した消費生活へと変貌を遂げ、家電、自動車など耐久消費財を含めて生活資料が自国内で生産が行われなくなり、社会を維持するに必要な基幹的産業が国内から安い労働力で生産する国々へと流出したのである。そして自国内の産業はレジャー産業、サービス産業、流通販売業そして何よりも信用取引を土台とした金融関係企業が主流となり、社会全体が腐朽化し、雇用は流動的で不安定なものに変わり、ちょっとした投資家(信用取引きを基盤とした金融資本家)たちの思惑によって景気が大きく変動し失業者も増大することになった。

 そして何よりも、その結果、消費(正確には浪費)を促すことでしか成り立てない経済(経済学の本来の役割とは全く反対の方向)のために地球規模での自然破壊が進行し、石油を始め地下資源は急激に枯渇し始め、地球全体の生態系や気候も大きく崩れ始めたのである。もし、人口世界第3位のインドネシアがアメリカ的消費社会を目指したなら、その先には地球環境破壊のさらなる加速が待っているだろう。そしてさらに悪いことには世界人口第1位、第2位の中国、インドも同じ道を目指しつつあるということである。自然環境は待ってくれない。刻々とその破壊と地球全体の危機へ突進することになるだろう。消費拡大による経済の活性化のもたらす結末は地球の自然環境の完全な破壊と人類存亡の危機である。

 こうした状況をもたらした最大の原因がいまや集中する富を一手に所有し、さらには自分たちの利益のために世界中の国々を「格付け」し、市場原理という大義名分のもとで世界中の経済を振り回している「富裕層」つまり資本家階級の意志決定の結果なのである。そして彼らの「市場原理に基づく意志決定」の結果いまや貧困層に落とし込まれたかつての「中間層」の人々(多くの場合その第2世代の若者たち)は、まともな職にありつけず、社会の中での自分の存在意義すら見失い、目先の遊びや趣味にしか生き甲斐を感じられなくなり、プロテストの声を上げ始めているのである。

 それなのに、何の反省も分析もなく「分厚い中間層」など再現できるわけがないではないか!

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2012年1月 4日 (水)

二つの「民主主義」(2)

(1)から続く。

 このような状況の中で、行き先を見つけ出せずに、低迷し、結局再び資本家代表国家の権力によって追い払われようとしているプロテスト運動はどこに向かおうとしているのだろうか?

 陰惨なテロリズムの時代は終わりつつある。人々はもうそれにはうんざりである。もうこれ以上多くの人々の血を流してはいけない。かといって「穏健な」プロテストはやがて踏みつぶされる。インターネットという新たな手段を得た人々は、それによって多くの同じ思いにある人々と繋がることができるようになったし、プロテストへの呼びかけにもあっという間に多くの人々が結集できるようになった。しかしやがて権力側はこのインターネットを支配コントロールすべく力を行使することになるだろう。いわく「暴走する一部の過激な人々や社会を害する情報から市民生活を護るため、云々」。ここで言われる「市民」とはいったい誰のことだろう?

 資本家的「民主主義」つまり支配階級側からのトップダウン「民主主義」に対抗する労働者階級を中心とした「草の根民主主義」が政治的な力を持つためには、まず草の根民主主義の強力な手段であるインターネット(これこそ資本主義社会自体が生み出した資本主義社会終焉へのツールである)を権力側の支配に委ねないようにすることが必要であろう。支配階級側は「市場の経済法則」や「社会秩序の維持」という言葉を持ち出して、それにもとづく「やむをえざる必要悪」として情報支配を強めることをしているので(マスコミなどはそれに従っている)、これに乗せられないようにしよう。

 要は、何が真実なのかを分からせるために必要なあらゆる情報は草の根に行き渡らせねばならないし、それに基づいて「草の根」側は、妙な流言飛語や「社会通念(これこそが支配階級のイデオロギーなのである)」に惑わされず的確な状況判断を行わなければならない。困難が多いかもしれないがすべてはそこから出発する。

 次に、的確な情勢判断に基づき、いま何を行うべきかをできるだけ速やかに意見収集し、これをとりまとめることができるようなシステムを確保すること。意見をとりまとめるには舵取り役の人が必要である。そこで出されるであろういくつかの行動目標に従って、それぞれの目的を実行するグループを構成し、そこからは実際に街にでて行動を起こすことになるだろう。

 行動目標はあくまで当面の目標であり、それは段階的に将来われわれがどのような社会を実現しようするのかを踏まえたステップの一つとして位置づけるべきであろう。そしてこのことに関するディスカッションと思想を深める場を別に設けなければならないだろう。これはインターネットを通じて行えば、国境を越えた壮大な規模のディスカッションになるだろう。そしてこのディスカッションの過程で、必ずやマルクスの考え方がわれわれに大きな力を与えてくれると思う。

 この世界規模のインターネット・ディスカッションの実現とそれをある方向にまとめることは至難の業かもしれないが、これこそ真のボトムアップ民主主義の実現への第一歩なのだと思う。

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2012年1月 3日 (火)

二つの「民主主義」(1)

 民主主義には二つの種類がある。一つはトップダウン民主主義、もう一つはボトムアップ民主主義である。

 ギリシャ・ローマに端を発するといわれている民主主義はいわば支配階級の民主主義である。支配的階級同士での権力抗争をうまく治め、農民や奴隷を支配する「市民」の政治形態であるといえるだろう。

「市民」という言葉は実にあいまいなことばであって、これを支配階級はうまく使っている。古代ギリシャ・ローマではこうして都市国家に住む支配的階級が「市民」と呼ばれた。そしてそのような「市民」たちの自治政治形態として「民主主義」が採用された。これをここでは「古代民主主義」と呼んでおこう。

 宗教的権力と政治が結びついた中世社会でのトップダウン的支配が長く続いた後のルネッサンス期に、それと対抗する勢力として現れた「市民」はベネチアやフィレンツエあたりで貿易や略奪などにより蓄財し、経済的権力を持ち始めた商人出身の人々であった。彼らはギリシャ・ローマ時代をまねて、都市に住む商人や職人たちをひっくるめて「市民」と呼び、宗教的権力と一体化した王侯貴族たちと対抗した。だから近世の「市民」は一見支配階級と対抗する「下からの勢力」のように見えるが、やはり農民や下層労働者はその中に含まれていないのである。

 やがて西ヨーロッパでは王侯貴族の権力が失墜し、オランダ、イギリスやフランスなどで近代的「市民」が政治的・経済的権力を持ち始めた。さらに既存の王侯貴族による支配がない新大陸アメリカに移住したヨーロッパ人たちの社会で「デモクラシー」という新たな政治形態となって結実していった。 これがいまあたかも普遍的政治形態と思われている「民主主義」の元祖である。これをここでは「近代民主主義」と呼んでおこう。近代民主主義はルネッサンス期の商人に始まる、近代資本主義に特有の政治形態であるといえる。したがってその初期においては、そこに労働者は含まれていなかったのである。

 ことわっておくが、古代民主主義と近代民主主義が「二つの民主主義」なのではない。問題はこれから以後の話なのである。

 初期のアメリカ社会は、開拓時代の自給的農業社会を核として形成されたと考えられるが、ヨーロッパのような商人資本家や職人ギルドが形成されなかったので、絶対的労働力不足という状況のもとで機械力に頼らざるを得ず、ヨーロッパでの産業革命の成果がそのまま輸入されたと考えられる。そして南北戦争以後、「解放」されたアフリカ系元奴隷の人々が北部に形成されつつあった産業資本の労働力として吸収されていったのである。

 したがってアメリカ民主主義の父と呼ばれるリンカーンの思想の中にはアフリカ系元奴隷の人々をも政治の座につかせるという思想はなかったと思われる。こうしてアフリカ系「市民」は、まるであたりまえであるかのように最初からアメリカ民主主義から排除され差別された存在となった。それがアメリカ民主主義の中で政治的力を得るのはご存知のように1970年代以降のことである。

 日本においては明治維新以後、下級武士出身のインテリ、江戸時代から町人として蓄財してきた商人資本家や貿易などで財を成した新興の資本家や地主など経済的に余裕のある人々などが「下級士族」や「平民」として政治・経済の中枢に登場した。しかし、そこには、しがない職人たち、街の小さな商店主、小作農の農民や工場で働く労働者など、そしてすべての女性は含まれていないのである。やはり支配階級の政治形態としてヨーロッパ式議会制度が導入された。富国強兵政策に駆り出され、日清日ロ戦争で犠牲になった多くの人々は、参政権を持たない人々であった。

 やがて明治が終わり、大正期に入ると、工場労働者も増加し、ロシア革命の影響もあって、社会主義への関心が高まり、一方でヨーロッパでの第一次大戦後の民主主義的雰囲気が日本にももたらされ、「大正デモクラシー」と呼ばれる時期があった。このころはまた、それまでの西欧一辺倒の思想への反省から「日本的なもの」への再評価が始まった。そのような中で選挙制度も改定され、参政権が拡大された。しかし、一方で労働者や農民の間で高まってきた社会主義運動に対する支配階級側の危機感も強くなり、弾圧が始まった。富国強兵から連綿とつながる産業・軍事優先の風潮は形を変えて強められ、やがて昭和に入ると、欧米の資本主義社会と対等な日本の資本主義経済の自立化を目指して大陸への侵略が始まり、ますますその傾向が強められた。昭和初期特有の国家主義的思想として支配階級の思想キャンペーン(日本精神という言葉に象徴される)が展開され、人々は「国民」という形でまとめあげられ、完全に国家権力のもとに支配されることになった。そのような状況の中で「デモクラシー」はむしろ「敵性語」となり、誤った退廃思想として位置づけられた。

 支配階級の守護神となった軍部はこうして被支配階級の人々を戦争に駆り出し、被侵略国の人々を含めて一千万近い犠牲者を生んだ後に壊滅的な打撃を受けて第二次大戦は終わった。個人としては何の恨みのない人々同士が「国家」を背景に悲惨な殺し合いを展開するという大戦の悲劇は、まさにトップダウン支配の究極の結末であった。

 そして戦後、その反動で日本はたちまち「アメリカン・デモクラシー」に染め上げられていったのである。

 しかしこの時期のアメリカン・デモクラシーは、一方で社会主義圏の拡大があり、世界が東西に二分されつつあった時期なので、自国の労働者階級への配慮は怠りなかった。資本主義国側で労働者階級が貧困にあえぐような状況ならば彼らは必ず社会主義運動に走ると見たからである。戦後日本を施政したアメリカを中心とした占領軍も農地解放などにより小作農を地主から解放し、労働者の権利を拡大した。戦中の「国家主義」に対して「民主主義」を対置したのである。当然ながら日本でも左翼的思想が支配的となり、労働運動が高まりを見せた。ゼネストや「米よこせ」運動などで多くの労働者や下層階級の人々が権利を主張するようになった。戦後最初の「ボトムアップ民主主義」の台頭である。

 しかし、まもなく始まった朝鮮戦争をきっかけにアメリカの政策が変更され、レッドパージと呼ばれる激しい左翼弾圧が始まった。日本でも同様な事態が起き、政治の実権はアメリカ資本主義を全面的に支持し、日本をその防波堤と位置づけ、社会主義を「敵」とみなす政党が支配するようになった。そうしたアメリカ資本主義政府の手厚い「庇護」のもとで日本の産業資本はめざましい復興を遂げ、やがて1960年代に高度成長期を迎えることができたのである。

 いわゆる高度成長期には、労働者の生活内容そのものが激変していった。テレビ、冷蔵庫、オートバイ、扇風機、電気釜などなど次々と打ち出される家電製品や乗り物と、それらを貯金して何とか買うことができるような労働賃金の高騰(ただしそれは貨幣価値を徐々に引き下げる経済政策によるいわゆるクリーピングインフレーションが前提であったのだが)で、労働者階級は新しいアメリカ的文化生活にあこがれ、それを実現させることが人生の目標であるかのように思わされていった。インダストリアル・デザイナーという職業もこうした社会において初めてその社会的地位を与えられたのである。

 これは実は、戦後資本主義社会が作り上げた新たな支配構造なのである。労働者は、自分たちの賃金が徐々に上がっていき、それによって様々な生活用耐久消費財やクルマなどを購入できるようになり、やがては自分の家を持ち、豊かな生活を送る「市民」の一員となれる、という夢を描かされることになった。その「夢」の実現に向けて資本が生み出すさまざまな消費財を購入し(買ったあとに消費するかどうかに関しては資本は興味を持たない)、あたかも商品を買うことが自分のいきる意味であるかのように思いこまされることになる。それによって資本の側は、拡大する過剰資本の圧迫を莫大な浪費によって消尽し、その見返りに莫大な利益を得て富を蓄積する構造ができあがったのである。労働者階級は「消費人間」として位置づけられ、実際には直接的生産過程に携わっていながら「消費者」と見なされ、資本家側は実際には単に生産手段を所有してそこに労働市場で購入した労働力を張り付けるだけなのに「生産者」と呼ばれることになったのである。そのようにして労働者階級は完全に階級意識を眠らされ「市民」としてあるいは、「中間層」という自覚を持たされることによって、その歴史的使命をわすれさせてしまったのである。

 このような構造の社会で支配的な地位を維持してきた資本家代表政府は、アメリカ的デモクラシーを手本とした「民主主義政治」を行ってきた。それは様々な資本家の利権に結びついた政治であり、総資本の立場に立って「経済成長こそ雇用を守り社会がゆたかになるための鍵でありそのためには消費拡大が必須である」という思想をばらまいてきたのである。そして50年にわたるその成果は周知のように、世界の1%の大資本家グループが99%の人々を経済的に支配し、その99%の人々の人生を自分たちの蓄財の手段として消費し尽くしているのである。

(続く)

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2012年1月 2日 (月)

今年やらねばならないこと

 昨年の11月〜12月、少し体調を崩し、病院回りで検査などを受けたりしていて、なかなかブログを書くことができなかった。そこで新年を迎えたいま、まず今年の目標を立てておこうと思う。

 そろそろ残りが少なくなったわが人生だが、今年やっておかねばならないことは山ほどある。その中の最大の目標は、これまでいろいろと批判を繰り返してきた現代資本主義社会の「後」に来るべき社会、つまりわれわれが目指すべき社会の姿を少しでもよいから明らかにして行くことである。

 これに関しては、マルクスがかつて、当時のいわゆる「空想的社会主義者」を指して、絵に描いたモチのような理想社会を妄想するのではなく、目の前の現実と対決しつつ一歩一歩新しい状況を生み出して行くことこそが真の共産主義であるというようなことを言ったことは周知の通りである。

 そのために敢えて安易な未来社会の構想を描くことはしない、というのがマルクス主義者の考え方であるとして捉えられている。これは正しいと思う。しかし、19世紀末のヨーロッパを中心としたマルクスとエンゲルスの対決した資本主義社会と、それから130年も経った21世紀初頭の現在における「グローバル資本主義社会」とではまったく状況が違っている。いまや「次の社会」を考えることが焦眉の課題となっているし、それが可能になっているからである。

 20世紀世界を動かした「社会主義」運動の展開とそれに対抗した資本主義社会の著しい変貌、そして「社会主義」運動の挫折と後退という状況のもとで、21世紀にはあたかも資本主義社会が「勝ち組」として普遍的な社会構造を築きつつあり、そのなかの性悪の「マネー資本主義」を改めさせ、「リベラルな民主主義」に基づく「良い資本主義」を構築して行くことが世界の目標であるかのように見せる状況を生み出したのである。多くのマスコミもいまほとんどこの立場に立っている。

 しかし、いま世界中で起きているさまざまなプロテストは、表面的には独裁者への反発としての民主化要求であり、社会の格差是正を求める行動であり、借金ずくめ破産寸前の政府が「社会保障の代償」として国民に重税を課することへの反対であったり、さらには原発などに象徴される地球の自然環境破壊へのプロテストであったりするのであるが、これらは総じて資本が支配する世界がもはやその限界を露にしている状況に対する労働者階級やその他の資本に支配され続けてきた人々の世界史的なプロテスト、つまり21世紀型の階級闘争なのだということを認識すべきであろう。

 この状況に対して、支配的階級とその代表政府が危機感を抱き、いわば資本主義体制内での修正を行おうとしているのがいわゆる「リベラル派」であると考えてもよいのではないか?人々は一時期この「リバラル派」に一定の期待感を持った。2009年頃の状況がそれである。このひどい世の中を少しでも良くしてくれる我らの味方なのではないかと。しかし期待はあっという間に裏切られた。その後の「リバラル派」のやっていることは、要するに基本的に資本家階級の立場に立ち、被支配者たちの不満を一時的に「ガス抜き」することであるに過ぎず、その矛盾やそれによる失敗が次々と明らかにされてきたのである。いわく「消費を増やすことで国民生活を豊かにし産業や経済を活性化させる」。しかし同時にそのためには必要なエネルギー政策による石油資源などの枯渇と資源獲得競争の激化、そしてそこから導きだされる原発などに象徴される環境破壊的政策、そして決定的なのは、「不況回復」のために成される政府のさまざまな「税制改革」による、産業界の保護、そしてその陰で重税と失業と不安定化が進む労働者階級の生活、希望を失った若者たち、社会に必須の農業などの基本的産業の衰退、などなどまったくひどい状況を生み出している。

 もう一度考えてみよう、われわれはいったい誰のために働き、誰のために生きるのか? 資本家階級間の国際競争に勝つために使い捨てられるために生きているのではない、逆である。われわれが幸せに生きるために必要な手段としての産業なのではないのか?苛烈な国際競争も資源獲得競争やそこからくる紛争など決してわれわれが望むものではない。資本がそれに勝ち残るために必要なだけである。

 目的と手段が完全に逆転してしまっている資本主義社会のもっとも典型的な矛盾、つまり資本の自己運動という「物の支配」のもとに人間の生活が置かれ、われわれの人生と生きる意味のすべてが「資本への奉仕」とされてしまっているのがいまわれわれの眼前に展開している現実のだ。

 こんな状況に置かれていて、資本主義社会以後の社会としてこのひどい現実を克服してわれわれが目指す社会はどうあるべきなのかを考えないわけにはいかないだろうと思う。これこそが究極の普遍的「デザイン」ではないだろうか?

付記:このブログを書いた数時間後に、NHK BS TVでやっていた、日本の現状と今後に関するジョン・ダワー氏とガバン・マコーミック氏の対談は非常に面白かった。そこで指摘されていたのは、3.11の打撃から立ち上がろうとしている東北の人々と、戦争でもっとも苦しい体験を経ながら長年日本政府のアメリカ依存政策の犠牲になってきた沖縄の人々による草の根民主主義の台頭が、これからの日本の流れを決めるキーになるだろうということであった。まさに我が意を得たりという感じであった。

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