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2012年3月4日 - 2012年3月10日

2012年3月10日 (土)

デザイン労働の矛盾(1: デザイン労働の現実)

 「デザイン」という言葉の示す内容がここ50年ほどの間にさまざまに変化してきたことでも分かるように、いまわれわれが使っている「デザイン」という言葉の概念はきわめて曖昧なものだと言えるだろう。

 例えば私が大学のデザイン系学科の学生だった1960年代には、デザインといえば服飾デザインを指す言葉だったので、工業デザイン、グラフィックデザインという言葉すら新しくて、当時親類や中学高校時代の友人から「工業デザインって何するの?」という質問攻めにあった。それが大学を卒業して就職する頃には、工芸品作家のことを「クラフトデザイナー」と呼ぶようになり、建築家のことを建築デザイナー、建築内装設計をする人は「インテリアデザイナー」に、さらに都市計画などを考える建築家を「都市デザイナー」などと呼ぶようになった。やがて、その領域はさらに広がり、華道家を「フラワーデザイナー」、宝飾職人は「ジュエリーデザイナー」、そして1990年代の「IT革命」の時代に登場した「情報デザイナー」「ソフトウエアデザイナー」そして日本の第二次産業が行き詰まって第三次産業の比率が高まってくると「ゲームデザイナー」「ウエッブデザイナー」そして21世紀に入り「サービスデザイン」という言葉も登場してきた。「モノのデザイン」はいつのまにか「サービスのデザイン」に取って代わられた。

 いまこうした曖昧な「デザイン」概念を定義しようとする人々がおり、その定義はこの延長線に立って、あらゆる人間の計画的行為が「デザイン行為」として捉えようとしている。そうであれば、政治家は、「政治・経済デザイナー」になり、自治体の長や一国の首相は「自治体デザイナー」や「国家行政デザイナー」になりそうだ。

 しかし、そのすべての人間の計画的行為に含まれるはずの「デザイン的側面」あるいは「デザイン的思考」が、実際にはどのような人により、どのような場で、どのような形で行われているのかを考えてほしい。

 マルクスの考え方に添って、社会を支えるために必要な人間の行為をすべて「労働」という概念で一般化して捉えるならば、デザイナーの仕事は、デザインという形での労働、つまり「デザイン労働」であるといえる。デザイン労働が可能であるためには、自分(デザイン労働主体)が生み出そうとしているデザイン対象を実際に生み出せる労働手段(ここではこれを「デザイン実現手段」と呼んでもよいだろう)を保有しており、したがってデザインの目的意識をデザイン労働主体が実現しうる場合である。

 グラフィックデザイナー、クラフトデザイナー、フラワーデザイナーのような人々は、仕事はクライアントから受けるものであっても「作家」として個人的にそのデザイン労働手段(デザイン・ツールや工具・工房など)を保有している。したがってクライアントはその成果に対して所有権を持つだけである。しかし、建築家の場合は、建築デザイン労働の目的意識は施主が持っており、建築家はその労働過程で、施主の目的意識を実現可能な形に可視化するのである。さらに建築デザイン労働とそれに従って実際に建築物を施工する業者の労働が明確に分離しており、建築デザイン労働の労働手段は、ドラフターやパソコンであったりするが、それにしたがって実際建築物を施行する労働者が用いる建設機器などの労働手段や建築材料などの生産手段は施行業者が保有する。

 しかし、例えば工業デザイナーの場合は、デザイン労働手段とそれにしたがって工場でデザイン対象を生産する労働者が用いる労働手段や生産手段そして出来上がった生産物すべてが雇用主である企業の所有物である。したがって、工業デザイナーは、自分ではデザイナーとしての良心や自負のもとで「良いデザイン」をしようと思っていても、そのデザイン労働の目的そのものが最初から自分のものではないのである。デザイナーの良心や自負は彼/彼女を雇用している企業主の意図に添うような形でしか実現し得ないのであって、一言で言えば「売るためのデザイン」なのである。

 しかも量産を前提とした工業デザインの場合、建築家の様に施主と直接目的意識を共有できるわけではなく、不特定多数の消費者(本当は「購買者」である)が対象であり、そのあいまいで確証のない流動的な「目的意識」を市場調査や消費者からのフィードバックなどを通じて、できるだけ正確に把握しようとし、あるいは意図的に生み出す流行などによってコントロールし、それにもとづくデザイン労働の内容を「売る」ための手段として捉えようとしているに過ぎないのである。要するに企業経営者は、不特定多数の流動的な購買者の購買意欲を高めることを「デザイン労働」の目的意識として工業デザイナーに課し、工業デザイナーはたんにそれを「可視化」するための労働を行っているに過ぎないのである。

 ソフトウエアデザイナー(ゲームデザイナーやウエッブデザイナーを含む)の場合は、そのソフトがコンピュータシステムであるハードウエア上で稼働し、それによって実際に情報が処理できる手段はその購買者が所有しており、ソフトウエア(プログラム)はその「マシン語による指令書」に過ぎない。ソフトウエアデザイナーの労働手段はコンピュータである。たとえそれが自宅のパソコンであったとしても、制作結果であるソフトウエアの著作・出版権は雇用主である企業が保有している。したがってプログラムの制作者たるソフトウエアデザイナーにとって、そのプログラムはいったん書き上げ「報酬」を受け取ってしまえば、もはや彼のものではなくなる。しかもソフトウエアを量産するための生産手段はコンピュータによるコピーでしかない。つまりオリジナル・ソフトをコピーすればほとんど生産手段への投資なしにいくらでも量産できるのであって、雇用主である企業は、そのパッケージ・ソフトを意のままにコーピーし販売できるのである。

 さて、もし一国の総資本の立場を代表して経済や行政全体をまとめあげる政治家が「強いリーダー」であれば、彼はまさに「日本国株式会社」の辣腕CEOであり、「国家デザイナー」なのであって、国民つまり「日本国株式会社」に雇用された労働者階級は、「国の目的」を実現させるために資本家企業や公共団体に雇用され日々営々と働かされるのである。労働者階級にとってデザイン目的は自身のものではなく、「日本株式会社CEO」の目的意識の範囲内でしかそれを持つことしかできない。「日本株式会社CEO」による「国家デザイン」の実現手段は「産業界」であり、その経営者である資本家たちが所有する生産手段であり、そこに雇用されて労働力を無償で提供する労働者階級なのである。

 したがって労働者階級は自分自身の目的意識をデザイン行為によって実現することはできないのである。彼・彼女らは、政治家が「良い国」のデザインをしてくれるのをただひたすら待つ以外なく、まったく受動的立場に置かれながら、日々与えられた労働を黙々と羊の様におとなしく処理している。そして、何が「良い国家デザイン」であるべきかを選択できるよう選挙で別の政治家を選ぶ権利があるとされながら、じつは候補者同士相手のあら探しや失敗をあげつらうだけの人気取りを行う選挙があるだけで、実際には労働者階級には何らの主体的なデザイン目的やデザイン実現手段をも与えられない状態に置かれたままなのである。これが「親方日の丸」的国家デザインの内実である。

 しかしあの東日本大震災と福島原発の大事故のあとでは、もはやこうした「親方日の丸」的国家デザインの愚は許されなくなっていくだろう。本当は、「デザイナー」は資本家に雇われた職業デザイナーや自治体や国のありかたをトップダウンに決めている政治家や官僚などでは決してなく、この危機的状況の中でも、世の中を支えるために日々あらゆる職場で社会的に必要な労働を分担しつつ働いている一人一人の労働者自身であるべきなのだから。

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2012年3月 6日 (火)

コメントにお応えして

「いまふたたび次世代社会を考える(6:「モノづくり立国」の崩壊)」と「いまふたたび次世代社会を考える(8:何のために生きるのか?)」にコメントを頂いたmizzさん、ありがとうございます。

 前者に対するコメントではエルピーダ・メモリー倒産の経緯を詳しくお伝えいただきました。確かに日本を代表する電機メーカー3社が合同で投資して作った「日本最後のDRAM製造会社」にしてはあまりにお粗末な結末だったのでその背景にはいろいろ資本家側の思惑があったであろうとは思っておりました。

 また後者のコメントではイタリアのプラート市に巨大なチャイナタウンを生み出し、そこで中国資本と中国人労働者による「純正メイドインイタリー」の衣服を作って販売しているという事実を知り、驚きました。おそらく中国資本がいま一番欲しいのは「ブランド力」であり、「メイドインチャイナ」では市場で安物としてしか扱われないので、イタリア製というブランドによって商品の付加価値を高め、ただでさえ長時間労働から莫大な剰余価値を搾取している上に、さらに市場で実際の価値よりはるかに高い価格で売りまくろうという魂胆でしょう。

 私はこの両者のケースを知り、思うことは、世界中でいま、労働者階級の力があまりにも弱くなっているため、資本の側はまったくもって勝手なことができる状況になっているということです。

 まったく悔しいじゃないですか!20世紀末の「社会主義圏」崩壊で、マルクスの思想が過去のものとなってしまったと考えている労働者がじつに多く、夢の持てない惨めな生活の中で一人一人が無力感を感じながらも、市民感覚のデモに集まるくらいで、それ以上のことができない。日本の労働者も中国の労働者も、つまらぬことでいがみ合っていてはいけない。国境を越えてみんなが団結して「労働者階級」としての力を資本に見せつけてやることができるようにしようじゃないか!

 

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閑話休題:再び春がやってきた(デザインの矛盾に悩む日々)

 日本社会の大きな転換点をもたらした、あの3.11からもうすぐ1年になる。人々の想定や人生計画を無慈悲に打砕く大自然の猛威の前で、なすすべもなく茫然自失し、あまりに多くのものを失った被災地の人々に再び春がやってきた。

 それでも生きねばならないと耐え忍び立ち上がろうとする被災地の人々に大きな感動と共感をおぼえ、私自身も自分の人生を振り返り、残り少なくなってきたこれからの人生をどう生きるべきか考えざるを得なくなった。

 TV、インターネットや新聞などを通じて毎日入ってくる情報に触れながら、自分なりに、今後の社会のありうべき姿を模索し続けてきた。これは大学でデザイン学を専攻してきた私にとって残された人生最大の「デザイン課題」である。

 それはまた、デザイン研究と、マルクスの思想という2足のわらじを履いて生きてきた私にとって、最後の結論となるべきものでもある。

 デザイナーを養成する職能教育機関の出身である自分が、その教育機関に奉職することになり、その直後、あの1960年代末〜70年代始めにかけての学生運動に遭遇し、学生や他の教員との連日連夜にわたる激論の中で、私なりに「デザイナー」という職能のもつ本質的矛盾を探り当ててしまったのである。

 そこから抜け出てまったく別の世界に行くか、そこに踏みとどまって闘うべきかと10年にわたる孤独な思索の果てに、再び一歩踏み出した生き方が、2足のわらじを履き、一足のわらじから発せられた矛盾への喚起を2足目のわらじに問い、2足目のわらじから発せられた批判的視点を1足目のわらじに向ける、という生き方であった。しかし、これは必ずしもうまく行かず、おおむね平行線を辿ることになってしまった。この平行線を1点で交わらせることが私にとって最大の課題であり、そのための試行錯誤はまだ続いている。

 最初の試みは、「デザイン」という概念を、それがたとえ資本主義社会のある時期に台頭した職能を根拠としており、それゆえにそれが抱えている歴史的で本質的な矛盾があるにも拘らず、これを人間労働が本質的にもつ普遍的側面から捉えなおすという試みであった。創造性や発想支援という領域への取り組みはその立場から始めたものである。しかし、これも大きな矛盾にぶつかった。

 それは、デザインの創造性や発想が現実に発揮されている場が、実は現代的形態の資本主義社会が、高度な生産力によってつねに蓄積される過剰資本を消費材の生産と消費において処理し、それを際限なく拡大していくことで地球環境や資源を無駄遣いしながら延命を図っている社会であったという事実をあらためて認識したからである。母校から転職した北陸のある大学院大学を退職する前後から、この自己矛盾に堪え難い苦痛を感じ始めた。

 なぜ最初から分かっていたであろう矛盾に深入りしてしまったのかを考えた。そしてその原因は、「抽象化」の方法にあったのではないかと気づいた。歴史的に特殊な社会に登場した分業種である「デザイナー」という職能が、実は人間労働の普遍的側面の歴史的に特殊な現象形態なのだ、としてさまざまな種類のデザイナーの労働内容に共通する要素を抽出し、これをデザイン行為一般として捉えるという抽象である。この抽象の典型例はかの「吉川一般設計学」である。

 かつて理解したと思っていた、資本論で展開されているマルクスによる資本主義経済学批判の方法を、実は、私は自分の研究において適用していなかったことに気づいたのである。その結果、人間労働の普遍的側面としての「デザイン的行為」は、現にあるさまざまな職能の共通点をそのまま抽出するのではなく、現に行われている職能がどのような矛盾をもち、どのようにそれがごまかされているかを批判的に明らかにすることを通じて、「そうでないデザイン的行為」を浮き彫りにさせていくという方法を採るべきであることが分かった。こうして私が多くのことを学び、個人的にも知己であり尊敬してきた吉川氏の理論を批判の対象とせざるを得なくなったのである。

 そのような試行錯誤を重ねているさなかにあの3.11がやってきたのである。私の頭の中は真っ白になった。津波に襲われた沿岸の町で、がれきの前に立ち尽くす人々、そしてそこにはそれらの人々が営んできた生活を物語る家具や電気器具などが巨大な「ゴミの山」となって積み重なっているのである。こうした家具や電気器具を買い揃えていくことが、生活を豊かにすることであると思わされてきた人々のささやかな夢は、もろくも一瞬のうちに崩れさってしまった。

 私は思った、デザイナーたちが毎日与えられた労働の中から生み出してきた製品は、結局はすべて「ゴミ」なのではないかと。われわれが豊かな生活として描き出してきた「便利なモノ」にあふれた生活は、実はゴミの集積に過ぎなかったことを大自然がその猛威の中で嘲笑いながら示しているかのように思えたのである。

 そしていま、再び春がやってきた。人々は再び立ち上がろうと懸命に努力している。しかし、そこには「何かが間違っていたのではないか?」という疑問と反省が潜在しているように思う。「そうでない社会」を生み出すために一歩を踏み出す努力が始まっているように思えるのである。

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2012年3月 5日 (月)

いまふたたび次世代社会を考える(8:何のために生きるのか?)

 才能があり、努力した人がそれなりの見返りが得られるのが「自由な社会」である。確かにそうだ、しかし、「才能」とは何か?そして「見返り」とは何か?われわれの社会では、「才能」とは何らかの形で世間に名を売り、それにより成功することができる能力であり、「見返り」とはそれによってリッチでセレブな生活が送れることを指す様だ。

 しかし、特別に神が与えてくれ、選ばれた人のみが占有するかの様に見える「才能」とは、実は人類が社会の中で共に生きるために別々の形で分担しなければならず、それゆえそれぞれ異なっている個性であると言えるし、「リッチでセレブな生活」の中身はその人が努力によって獲得した富であるかのように見えても、実はその大半は他者の努力の成果なのである。

 われわれの社会は、個性が商品化され、それが高値で売れた人のみが「成功者」であり、そうすることで他者の努力の成果の一部を「自由に」取得できる社会であると言えるだろう。多くの若者は、そういう形で「成功者」になることを夢見つつ、(当然のことながら)ほとんどの場合それができずに、自らの個性を、資本家的に分割・合理化され、それゆえ画一化された労働種の中に封じ込め、雇用者からその労働と引き換えに生活費を受け取ってそれによって生きねばならない。世の中の歯車になることはやむを得ないこととあきらめ、雇用されている企業が競争に勝ち抜けるよう必死になって働き続け、その賃金のもとで家庭をもち、次世代労働者となるべき子供を一人前になるまで育て上げることが人生の目的となる。

 正確にいえば、こうである。人々の能力が、労働力商品の市場での価格(価値ではない!)によって決められ、自らの能力(労働力)を高く売ることによって世の中の上層部に這い出でることができた一握りの「才能ある」人々が、下層で働き世の中の土台を支えている大多数の「無名の人々」の労働の成果の多くを自由に独占し、それに対する支配力を発揮している社会である。そこでは社会を支えるためにさまざまな分業種の形で労働している大多数の人々は、自らの能力をこうした一握りの人々がリッチでセレブな生活を送れる様になるために捧げながら、そのほんの一部を生きるために前貸しされ次世代の賃金奴隷を生み育てるために生活しているといってもよいだろう。

 われわれは一体何のため、誰のために生きねばならないのか!

 自分自身と、そして同じ様にそれぞれの個性を持ち合わせながら、それを、いまは分割され変形された労働種の中に封じ込められながら、歯車の一つとして日々働いている人々が、共に手を取り合って自らの個性を発揮する労働のもとで働くことができ、それによって「われわれ」という呼称で人間としての尊厳を互いに認め合い、共に生み出した社会的共有財をわれわれすべてがともにそれを享受できるような社会を実現させるためではないのか?

 こうした大きな目標を実現させるために、団結し、日々、いまの社会の矛盾を暴きだしつつ、それと対決する中から一歩一歩新たな社会を現実に生み出し始めることこそ、われわれの「いま」という実存を意義あるものに変質させる道ではないのか?

 われわれの目標は、資本主義経済体制の推進実体でしかない「産業界」の活性化による「経済成長」や可変資本の還流による過剰資本の処理形態でしかない「消費社会の活性化」などでは決してないはずだ。

 そしてそのために、限られた地球資源の無駄遣いを加速させ、貧困化させられた国々で安い労働力を駆り集め、それらによって生み出されるガジェット商品の過剰な消費を拡大させ、「国」どうしの経済的植民地(市場)拡大競争に勝ちぬくために日々働かされることでは、決して決してないはずだ。

 貧困国の労働者も先進資本主義国の労働者もそれぞれの形でグローバル資本に支配されているいま、われわれの地球を守り、われわれ自身のための次世代社会を実現させるために、国境を越えて手を結ぶ必要があるのではないだろうか?

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