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2012年4月8日 - 2012年4月14日

2012年4月12日 (木)

デザイン理論の矛盾 4 : 「デザイン科学」という矛盾

 近代社会形成の原動力となった資本主義経済の展開は、一方で、あらゆる社会的労働を資本の増殖の手段とするとこによって、それに相応しい「疎外形態」へと分割し、その全体を資本が支配する形を生み出したが、他方では、近代科学というある意味で普遍性の高い成果をも生み出した。そして、この近代科学の進展は、やがて資本主義体制そのものの矛盾を明らかにし、その崩壊を促し、新たな、より進化した社会体制を生み出す原動力になりつつあるのだと思う。

 そういう視点から見ると、デザイン理論のあり方におけるもっとも大きな矛盾に突き当たる。それは、前回述べたように、デザイン労働が、あらゆる人間労働の中にあった労働過程のデザイン的側面を、資本が奪い去り、一方でモノづくりの労働現場が単純肉体労働として機械に従属した形の分割労働にさせられるとともに、他方でモノづくりにに必要な労働のデザイン的側面を、資本の増殖手段に相応しい形に再編し直した分業種が「デザイナー」として登場したのである、という事実を完全に無視し、現状を普遍化して行こうとする場合に顕著に表れる。「デザイン科学」という捉え方がそれである。

 これまで述べてきたように、労働過程のデザイン的側面は、具体的問題を解決しようとする人間の実践的行為として、自然界の法則性を意識的に適用しようとする技術的実践の一部として現れるのであるが、この実践それ自体は、認識された法則性を適用する立場であり、対象認識の仕方とその体系化である科学とは異なる次元である。だから労働過程そのものは科学ではなく科学を手段として実践する立場である。

 それにも関わらず、「科学としてのデザイン」というのは明らかに間違っていると言わざるを得ないし、文科省が認めるような教育研究領域確立のために「デザイン科学」という捉え方をするのも間違っているといえる。

 科学は、人間が、主体としての自分自身をも含む自然界という客体的対象をどのように理解する(つまり自分の内面的世界へとそれを再構成する)のか、がテーマであり、客体的な自然と「自分という主体的自然」の間に生じる矛盾である「客観的問題状況」を如何に「問題」として内面的に把握し、如何に客観的問題状況に働きかけて矛盾を克服するかを考え、実行するのが、実践的立場であるといえるだろう。労働過程のデザイン的側面は、もちろん後者に属する。資本主義経済体制の中で、資本家が必要とする企業の経営に関する「ノウハウ」を理論化した経営学も後者に属すのであって、同じルーツを持つと言ってもよいであろう。

 つまり、経営学もそうであるように、「デザイン科学」も、ある「デザイン行為」が正しいかどうかは、科学のような実験によって証明することができず、歴史的な時間の経過において、それが成果を上げたか上げなかったかによって、成功か失敗かを分けることしか出来ないのである。

 今日の「デザイン科学」はデザイン行為それ自体ではなく、デザインに関する科学であるという反論もあるだろう。しかしそれは前回も述べたような、中心を喪失しているデザイン理論が求める、周辺分野の科学の寄せ集めを指すことでしかない。

 では、「デザイン科学」は「労働科学」の一部か、といえば、それも否である。なぜならば、今日の「労働科学」は、資本家がその命脈をたもつために必須な存在である、労働力を所有する労働者をいかに存続させ、労働力を維持し続けさせうるかを問題とする「科学」であって、労働過程の「科学的解明」は研究対象ではないからである。

 近代科学は、普遍的な客観性を志向するものではあるが、それが歴史的には、まず資本主義経済体制の維持発展に必要な手段として登場してきたことを忘れるべきではない。近代科学のこうした歴史的母班を克服して、次世代社会を生み出す強力な武器として普遍化させるには、現実社会の矛盾を直視する視点がなければならない。次世代社会において、労働者階級のすべての構成員が、それぞれの内面を、労働過程を通じて表現できるようになったとき、初めて「労働過程の科学」が意味を持つものになるだろう。如何にしてそれを実現させるのか?それが現在の「デザイン科学」最大の課題であると言っても差し支えないであろう。

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2012年4月11日 (水)

デザイン理論の矛盾 3 : 「理論」のドーナッツ化現象

 前回までは、デザイン理論が、デザイン労働が直面している矛盾に目を向けることなく、さまざまな疎外労働に含まれている労働形態の共通点をそのまま抽出した「広い意味でのデザイン」の論理を構築しようとして、当然のことながら、その本質的矛盾であるデザイン目的の疎外という現実を無視し、必然的にその方法論においても疎外されたものになっていることを述べた。

 今回は、それとともに、「デザイン理論」の領域自体が、デザイン独自の理論を構築できずに、それに関連した周辺分野の理論を借りてくることで成り立っているという事実を挙げておこう。これを私は、「デザイン理論のドーナッツ化」あるいは「スプロール化」と呼んでいる。スプロール化とは、土地の値上がりなどのため、大都市の住人が徐々に郊外に移り住み、夜間には中心部が無人のオフィス街になってしまう現象を指している。

 デザインの理論も私がデザイン系大学の学生だった頃には、理論らしい理論がなく、せいぜい透視図法とか、心理学系の色彩学や形態学が中心で、そのほかにアメリカの軍事研究の成果から直輸入された「人間工学」や材料に関する常識的知識を学ぶ「デザイン材料」などの様な周辺領域から取り込まれた理論、そして(ステレオタイプ化された)デザインの歴史くらいであった。しかも私の在籍したデザイン系学科は、工学部であったため、そこの教授になるには博士号が必要であり、それを取得できるのが、周辺領域出身の専門家たちであったため、そうした人たちが教授陣の大半を形成していった。デザインの実務を教える教員やバウハウス伝来の基礎教育を行う芸術系の教員は、学位が取れないのでなかなか教授にはなれなかったのである。こうしていつのまにか、デザイン理論はその周辺領域の理論で固められ、中心部が喪失したままになったのであり、それが「デザイン学」であると考えられるようになったのである。

 私もそのなかに教員として席を置くことになり、その直後から学生運動に加担したかどで11年間「干された」後に、40歳代になって実務に復帰できたとき、このデザインの失われた中心領域を再構築ようと考えた。そしてデザイナーの頭の中の思考過程や創造的過程の理論化に挑戦したのである。そのために認知科学会や人工知能学会などにも入り、それなりに努力を重ね、実験授業などを通じて得た研究結果を、さまざまな学会や国際学会で発表を行ってきた。そして50歳代半ばで何とか博士号を取り、教授の座を得たが、それからの数年間は内面の葛藤が大きくなるばかりであった。

 それは、私がデザイン教育の実務に復帰する遙か前からすでに、デザインの現場が矛盾に満ちたものであり、それが資本主義生産様式の生んだ職能としてのデザイナーの運命であることを承知していたがために、デザイン実務からもっとも遠く、もっとも抽象度の高い、デザイン思考過程の問題に取り組んだのであるが(実は、この道に進むきっかけとなったのは、かの「一般設計学」の吉川氏との出会いがあったのである)、その時点からすでにそうならざるを得ないことだったのかもしれないのである。

 資本論に記されているマルクスの労働過程論で述べられている内容を、デザイン思考的側面から解き明かすことができないだろうかと思ったのであるが、やがてそこに重大な誤りを自覚せざるを得なくなった。当然と言えば当然のことであろう。

 それは、マルクスの抽出した普遍的な労働過程の論理は、現在の資本主義社会の労働においては決してそのままの形で実現できないものであり、マルクスは矛盾に満ちた現実の労働過程への深く鋭い批判を通して初めて「労働過程のあるべき姿」としてその真実をつかみ取ることができたのだ、ということを知らしめされたのである。

 つまり、現実のデザイン労働の矛盾を直視しない限り、いくら「普遍的な労働過程」を「抽象的なレベルのデザイン」あるいは「広い意味でのデザイン」としていじくり回してみてもそこからは、何も生産的な(つまり現実の問題を解決できる様な)理論は出てこないということに気づいたのである。現実の矛盾と疎外を直視することこそ、それを否定する立場において理論研究の原動力でなければならない、ということに気づいたのである。

 したがって、ここで言えることは、デザイン理論の「失われた中心」は、あらゆる形の資本主義社会特有の労働の疎外形態の中から失われた労働のデザイン的側面が、資本の増殖に奉仕させられるための職能として再編成された「デザイン労働」という特殊な分業種として現れたものであること、そして、それは本来の持ち主であった労働者階級全体の手に取り戻され、それぞれの労働の中に再生されるべき対象なのだ、という視点において初めて内実のある理論として形成されうるのだということである。

 如何にしてそれを実現させるのか? それがデザイン理論最大の課題であるといっても差し支えないのではないか?

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