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2012年9月2日 - 2012年9月8日

2012年9月 7日 (金)

現代社会に生きる若者たちの悲劇

 さきほどのNHK TV首都圏特報で放映していたものだが、最近夜の新宿でホームレスの人たちが「炊き出し」を求めて長い列を作っている画面が出てきた。そこには20~30代の若者たちが数多く含まれている。彼らの多くは、過酷な職場環境で、仕事からはじき出されたり、職場のいじめに耐えきれず仕事をやめた人たちである。
 さらに驚くことは、いまの16~24歳の就職した若者の47%が非正規雇用なのだそうだ。そしてこの若者ホームレスたちはほとんど非正規雇用からはじき出された人たちである。小泉首相のときに実施された「規制緩和」で、それまでの終身雇用を建前とした雇用形態から、職場を移りやすい、非正規雇用が大幅に増え、「自分の好きな職場に自由に移れる環境ができた」と言われてきたが、その内実は、資本の競争の中で、劣悪で過酷な労働環境にさらされ、「使い捨て」にされる若い労働者の数が急増しているのだ。「資本家代表政府」の甘い言葉にだまされて、小泉内閣を支持してきた若者たちは、やがてその本性を現した資本の手中で踊らされ、いつでも不要になればポイ捨てされる自分の立場に気づくのだ。
 昨今のグローバル資本間の激しい利潤獲得競争の中で、国内の製造業は、労働力の安い国々へと生産拠点を移し、それらの国々で、安い労働力を買いあさり、国内の労働者はドンドン減らされている。経営再建を迫られている「シャープ」はこのほど5000人の「人員整理」を発表した。そのほかでも有力製造業が国内の工場を次々に閉鎖している。そして正規雇用社員をできうる限り減らし、運良く生き残れた正規社員は過酷な長時間労働にさらされ、不足した労働力を、首を切りやすく、正規社員より遙かに安い賃金で働く非正規雇用労働者で補うようになってきている。
 次世代を担う若者たちは、自らをこうした厳しい労働力市場で売り込めるようになるために、有名大学への入学のための熾烈な受験競争や、資格を取ることに賢明になっている。労働力商品としてしか生きる道のない大部分の国内の若者たちは、こうして互いに競争し合わねばならないのだ。そしてこういう労働力商品市場の競争に勝った若者は、「中間層」や「資本家候補」への入場切符を手に入れるが、そこから脱落する若者たちが、ホームレスへと堕ちていくのである。こうして社会の格差がいまドンドン拡がっている。これを現代社会最大の矛盾と言わなくて何だろう。
 野田内閣はその一方でTPPへの参加を表明しており、これが実現すれば、今度は、国内の農業者が大打撃を受け、国内の農業も国際的価格競争にさらされ、それについて行けなくなった農業者は脱落し、農村はますます疲弊していくだろう。「輸入野菜のおかげで、食費が安くてすむ」などと喜んではいられないのである。どこかの小さな島の帰属問題がこじれて、もし戦争にでもなれば、店頭から輸入野菜はなくなり、たちまち、毎日の食事にも事欠くことになるのだから。
 われわれ戦後第一世代の人間が、こうした状況を作り出してしまったのではないかと思うと、その責任を感ぜざるを得ない。実は、私の息子も、このような非正規雇用で働いており、朝9時から、わずか30分ほどしかない昼休みを除いて、夜8時過ぎまで晩飯抜きでびっしり肉体労働者として働かされ、家に10時近くにへとへとになって帰ってくると、もう食事を摂る元気もなく、居間のソファーの上に倒れ込んで寝てしまうのである。こんなことをしていたらいつかは身体を壊すだろう思うが、どうすることもできないのである。この実情を訴えようにも、非正規雇用の労働組合もない企業なのでそれもできない。
 表面では、華やかなショッピングを演出する新宿の町の裏側では、こうして多くの若い労働者たちが路頭に迷い、ボランティアの救済に頼らなければ生きてゆけないのがいまの社会の実像である。
 こうしてこのブログでさまざまな矛盾を訴えること位しかできない自分に、いつも苛立ちを覚え、この社会を支配している矛盾の根源であるグローバル資本や金融資本に心から怒りを覚えるのだ。

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2012年9月 5日 (水)

マルクスの価値論をめぐるディスカッション(14)

 私が例の研究・購読会で7月4日に発表したマルクスの価値論についての解説について、執拗に疑義を発し続けてきたAさんから数日前に4度目の質問書「野口様のご教示(2012.8.8付)についての所見」がきました。私は3回目の回答書で終わりにしたかったのだが、今回の「所見」の内容は何とA4紙18ページにびっしり書かれた文章で、これを読むだけでも大変な作業でした。この内容は、
ダウンロード ValueDiscussion4.doc (196.5K)
からダウンロードできます。これにたいする私からの回答書は、
ダウンロード HNans4.docx (136.5K)
からダウンロードできます。結構読むのは大変と思いますが興味のある方はぜひお読みになってください。かなり激しいやりとりの末、結局私はAさんを代表者とする例の研究購読会から脱退する決意をしました。
 このディスカッションは、最初の私の発表原稿とそれにたいするAさんの最初の質問状から始まるので、この全体の流れを把握するためには、以下のファイルを順次お読み頂く必要があります。
ダウンロード 20120704HN.pdf (310.7K)
ダウンロード ValueDiscussion.pdf (160.7K)
ダウンロード ValueDiscussion2.pdf (143.0K)
ダウンロード Aquest3.doc (62.5K)
ダウンロード HNans3.doc (55.0K)
 オリジナルファイルをお読みいただければ、かなり激しいやりとりがあったことを理解していただけると思います。価値論を深めるという意味ではあまり成果はなかったとも言えますが、要するにマルクスの理論に最初から反感を抱いている人たちが、いかにマルクスの理論を研究対象として意味のないものとして扱い、無視しようととしているかがよく分かります。明白な視点の違いがあり、議論が噛み合うことはなかったと感じています。
それにたいする私の反論は力不足もあって、あまり迫力がないかもしれませんが、これでも精一杯闘ったつもりです。
本当に疲れました。

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2012年9月 2日 (日)

閑話休題:「津波てんでんこ」から考えさせられたこと

 昨日NHK TVで放映されていた「釜石の奇跡」という番組を観て感じたことをひとつ。
「釜石の奇跡」では地震のあと、やってくるかもしれない津波に対して鈍感で反応が鈍かった大人たちに比べ、小学生などの子供たちの中には、的確な判断をして早々と安全を確保した実話が語られていた。
 そこで、被災地に昔からあった津波の際の心がけとして「津波てんでんこ」という言葉があることが指摘され、要するに津波の際には、まず自分が逃げることを考えろ、という教訓が語られた。そしてそれは決して自分本位という意味ではなく、互いに生きてさえいれば必ずまた会えるということを強調していた。
 それはそれで、納得のいく話であったが、私は、そのとき考えた。あの大津波のときに、高齢者や身体の不自由なひとたちを思い、その人たちを助けにいってともに津波に巻き込まれて死んでいった多くの人々がいるという事実である。そしてもうひとつ、津波が間近に迫ってきたとき、車で安全な場所に移動しなければ間に合わないということになって、家族が車に乗り込んだが、全員が乗り切れなかった。そのとき一番高齢のおばあちゃんが、「おれはいい、おまえたちはやく逃げるんだ!」と叫び、あとに残った。そしてすぐ後ろまで迫った津波にのみ込まれながら「これでいいんだべ、万歳、万歳!」と叫んで波の中に消えていったという話を思い出した。
 おそらく「津波てんでんこ」という言葉の中には、つらく悲しい東北の人たちの歴史や思いが詰め込まれているに違いない。
 もうひとつ、数年前に遠野に出かけたとき、郊外の田んぼの端っこにある林の中に、「でんでらの」という小さな小屋(というより竪穴式住居のようなもの)があった。それは農家で歳をとって働けなくなった老人が、ひとり移り住む場所で、老人はそこで家族からまったく離れて一人で暮らす。そして元気なときはたまに農作業の手伝いをするが、やがて動けなくなればひとり寂しくでんでらので死を迎えるのである。
 この風習は、働き手として役に立たなくなった老人が、家族に迷惑にならないようにすすんで孤独死の道を選ぶという東北の貧しい農民の生活の中で自然にできたものであろう。
 そうした悲しい歴史の中でうまれたであろう「津波てんでんこ」という教訓は、そこに万感の思いを込めて、自ら生き、そして死ぬという覚悟が込められているのだと思う。
 3.11 の大津波で、まず、老人や身障者の人たちを助けようと、自らの危険を顧みずに救助にむかって、非業の死を遂げた多くの消防団の人たちの気持ちを思い起こすとき、「自助」と「自己犠牲」という深刻な矛盾に直面せざるを得ない問題に思いを至らさずには居れなかった。そろそろ「役立たず」になり始めた私にとって、これは人ごとではない。そして普段あまり深刻な危機に直面したことのない人々も、いずれどこかで、これに似た状況に直面し、そのとき初めて「生きる」とは何なのか?という深刻な疑問が自らに投げかけられることになるのだろう。

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