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2012年11月11日 - 2012年11月17日

2012年11月14日 (水)

シェールガスはアメリカをダメにする?

 石油に代わって有望な化石燃料エネルギーとして注目されているシェールガスの推定埋蔵量がアメリカがダントツに多いということで、近い将来アメリカが、アラブ産油国を抜いて世界一の「産油国」になるという予想が出されている。

 アメリカの産業界はまさに「ウハウハ」であろうが、多分そうは問屋が卸さないと私は思う。
 これはあくまでも私の予想でしかないが、いまのところ石油に比べてコスト高のシェールガスはまだ市場で伸びていないようだが、そのうちエネルギー資本の肝いりで掘削や精製の技術が進み、コストが下がってくるだろう。そうすれば当然アラブなどの産油国はエネルギー市場での競争に勝つために石油の値下げをするだろう。その結果しばらくは石油とシェールガスの激しいシェア争いが展開されるだろう。その結果どうなるか?
 多分、コスト安になった石油は採算をとるためにどんどん採掘され、埋蔵量は急速に減るだろう。そして従来の産油国の国際的な経済地位は落ちるだろう。一方でアメリカはシェールガス依存型経済になり、現在のような浪費経済が維持されれば、大気中のCO2量はどんどん増え、今度は地球環境悪化という状況と戦わねばならなくなるだろう。しかし同時に、アメリカでは再生可能エネルギーの開発はシェールガスの普及によって後手に回ることになるだろう。
 一方では、原発は大気汚染に強い「クリーン」エネルギーとされ、フランスのような原発依存国が増えるかも知れない。しかし、原発は長い目で見れば、その廃棄物の処理やリスクにたいする予防や対処に莫大なカネが掛かるので、シェールガスにコスト的に負けるだろう。
 その結果、結局は大気汚染の壁にぶつかったシェールガス使用は抑制されざるを得なくなり、原発はリスク・コストが大きすぎるのであまり増えなくなり、やはり再生可能エネルギーに行き着かざるを得なくなるだろう。
 そのときになって、アメリカは再生可能エネルギー社会への切り替えに遅れてしまい、経済的な破綻に陥る可能性が強い。そして浪費型資本主義経済はここで完全に破綻するだろう。
 エネルギー問題は、浪費型社会を基盤としたグローバル資本によるエネルギー市場での競争と世界的な規模での人類社会全体の危機とのせめぎ合いに突き当たらざるを得なくなることを見せつけることになるだろう。
 

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クリス・アンダーソン氏の「ものづくり論」をめぐって

  11月13日の朝日朝刊、文化欄に{MAKERS」の著者で、アメリカ「ワイアード」誌編集長のクリス・アンダーソン氏が朝日のインタビューで、新しい「ものづくり」について語っている。

 その主張は、インターネットや個人向け工作機械などが普及してきたために、大規模な工場などではなく、草の根的に個人の手で、ネットでの情報交換や協力によってさまざまなモノを作って、それをマーケットに出すことができるようになってきた。いまや、そうした状況によって3番目の産業革命が始まった。労働力や機械を大規模工場に集約して生産力を向上させた第2次産業革命と違い、誰もがツールを持つ新しい家内工業の時代だ、というものである。
 確かにこれは「モノづくり」の新しい局面だと思うし、草の根的な個人のアイデアが大企業を通さないでも直接に世の中に出せるという意味では面白いことだと思う。
 しかし、アンダーソン氏自身も指摘しているように、今後も大量生産型のモノづくりはなくならないだろう。そして何よりもこれらの「新家内工業」が現在の様な大量生産型のモノづくりが主流を占めた市場を前提として存在しているのであれば、それはやはり「スキマ産業」的か趣味的、奢侈品的性格の強いモノでしかあり得ないように思われる。
 なぜならば、人々が必要な生活資料の生産の大部分が、商品市場の激烈な価格競争を通して売られるために、大量に作られざるを得ない中で、当然、少数者が必要とするモノや個別に異なる要求において用いられるモノなどは量産では作れず、それらは、量産製品に比べて、一つ一つ時間をかけた少量生産なので、市場での価格は相対的に高くならざるを得ない。だから、そういう比較的価格の高いものを買える人々の存在が前提とされる。自動車産業で言えば、量産車を作って売る大企業が市場での中心的存在となり、富裕層の個人的・奢侈品的趣味に応えるカロッツエリアがその隙間を埋めるように存在するのと似ている。
 インターネットと個人が買える比較的安い生産用具による草の根的ネットワークのものづくり体制が、本当にものづくりとしての「革命」になるためには、本来社会の共有財であるはずの生産手段が私的企業の所有する資本として、商品を作り売るために用いられ、そこから生じる市場での無政府的競争のもとで行われる、馬鹿げた資源の無駄遣いを通じて生産物を社会にもたらすという生産体制ではなく、その生産量をあらかじめ社会的要求のもとでコントロールしうる社会体制が前提であり、生産財は私的な資本家的企業の利益のために用いられるのではなく、社会的必要のために共有財として用いられるような体制が必要である。
 社会がもしこうした新しいものづくり体制に向かうのであれば、この分散ネットワーク的ものづくりが本当に革命をもたらすのだと思う。
 

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