« 雇用創出の実態 | トップページ | ヴァレリー・アファナシェフの孤独 »

2013年1月10日 (木)

資本主義経済の基本的法則からいまの経済状況を見る

 いま、世界中で資本主義経済体制が行き詰まっている。しかしこれに対する反省や批判はもっぱら資本主義経済体制内において行われており、資本主義経済の根本的矛盾からこれを見る立場は少ないように思える。そこで次の事実を挙げておこう。

(1)資本主義経済は商品市場における資本家同士の「自由な」競争(正確に言えばアンコントローラブルな無政府的競争)を前提としており、そこで勝ち抜くことが常に利潤を得るためには必須の要件とされる。

(2)そのため、競争に勝つためには生産性(一定時間における労働者一人当たりの価値生産量)を上げて単位商品あたりの市場価格を下げても利潤が見込まれるようにしなければならない。そのために絶えず生産技術の革新が行われる。

(3)資本主義的生産様式では、生産性が上がれば上がるほど、一定の労働力が一定の時間に生みだす価値量は増大し、労働力の再生産に必要な価値部分(正確には資本家から労働者に前貸しされる可変資本部分すなわち労働賃金)に対する資本家が無償で獲得する剰余価値部分の比率(正確には搾取率)は増す。相対的剰余価値の増大である。しかし決してそれに比例して労働時間は短くならないのだ。

(4)しかし、労働者数が減れば、トータルとして資本家が得る剰余価値量は少なくなり、利潤率は低減する。

(5)従って資本家は、一方で絶えず市場競争に勝つため生産性を上げ相対的剰余価値の増加を図りながら、他方で絶えず新たな搾取対象としての労働者を求めて事業を拡大せざるを得なくなる。

(6)したがって資本は絶えず、国境を越えて、他国の安い労働力を求めることになり、そこではより高い搾取率での過酷な労働が要求される。

(7)こうして絶えず生産性を上げ、一方で失業者を放出しながら、他方で安い労働力を求めながら、無政府的な競争によって市場を拡大していくことになる。

(8)やがて当然の帰結として、この資本家同士の無政府的競争は行き詰まり、それと同時に、無駄で過剰な消費によってしか利潤が得られなくなり、過剰消費のための商品生産や不生産的労働の増大によって失業者の一部を吸収しつつ、地球上の「金になる資源」はどんどん食いつぶされていくことになる。

(9)やがて、一方で、この無駄な消費のための商品生産や不生産的労働による企業によって利潤を上げた資本家や、そのおこぼれによって潤う「富裕層」が増え、他方で、もっとも価値を生みだすことに貢献してきた労働者たちは、絶えず資本家同士の競争によって失業させられたり、放出されたりして、どんどん「貧困層」の仲間入りをさせられていくことになる。「格差」増大である。

(10)資本家たちが、無駄な消費や不生産的労働から獲得した莫大な利益は、それらの価値を生みだした労働者階級に還元されることは決してなく、一握りの資本家のもとに蓄積され、新たな投資先に注ぎ込まれる。そして、拡大した資本はさらにグローバルな資本家同士の競争を加速させ、地球を破壊し、人間を貧困化させていっている。

(11)だからわが国だけではなく、韓国でも中国でも、そしてヨーロッパでもアメリカでも、社会のために必要な労働をしている人々の生活は苦しくなり、その改善には「経済の成長」を目指すしかない、とされる。しかし、「経済の成長」はグローバル資本を増やすばかりで、働く人たちの生活はますます不安に満ちたものになっていく。

 さて、この誰の目にも明らかな矛盾に少しばかり気づいた民主党政権は、それを「リベラル派」(言い換えれば「資本家の良心」派)の立場から手直ししようとして、「コンクリートから人へ」をスローガンにして「分厚い中間層」の再現を目指した。しかし、1960〜80代の「分厚い中間層」の中身は何であり、どのような背景でそれが存在し得たかという問題を考えることも出来ず、したがって「白昼夢」は崩壊し、当然ながら失敗した。
 そして選挙で大勝し「国民の付託を得た」とする立場で、「黄金の高度成長期」の夢よもう一度、とばかりに「経済再生」を断行しようとしているのが安倍政権である。インフレ政策によって貨幣の流通量を増やし、資本家が資金を得やすくさせ、それと同時に国防予算などの不生産的生産部門への予算を増大させ、資本家の利益の増加によって、そこに新しい「雇用」を生みだし、生活の糧を得た労働者階級から取る税金を増やし、赤字国債の埋め合わせを行おうというのだ。
 金融資本家や投資家たちはこれを歓迎し、株価は上がった。何もしらない労働者たちは、「しっかり経済再生を行って景気を良くしてほしい」と期待に胸膨らましているようだ。
 しかし、おそらく数年後には、その結果が明らかになるだろう。防衛費の増大によって軍需産業は息を吹き返し、防衛産業や「高付加価値」商品の生産や、サービス産業などに雇用される一部の労働者(こうした人々が「中間層」となっていく)を除いて、大多数の労働者は相変わらず職に就けても不安定な立場で安い労働賃金に甘んじなければならず、生活は苦しいままだろう(数値上就業率が上がっても、その労働や生活の中身は問われない)。そして物価は上がり、そこに消費税の追い打ちが来るだろう。
 国際競争に勝つため、と言われて、企業のために働き続け、やがて競争に負けて企業から放出されれば、労働者たちは、自分たちの働きが足りなかったのだと反省させられ、苦しい生活にも我慢を強いられる。わが国も、韓国も、中国も、そしてヨーロッパやアメリカでもそうである。
 だが、一体誰のため、何のために一生懸命働いてきたのか?自分と自分の家族の生活のためではなかったのか?なぜ資本家同士の無駄で無益な無政府的競争の犠牲にならねばならないのか?
 その矛盾に気づいたとき、おそらく初めて、資本主義経済の矛盾とこれまで、その矛盾を「経済成長神話」によって覆い隠してきた政府の虚偽が見えてくるのではないだろうか?
 

|

« 雇用創出の実態 | トップページ | ヴァレリー・アファナシェフの孤独 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/56502372

この記事へのトラックバック一覧です: 資本主義経済の基本的法則からいまの経済状況を見る:

« 雇用創出の実態 | トップページ | ヴァレリー・アファナシェフの孤独 »