« ふたたび、がんばれ中国の労働者! | トップページ | 見えてきた「アベノミクス」の本質 »

2013年2月17日 (日)

原発再稼働が「必須な」浪費社会の悲劇

 昨夜放映されたNHKスペシャル生討論「どうする日本のエネルギー」を観た。参加者は政府から茂木経産大臣、産業界から経団連副会長の坂根氏ほか産業界の代表と大学教授、評論家などであった。当然(?)のことながら大半の人たちが、日本の産業界の復活と国際市場競争で負けないために原発再稼働は避けて通れないという見解だった。その理由はこうである。

(1)原発がほとんど止まっている現在、これを補うために石油LPガスなどの化石燃料の輸入量が激増し、そのため日本の貿易収支が6兆円もの赤字をだした。日本のエネルギー需要を満たすために原発はもっとも安く安定したエネルギー供給源であり、自前のエネルギー源として必須である。
(2)化石燃料による電力供給で電力がコスト高になって、日本の製造業の国際競争力が著しく低下した。せっかくアベノミックスによる円安傾向で景気が浮揚してきたのにこれにブレーキをかけている。
(3)太陽光、風力などの再生可能エネルギーに転換するには時間と金が掛かりすぎ、すぐ原発を再稼働しないと電力需要に追いつかず、買い取りシステムなどによって一般家庭の電気料金も大幅値上げせざるを得なくなる。
 これに対する番組放映中の一般視聴者からのメール、ファックスなどは1万通を超えたようだが、その中にはやはり、生活を圧迫させる電気料金の値上げをさせないため、そして日本経済再生のために原発は再稼働させるべきだという意見が多かったように思う。自民党政権になって、世の中の流れは変わったのだろうか?民主党政権が掲げた2030年原発廃止の目標はもろくもひっくりかえされたのだ。
 しかし、ここで一つ、もっとも重要な議論が(意図的に?)避けられている。それは、われわれの社会が、とんでもなく膨大なエネルギー消費なしにはやっていけなくなっていることと、なぜそうなったのかという問題である。
 100年前の日本では莫大な量の石油を輸入する必要もなかったし、もちろん原発も存在しなかった。だが世の中はちゃんと動いていたのである。人々の生活も「モノ」にあふれてはいなかったが、その分ある意味でいまより充実していたかもしれない。
 それが20世紀の半ばに資本主義経済体制が陥った危機を回避するために打ち出された、消費主導型資本主義経済が世界の主流となって、今日に至っている。その経済システムは、過剰資本蓄積に直接結びつかない生活消費財産業や軍需産業、エンタテイメント産業、広告業などによる膨大な「不生産的浪費」の生産で資本主義経済を維持発展させていこうとするものであったと言えるだろう。それを円滑に行えるようインフレ政策をとり貨幣量を漸増させながら資本の回転率を高め、国家主導で公共インフラ事業に投資してその消費増大を支えてきた。
 この経済システムが上昇期にあったときには、働く人々は、年々賃金が上がり、それによってさまざまな新しい生活資料を購入し、お金が掛かり「モノ」にあふれた生活を営むようになった。しかしこの状態は働く人々の「所得」が増えたのではなく、上がった賃金が生活資料商品の購入に回され、それを通じて結局は総資本が増大する仕組みになっているのである。増大した過剰資本は新たな投資先をもとめて世界中を徘徊し、バブルを引き起こすようになった。それがおおきな「景気の浮き沈み」を繰り返しながら、だぶついた資本の奪い合いによってかつてないような激しい国際競争を生みだし、各国の経済状態はその過剰資本の奪い合いが引き起こす過当競争に飲み込まれていったのである。
 その結果、働く人々の生活は良くなったのだろうか?もちろん「否」である。一方でがらくた同然の「モノ」にかこまれた生活を強いられ、「消費」だけが生き甲斐のような「消費者」にさせられ、他方では「国際競争力をつけるため」と称して、解雇され、「規制緩和」「自由な働き手」などとうそぶかれて非正規雇用労働者にさせられ、正規雇用者は過重な長時間労働を強いられ、結婚して子育てをする余裕もなくなっているではないか。
 こういう社会を維持するための「経済成長」(実は資本の成長)には、増え続ける消費とエネルギー需要に応えるために原発が必須の条件なのである。
 まったく無駄で無意味な国際資本市場の過当競争に歯止めをかけ、それを支える馬鹿げた「浪費」をやめさせ、地球全体でエネルギー消費量を少なくして、なんとか再生可能エネルギーだけで生活を維持していくことができる社会を目指さない限り、地球資源はまもなく枯渇するだろうし、それにかわるエネルギー源として世界中に原発が増設され、核事故の脅威とその危険な廃棄物の膨大な蓄積は加速するだろう。さらにそれを足場にして資源や市場獲得による国家間利害衝突に備えた核兵器保有国も増え続けることになるだろう。
 蓄積した莫大な資本を私的利益獲得のための際限ない投資に回すのではなく社会再生のために働く人々に還元することなくしては、決して世の中は良くならないだろう。
 こんな当たり前のことが、議論の埒外に置かれていることの不自然さをすべての働く人たちは気づくべきではないのか?

|

« ふたたび、がんばれ中国の労働者! | トップページ | 見えてきた「アベノミクス」の本質 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210651/56783522

この記事へのトラックバック一覧です: 原発再稼働が「必須な」浪費社会の悲劇:

« ふたたび、がんばれ中国の労働者! | トップページ | 見えてきた「アベノミクス」の本質 »