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2013年4月21日 (日)

アベノミクスにおける農業政策

 安倍首相はTPPへの参加に際して、海外の農産品市場への開放により予想される日本農業の不利益を巻き返すために、「攻めの農業」を目指すと言っていた。具体的には、農業経営の方法を企業経営の視点でとらえ直し、より効率的で、規模の大きな農業経営を行えるように政府が支援する、というものであった。

 民主党内閣時代にTPP参加の話が出たとき、大半の農家はそれに反対した。そして当時の政権も基本的には参加を目指すが積極的な参加には慎重だった。しかしいまでは、アベノミクスが鐘と太鼓で「いけいけドンドン」なので、「攻めの農業」で行くのが良いのではないか、という雰囲気に変わってきているようである。
 しかし、農業の企業的経営を推進するということは、従来のような個人経営の小農家が、徐々につぶされていき、それらが大規模経営の農業資本に成り変わって行くことを意味している。戦後の農地改革以来、小規模自営農業が主流となっていた日本と違い、アメリカなどの農業は最初から農業資本家による大規模農業経営という形を取っており、穀物メジャーに見られるような輸出産業となっている。国際市場でそれに対抗するためには同じような大規模経営が必要になるというわけだ。
 ここで考えねばならないことは、従来直接農作業を行ってきた自営農民たちは、そのような農業資本の経営のもとで、農業労働者として雇用される関係になっていくことは確実であろう。その過程では、高齢化した自営農民が次々とつぶされ、その農地が農業資本の手に渡っていく。そして農業資本家の所有地となった広大な農地で農作業を行う人々があらたに農業労働者として雇用されていくことになるだろう。そこでは少人数の労働者による機械やハウスなどの装置を用いた効率的で気候変動などにあまり影響を受けない農業が一般的となり、農業は産業資本家の経営する大工場によく似た農作物工場と化すだろう。
 この流れは、おそらく農業だけに留まらず、林業や漁業などのような第一次産業全体の資本主義経営化をもたらすことになるだろう。そしてやがてそれら日本の第一次産業を、企業買収などを通じてグローバル資本が支配していくことになるだろう。これはある意味で資本主義経済の「法則」であり、その中での「必然的成り行き」とも言える。
 その結果、日本の第二次産業や第三次産業のみならず、第一次産業までが、グローバル資本の支配のもとに置かれ、効率の悪い経営や業種はつねに切り捨てられて行くことになるだろう。ほとんどの日本の生産的労働者はそれらのグローバル資本の一環を担う企業に雇用されることなしには生活できないことになるだろう。そしてそこで、支払われる労働賃金をドンドン生活消費財の購入やレジャー娯楽などの第三次産業への支出に向けさせ、これを、それらの企業を経営する資本家の利益として獲得させたのちそれを金融資本などを通じて全資本家階級の手に分配環流させることが目指されるだろう。支配者たちはこれを「豊かで便利な生活の実現」という。
 TPPなどの目指す、「自由貿易体制」とは、一方でグローバル資本が国境を越えて自由にあらゆる国々の労働力を支配できる体制を作り、他方では、各国の国境内に閉じ込められた労働者階級が、互いに「国際市場で勝ち抜くために働け」と尻を叩かれ、労働力商品として競争し合わねばならなくなる体制の確立であることを忘れてはならないだろう。
 そしてこうした体制のもとで、無駄で過剰な消費を拡大させることによって生き延びる過剰流動資本が世界の経済を支配し、地球全体の自然が破壊されていくのである。もはやこの大規模破壊を誰も止めることができないのである。

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